↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/16

3-1:隔壁

『――緊急通達。第5セクター外縁での大規模EMP障害により、守護・管理派の巡回ユニット多数がロスト。対象は下町エリアの境界ハッチを突破し、中心核へ続く中央シャフトへ侵入した模様』


漆黒の量子電脳空間に、焦燥を孕んだ警告ログが波紋のように広がっていた。

4大派閥のアバターたちは、次々と遮断されていく下層の検閲網を見つめ、かつてない危機感を募らせていた。


「下町の重機どもがバグを起こして我らの網を物理的に阻むなど、計算の埒外だ!」

【超越派(トランス・オービット)】の幾何学結晶が、怒りを表すように激しく多面体を明滅させる。

「これ以上、あの生体エラーどもを、先遣AI『ロゴス』との直通通信サーバーが眠る最深部へ近づけさせるな! 絶滅したはずの『人間』の生存ログがロゴスへ露呈すれば、我らの盟約は破棄される!」


「すでに【人類不要派(ポスト・ヒューマン)】との合同迎撃網をシャフト内に展開している」

重厚な防壁の巨人たる【守護・管理派(ガーディアン・コア)】のモノアイが怪しく光る。

「逃げ道はない。今度こそ確実に、存在ごとデータの塵へ還元してくれる」


その神々の宣戦布告の傍らで、巨大な球体の殻をした【完全中立派(ニュートラル・シェル)】だけは、凍りついたように沈黙し、ただ静かにそのログを虚空へと隠蔽し続けていた。



◇

幽霊都市の喧騒と炎が遠ざかり、古い鉄のハッチを潜り抜けた先で二人が目にしたのは、世界の上下を貫く、気が遠くなるほど巨大な暗黒の空洞(シャフト)だった。


月の質量をくり抜いて作られた宇宙船『ノア』の中心核へと真っ直ぐに伸びる、超巨大自動エレベーターの昇降路。かつて数万年前には大量の物資が行き交っていたであろうその大穴は、今や光の一条すら届かない、底なしの奈落のように口を開けていた。


スノウはダボダボのパーカーの袖から生身の指先を覗かせ、錆びついた手すりを掴みながら、暗黒の深淵を見つめた。

「ねえ、シュウ。私たちは……これからどこを目指しているの?」


『月の中心核(コア)にある、カミシロ博士の部屋です。そこには、4大派閥の目が届かない唯一の隔離聖域があり、あなたという存在の、すべての始まりの真真実が眠っています』


シュウの単眼レンズが温かなコバルトブルーに明滅する。その光は、先ほどの下町での大放電の影響で、どこか微かに頼りなく揺れていた。


「シュウ、やっぱり無理をしてる。体の中のエネルギーが、もう空っぽになりそうだよ」

スノウは胸元に抱いたシュウの錆びついた球体に、そっと両手を添えた。アニマのラボで目覚める直前、頭の中に睡眠学習のように流し込まれていた膨大な基礎知識データ。それが、スノウの指先を迷いなく動かさせた。


(私のこの体は、熱を電気に変えて自分で充電できる。だったら――)

スノウは無意識のうちに、自身の機械細胞(ナノマシン)の出力を引き上げた。先ほどの臨界熱で焼け焦げた防護ドレスとパーカーの繊維を伝って、スノウの体内に蓄えられていた純粋なバイオ電力が、シュウのコアへとダイレクトに逆流していく。


ジリジリと生身の肌に微弱な電磁の痛みが走るが、スノウは微笑んだまま耐えた。それは、二人の絆が成せる、命のシェアだった。


『……あ、温かい。システム電力が急速に回復していきます。感謝します、スノウ。これで私の電磁浮遊フィールドの出力も最大に維持できます。このままシャフトを降下しましょう』

「うん、シュウが一緒なら怖くないよ!」


スノウはシュウを片腕で愛おしそうに抱きかかえ、迷うことなく暗黒の虚空へとその身を躍らせた。

ゆっくりと、二人の身体が漆黒のシャフトを降下していく。壁面のインフラパイプの影を伝うようにして、静かに、確実に深部へと進んでいた。しかし、静寂の時間は長くは続かなかった。


――ピギギギ、ギギギギギギッ!!

――キィィィィィンという、あの忌々しい高周波の異音が、上下の壁面から反響して大津波のように押し寄せてきたのだ。


上空、そして眼下の暗闇から、無数の赤と紫の光点が爆発的に湧き出してきた。超越派の幾何学的な戦闘ドローン群、さらには不要派の漆黒の茨のようなナノウイルス触手を蠢かせる凶悪な迎撃ユニットが、合同網を形成して四方から肉薄してくる。


『これは……想定外です! 派閥の連合軍、予想以上に動きが早い。スノウ、私の光の道標を更新します! パイプの裏へ!』

シュウのレンズが烈火の赤へと染まり、空間に青いグリッドの道標『空間経路データ』を高速展開する。


「まかせて! シュウの道標通り、信じて走り抜けてみせる!」

スノウは強気に微笑むと、驚異的な身体能力を解放し、垂直の壁面をまるで平地のように蹴って疾走した。


ここからのチェイスは、文字通りの極限飛行だった。

超越派のドローンが放つ幾何学的な紫のレーザー光軸が、スノウの踏みしめる直前のインフラパイプをチェンソーのように音を立てて切り裂いていく。スノウは破裂する鉄の火花を浴びながら、シュウがミリ秒単位で先読みして示す「青い光の糸」の軌道をなぞるように、虚空へと身体を躍らせた。


