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雨の降る夜、傷ついた天使を拾った  作者: 真白しろ


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4/6

共有する温度、解けていく境界線

スーパーからの帰り道。雨上がりの澄んだ空気の中を、二つの影が並んで進む。

真白の手元には、さっき自分で選んだ淡いピンクの歯ブラシと、俺と同じ銘柄のシャンプーが入ったレジ袋が揺れていた。それは彼女にとって、この世界に「自分の持ち物」ができた初めての証だった。

アパートへ戻ると、真白は玄関で脱いだ靴を、驚くほど丁寧に揃えていた。

「湊さん、あの……」

「ん?」

「……お風呂、入ってきてもいいですか? その、買ってもらった……これ、使いたくて」

レジ袋を胸に抱きしめ、真白がおずおずと尋ねる。

「もちろん。一番風呂、入ってきなよ。俺は夕飯の支度をしてるから」

「ありがとうございます……っ!」

真白は嬉しそうに、けれどどこか緊張した面持ちで脱衣所へと消えていった。

カタン、と浴室のドアが閉まる音が聞こえる。

俺はキッチンに立ち、冷蔵庫から食材を取り出した。今夜の献立は、胃に優しく、かつ少しだけ体力のつくものを。真白が「美味しい」と言ってくれる顔を想像しながら、大根を銀杏切りにする包丁の音がトントンとリズム良く響く。

しばらくして、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。

その音を聞きながら、俺はふと思う。昨日までのこの部屋は、ただ寝るためだけの無機質な箱だった。けれど今は、壁の向こうに誰かがいて、生活の音がしている。その事実が、俺の心に不思議な充足感を与えていた。

三十分ほど経った頃だろうか。

「……湊さん、上がりました」

控えめな声と共に、真白がリビングに戻ってきた。

その姿を見た瞬間、俺の手が止まった。

お風呂上がりで上気した頬。

拭ききれなかった水滴が、純白の髪の先で真珠のように光っている。

そして何より――彼女が部屋に入ってきた瞬間、ふわりと漂ったのは、俺が毎日使っている、あの少し無骨なシトラス系シャンプーの香りだった。

「…………」

「あの……おかしい、ですか? やっぱり、女の子の匂いの方がよかったかな……」

黙り込んでしまった俺を不安に思ったのか、真白が色素の薄い瞳を揺らし、自分の髪を指先でいじりながら見上げてくる。

「……いや、全然。……すごく、似合ってると思う」

嘘偽りない本音だった。

俺と同じ匂いを纏った真白は、まるで俺の所有物になったかのような、あるいは俺の家族になったかのような、形容しがたい親密さを放っていた。

ブカブカのパーカーの襟元から覗く、真っ白なうなじ。そこに自分の香りが重なっているという事実は、想像以上に俺の独占欲を煽った。

「よかった……。すごく、安心します。この匂い……」

真白は自分の袖口に鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅いでから、はにかむように微笑んだ。その表情には、朝までの絶望は微塵もなかった。

「よし、ご飯にしようか。今日は鶏雑炊に、少しだけ野菜を煮たやつだ」

「わぁ……美味しそうです……!」

食卓に並んだ料理を前に、真白の目がキラキラと輝く。

二人で向き合って座り、「いただきます」と手を合わせる。

「美味しい……。湊さんの作るご飯、魔法みたいに温かいです」

「ただの家庭料理だよ」

「ううん。私にとっては、今まで食べた何よりも、特別です」

一生懸命に頬張る彼女を見ていると、俺の過去の傷まで一緒に癒えていくような気がした。

食べ終えた後、真白が「お皿洗い、させてください」と自分から言い出した。

「役に立ちたいとか、そういうのじゃなくて……湊さんと、一緒に何かしたいんです」

真っ直ぐな瞳でそう言われ、俺は「わかった、じゃあお願いしようかな」と笑って返した。

キッチンに並んで立ち、俺が洗い、真白が拭く。

手が触れそうになるたびに、真白の髪から俺のシャンプーの香りが弾け、心臓が少しだけ早く脈打つ。

ふと、外を見ると、雲の隙間から大きな月が顔を出していた。

「湊さん、月……綺麗ですね」

「ああ、そうだね」

明日も、明後日も、この香りと共にこの景色を見ていたい。

そう願うことが、今の俺には許されているような気がした。

けれど、そんな穏やかな時間を壊すかのように、真白がふと寂しそうに声を落とした。

「……ねぇ、湊さん。この幸せ、いつまで……許されるのかな」

その問いに、俺は彼女の手をそっと握り、静かに答えた。

「いつまで、じゃないよ。真白がここにいたいと思う限り、ずっとだ」

真白の瞳に再び涙が溜まり、彼女は俺の手の甲に額を預けるようにして、静かに頷いた。

二人の間に流れる時間は、もう誰にも邪魔させない。そう、心に誓った。

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