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雨の降る夜、傷ついた天使を拾った  作者: 真白しろ


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3/6

同じ傘の下、君と同じ匂いを求めて

窓ガラスを叩く雨音は、いつの間にか細やかなベールのような霧雨へと変わっていた。

空を覆う鈍色の雲から差し込む微かな光が、リビングの床に四角い影を落としている。食後の温かい緑茶を飲み終えた後、俺はふと、真白の格好を見て思考を巡らせた。

俺の黒いスウェットとパーカーを着た彼女は、布地にすっぽりと埋もれているようで可愛らしいが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。下着や着替え、それに歯ブラシなどの日用品が早急に必要だった。

「ましろ。俺、ちょっとそこのコンビニかスーパーに買い出しに行ってこようと思うんだけど」

「……え?」

マグカップを両手で持っていた真白の肩が、ビクッと跳ねた。

色素の薄い瞳が激しく揺れ、彼女は慌ててマグカップをテーブルに置くと、立ち上がろうとした俺のパーカーの裾を、小さな両手でギュッと握りしめた。

「あの、私……いい子で、待ってますから……っ。だから……」

「捨てに行ったりしないよ。すぐ戻ってくる」

「……っ、ちが、ちがうの……」

真白はフルフルと首を横に振り、俺の裾を握る手にさらにギュッと力を込めた。布地が白く変色するほど強く握りしめる指先は、小刻みに震えている。

「……一人で待ってる方が、怖い、から……ずっと、一緒に……」

消え入るような声で見上げてくる彼女の顔には、かつての地獄に一人で置き去りにされることへの強烈な恐怖が張り付いていた。

彼女にとって、俺の視界から外れることは『見捨てられること』と同義なのだ。

「……わかった。絶対離れないから、一緒に行こう」

俺がそう言って頭を撫でると、真白はホッとしたように息を吐き、コクンと小さく頷いた。

***

薄暗い階段を降り、外の空気に触れた途端、冷たい湿気が頬を撫でた。

俺が開いた一本のビニール傘の下に、真白がそっと入ってくる。雨粒から身を隠すように、彼女は俺の腕にピッタリと身を寄せ、そのブカブカの袖口を両手でしっかりと握りしめていた。

歩幅を小さく合わせながら歩く。

水たまりを避けるたびに、彼女の純白の髪からふわりと清潔なシャンプーの香りが漂った。すれ違う近所の老婦人や、足早に歩くサラリーマンが、傘の下で身を寄せ合う俺たちを微笑ましいものを見るような目で横目で追っていく。

客観的に見れば『彼氏の服を着て甘えん坊な女の子』に見えるのだろう。だが、俺の袖を握る彼女の力は、まるで命綱にすがるように切実で、俺は傘を持つ手に少しだけ力を込めた。

スーパーの自動ドアが開くと、眩しいほどの蛍光灯の光と、少し冷たい空調の風が二人を包んだ。

色とりどりの商品が並ぶ明るい店内は、モノクロームの彼女の世界には刺激が強すぎるのか、真白は俺の背中に半分隠れるようにして、おどおどと周囲を見回している。

「まずは、歯ブラシだな。ましろはどの色がいい?」

日用品コーナーの棚の前。色とりどりのパッケージを指さして尋ねると、真白は戸惑ったように視線を泳がせた。

『自分で選ぶ』という経験を与えられてこなかった彼女は、正解を探すように俺の顔色を窺う。

「……どれでも、いい、です……湊さんが、選んで……」

「俺は、ましろが好きな色を使ってほしいな。急がないから、ゆっくり選んでいいよ」

俺がしゃがみ込んで視線を合わせると、彼女はおそるおそる棚に視線を戻し、やがて一本の淡いピンク色の歯ブラシを指さした。

「……これ、が……いいです」

「うん、可愛い色だね。じゃあカゴに入れよう」

俺が微笑むと、真白の頬がふわりと桜色に染まった。

その後も、タオルや基礎化粧品など、最低限のものをカゴに入れていく。そして最後に立ち止まったのは、シャンプーやボディソープが並ぶ棚の前だった。

甘いフローラル系や、爽やかな柑橘系。女の子らしい華やかなボトルが並ぶ中で、「シャンプーも、好きな匂いを選んでいいよ」と声をかける。

しかし真白は、棚の商品には見向きもしなかった。

彼女は俺の袖を両手でギュッと握ったまま、少しだけ俯き、俺のパーカーの布地に顔を埋めるようにして小さく息を吸い込んだ。

「……同じのが、いいです」

「えっ? 俺と同じやつ? でもあれ、そこらで売ってるただの安いメンズ用だよ。せっかくだし、女の子用のいい匂いのにしなくていいの?」

俺が苦笑交じりに言うと、真白はフルフルと強く首を横に振り、縋るような瞳で俺を見上げた。

「……っ、これが、いいの」

色素の薄い瞳が、潤んで揺れる。

「湊さんの、匂いが……一番、安心するから。……湊さんと、同じがいい。……ダメ、ですか……?」

捨てられた子犬のように見つめられ、俺の胸の奥が甘く、そして激しく締め付けられた。

彼女にとって俺の匂いが、冷たい雨から守ってくれる『絶対的な安全地帯』の証明になっている。彼女自身にその自覚はないだろうが、「あなたと同じ匂いになりたい」という無防備すぎる懇願は、俺の中にある庇護欲と、ほんの少しの独占欲を静かに、けれど確実に刺激した。

「……ダメなわけ、ないだろ。わかった、同じのにしような」

俺がそう言って頭をポンポンと撫でると、真白は嬉しそうに目を細め、俺の袖を握る手にさらにギュッと力を込めた。

店を出る頃には、雨はすっかり上がっていた。

雲の切れ間から差し込む薄日が、水たまりをキラキラと反射している。

一つの傘はもう必要なかったが、真白は俺の袖を離そうとしなかった。俺もそれを振り解くことはせず、二人の歩幅を合わせて、ゆっくりと帰路についた。

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