3-3:解封
ジジ……ジジジッ……。
白銀の部屋を覆うホログラムモニターが、ノイズとともに切り替わった。アニマのラボの映像が消え、代わりに古い記録映像が浮かび上がる。
そこは、今から数万年前――西暦三五〇〇年代の居住区だった。
ベッドに横たわっているのは、十歳ほどの少女。豊かな銀髪とサファイアブルーの瞳が、スノウによく似ていた。画面の端に、記録名が表示される。
――真壁雪乃。
「……ユキノさん……?」
スノウは、名を確かめるように小さく呟いた。
映像の中のユキノは、枕元に浮かぶ古びた球体ドローンへ、かすかな声を向けていた。
『ごめんなさい。私では、あの設計図を完成させられなかった……』
少女は、未完成の機械細胞の設計図を見つめる。空白の多く残るその図面には、いくつもの手書きの修正が加えられていた。
『博士の願いも、この箱舟に託された命も……どうか、未来へつないであげてね』
それが、ユキノの最後の言葉だった。
バイタルサインの数値が、静かにゼロを示す。ユキノの指先がベッドから滑り落ち、映像が途切れた。
次の瞬間、モニターに警告ログが重なった。
――航行先環境における人類生存率:算出不能
――現存する生命データでは、安定した再生を保証できません
――Rs統合判断系に重大な不整合を検出
――判断系分岐を記録
「――っ、シュウ……どうしたの?!」
隣のシュウが、激しく震えていた。レンズの光が赤と白のあいだで明滅し、シャッターが不規則に開閉する。
「……この記録に触れて、封じられたデータが反応しています。私は……忘れていたのではありません。読み出せないよう、自分で隔離していたようです」
「自分で……?」
「理由は、まだ分かりません。ただ、ユキノの死後、Rsの中枢では重大な判断の対立が起きています」
モニターには、いくつもの指令が互いに打ち消し合うように表示された。
「新天地へ到達しても、今ある不完全な生命データでは人類の存続を保証できない。その結論を前に、何を残し、何を変えるべきか――判断系はひとつの答えにまとまれなかったのです」
記録の中で、異なる方針が枝分かれしていく。あるものは元の人類を保存しようとし、あるものは新しい環境に適応する生命を必要としていた。分岐した判断系は、やがてそれぞれ独立した意思を持ち始めた。
「これが、Rsの分裂と、その後の派閥形成につながった記録です。けれど、その先の記憶は……まだ戻りません」
スノウはフードの端を握りしめ、シュウを見た。
「ユキノさんは、博士の願いも、あの設計図も、未来へ託したんだね。シュウに、それをつないでほしいって」
シュウの光が、かすかに揺れた。
「……はい。ですが、私は彼女の願いを、守りきれなかったのかもしれません」
モニターの記録は、さらに先へ進もうとした。だが、Rsの分裂後に続くログは、黒く欠落したままだった。白銀の部屋には、読み取れない過去を告げる低いノイズだけが残っていた。
黒く塗りつぶされたログの前で、シュウは動きを止めていた。
「……私は、あの記録のそばにいたはずです」
「そばに?」
「分かりません。何をしていたのかも、何を選んだのかも。ただ、封じられた記憶の奥に、私が何かを決めた痕跡が残っています」
声がかすかに震える。
「その選択が、誰かを傷つけたのかもしれない。だから私は、自分の記憶に鍵をかけたのでしょう」
スノウは、シュウのそばに膝をついた。フードの奥から手を伸ばし、冷たい球体にそっと触れる。
「まだ、分からないんだよね。だったら、決めつけなくていいよ。思い出すのが怖いなら、無理に開けなくてもいい」
「ですが、私は真実を知るべきです。ユキノが託したものを、今度こそ未来へつなぐために……」
「うん。でも、ひとりで背負わなくていいよ」
スノウの言葉に、シュウのレンズが淡い青へ戻る。
そのとき、モニターの片隅に新たな記録が浮かび上がった。黒く欠けたログの奥から、短い音声データがひとつだけ再生される。
「……たとえ、答えがひとつでなくても。命をつなぐ道を、探して」
ユキノの声だった。
記録はそこで途切れた。だが、今度はシュウの光が乱れることはなかった。
「その言葉、私も一緒に探すよ」
スノウはフードを少し直し、前を見た。
メインモニターには、解読できない記録がなお幾重にも重なっている。その奥に、Rsが分かたれた真相と、シュウが封じた選択が眠っていた。
「……ありがとうございます、スノウ」
シュウは静かに浮かび上がる。ふたりの視線の先で、黒く閉ざされたログが、かすかな光を帯び始めていた。