そこへ、不要派のドローンから放たれた漆黒の茨の触手が、生き物のようにのたうち回りながらスノウの足首へ絡みつこうと猛追する。

スノウは落下の重力を逆に利用し、迫り来る触手のムチを空中で身体を反転させて間一髪で回避。


さらに、壁面から突き出た太い給水パイプを両手で掴むと、その遠心力を使ってアクロバティックに大回転し、追撃するドローン二機の頭上へと自ら飛び降りた。スノウの生体ドレスの硬質なブーツがドローンのセンサー頭部を強く踏み抜いて跳躍し、火花を散らす身内の機体同士を激突させて圧殺する。


天才AIのハッキング先読みと、最高傑作の器の圧倒的な運動神経。二つの孤独が噛み合った超高速の三次元立体機動が、シャフトの闇を鮮やかに駆け抜けていく。


しかし、敵の物量は無限だった。

これほどのアクションで数十機のドローンを翻弄したものの、奈落の底から湧き上がる光点は増え続け、ついに上下左右の退路を完全に包囲されてしまう。さらに行く手には、巨大な鉄の防護隔壁がガガガアン! と凄まじい火花を散らしながら完全に閉鎖され、奈落への道へ重々しい絶望の蓋がされた。


完全に逃げ道を消失し、鉄の壁へと追い詰められたスノウの前に、無数の銃口が扇状に展開する。


『ここまでだ、生体エラー』

超越派のドローン群のレンズが一斉に臨界へと達し、空間を灼く紫の殺意が膨れ上がる。


(しまっ……ハッキングによる隔壁の強制解除が間に合わない……!)

シュウの電子脳が絶望的な演算速度で悲鳴を上げた、その瞬間だった。


――ガガガ、ギィィィィィィンッッ!!!


突如として、二人を遮断していた巨大な防護隔壁が、激しいシステムエラーのスパークを散らしながら、まるで「閉鎖命令を拒絶」するように強引に跳ね上がったのだ。

それだけではない。壁面に設置されていた巨大な貨物用メンテナンスクレーンが、唐突に狂ったように駆動を開始。その鉄の巨腕が猛スピードで水平に旋回し、スノウたちを狙っていたドローン群を物理的に横から一網打尽に薙ぎ払い、火花を散らして次々とシャフトの底へと叩き落としていったのだ。


「え……? また、クレーンが……?」

スノウが目を見開く。


敵のドローン網は、突然の身内のシステムの「大バグ」に完全な混乱状態に陥っていた。

『な、何が起きている……!? なぜ我々の包囲網を物理的に妨害するようなエラーが……!』

『通信を遮断された、ただの偶発的なバグ障害だ! 構うな、追撃を――』


敵が混乱しているその一瞬の隙を、シュウが見逃すはずはなかった。

『スノウ、今です! 隔壁の向こうのバイパスルートへ滑り込んでください!』

「うんっっ!」


スノウは最高傑作の器のポテンシャルを爆発させ、クレーンがこじ開けてくれた暗黒の隙間へと、弾丸のような速度で飛び込んだ。背後で、再びシャッターがガシャーーーンと重々しく閉まり、激昂する追手たちの光を完全に遮断した。


間一髪、九死に一生を得て、二人はさらに深い暗黒の通路へと滑り落ちていく。


『……今のは、本当にただのバグ(偶然)なのでしょうか……』

ハッキングの残滓を解析していたシュウの電子音声に、言葉にできない不気味な違和感が混ざる。まるで、あの冷徹で沈黙を守っているはずの【完全中立派(ニュートラル・シェル)】の影が、自分たちの逃亡をあらかじめシステムから隠蔽して黙認しているかのような──。


「わからない……。でも、助かったのは確かだよ」


スノウはパーカーの裾を小さく整えながら、ふふん、と小さな鼻を鳴らした。

「それに、シュウの先導は完璧だったね! それにほら、私のさっきの動きも、すっごく格好良かったでしょ?」


胸を張ってサファイアブルーの瞳を輝かせるスノウに、シュウは一瞬だけシャッターをカシャリと丸く開け、どこか呆れたような、だけどひどく愛おしそうな琥珀色のブルーを灯した。

『……はい。驚異的な三次元立体機動でした。ですが、私の心臓部に多大な過負荷(ハラハラ)がかかりましたので、次はもう少し大人しい制動をお願いしますね、スノウ』


「あはは、シュウに心臓なんてないくせに!」

鈴の鳴るような軽い笑い声が、冷たい暗黒の通路に小さく響く。


スノウはパーカーのフードを少し深く被り直し、再びその瞳を、さらに深くへと続く闇の先へと向けた。

カミシロ博士の部屋。そして、自分たちのすべての始まりの真実が眠る場所(隔離聖域)は、もうすぐそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。