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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter2 返らない手紙
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風待ち郵便局①

石畳の冷たさが、制服越しに肩へ染み込んでいた。


「ハッ、ゼェ、ゼェ」


 リンは浅く息をしながら、腕の中にいるエルナの顔を覗き込んだ。エルナを抱き寄せる際にも相当酷使した右腕は、旧風路を抜けた直後の着地で右肩を強く打った衝撃がとどめとなり、腕を少し動かすだけでも、骨の奥へ細い針を差し込まれたような痛みが走る。


 それでも、エルナを固定した帯から手を離すことはできなかった。


「エルナさん」


 返事はない。


 額の横には、箒の柄がぶつかった際にできた赤い腫れが浮かんでいる。頬には血の気が残っており、胸もゆっくりと上下していた。


 リンは震える指をエルナの首元へ当てた。


 脈はある。


 旧風路へ入った直後にも確かめた。それでも、規則正しく指先を押し返す感触を得るまで、息を吐くことができなかった。


「着きました、からね!」


 聞こえているかは分からない。


「だから、もう少しだけ……そのままでいてください」


 起きてほしいのか、動かないでほしいのか、自分でもよく分からないことを口にしながら、リンは二人の身体をつないでいる固定帯の留め具へ手を伸ばした。


 指先に力が入らなかった。


 金具を押しているつもりなのに、手が震えるばかりで、留め具は動かない。風路の外を二人分の重さを抱えて飛んだせいで、身体の中に残っている魔力はわずかだった。


 魔力が尽きかければ、箒を飛ばせなくなるだけではない。手足の感覚が鈍り、身体が冷え、ひどい場合には意識そのものを保てなくなる。


 頭では分かっていた。


 けれど、エルナを安全な場所へ移すまでは休めなかった。


「お願いだから……」


 もう一度、親指へ力を込める。


 かちり、と小さな音がした。


 留め具が一段だけ緩んだ、そのときだった。


 局舎の扉が勢いよく開いた。


「おい!」


 低い男の声とともに、石段を駆け下りてくる足音が響く。


 リンは反射的にエルナを抱き寄せた。


 現れたのは、四十歳前後に見える男だった。


 濃い茶色の髪は耳の上で不揃いに切られ、頬には数日分の無精髭が残っている。着ている郵便制服は肘や肩へ何度も布を当てて繕われていたが、胸元に縫いつけられた徽章は、間違いなく国際郵便組合のものだった。


 現在の制服より一世代ほど古い意匠ではあるのが、少し気がかりだった。


 男は二人のそばまで来ると、事情を尋ねるより先に膝をついた。


「頭か?」


「はい。箒の柄が当たりました。脈と呼吸はあります。途中で一度、指が動きましたが、まだ話せません」


「吐いたか」


「いいえ」


「痙攣は?」


「ありません」


 男は腰へ下げていた小さな携帯灯を取り出した。魔力を流すと先端に白い光が灯る、旧式の照明具だった。


 エルナの瞼を指で開き、左右の瞳へ順に光を当てる。


「両方とも反応はある。大きさも同じだ」


 続いて、頬を軽く叩く。


「おい。聞こえるか」


 エルナの眉がわずかに寄った。


「エルナさん!」


 リンが身を乗り出すと、男は片手で制した。


「追い立てるな。意識は戻りかけてる」


 男は額の腫れへ触れないよう、頭の位置を確かめた。


「三号! 寝台を持ってこい! 医務室を開けろ!」


 扉の奥から、金属同士が触れ合う硬い音が返ってきた。


 間もなく、四つの車輪をつけた細長い寝台が、局舎から自動で滑り出してくる。その後ろを歩いていたのは、リンよりも頭一つほど背の低い、人の形をした機械だった。


 顔に当たる部分は白い陶器で作られているものの、目も口も描かれていない。首から下は真鍮と黒い木材を組み合わせた身体で、胸部には風待ち郵便局の局章が刻まれていた。


 局務人形。


 郵便物の搬入や仕分け、局内設備の保守など、あらかじめ定められた業務を行うための魔法人形である。東部第四支局にも新型が導入されているが、目の前の型は養成課程の資料でしか見たことがなかった。


「救護寝台、準備完了」


 陶器の顔の内側から、男女の区別がつかない声が響いた。


「負傷者を搬送します。携行郵便物の有無を確認してください」


「先に人間を運べ」


「人間。負傷者。搬送区分を変更します」


 局務人形は一拍置いてから、寝台の高さを調整した。


 男がエルナの肩へ腕を差し入れようとする。


「待ってください」


 リンは反射的に、その手を止めた。


「急いでる」


「固定帯が、まだ腰に回っています。先に外さないと、持ち上げたときに首へ重さがかかります」


 男はリンの手元を確認し、短く頷いた。


「どこを持てばいい」


「肩を支えてください。私が留め具を外します」


 リンは震える指を押さえ込みながら、帯を少しずつ緩めていった。


 荷崩れ防止用の固定帯は、本来、人間を運ぶためのものではない。郵便鞄の留め具が壊れたときや、大きな小包を箒へ括りつける際に使う装備だ。


 それでも、落下から着地まで外れずに耐えてくれた。


 毎朝、装備係が金具の摩耗や布のほつれを確認しているからだ。自分一人で飛んでいるときには、深く意識したこともなかった。


 顔も浮かばない誰かの仕事が、今日はエルナを空へ落とさずに済ませてくれた。


「外れます」


 最後の金具を解く。


 男と局務人形がエルナを持ち上げ、寝台へ移した。


「頭部を固定します」


 局務人形の腕から二本の枠が伸び、エルナの首と後頭部を挟んだ。金属製に見えたが、内側には厚い布が張られており、揺れを抑える構造になっている。


「三号、医務室へ。なるべく揺らすな」


「救護手順に従います」


 寝台が局舎へ向かって動き始めた。


 リンも立ち上がろうとしたが、足へ力を入れた途端、膝が折れた。


「あっ――」


 石畳へ手をつく寸前に、男が左腕を掴んだ。


「何やってる」


「少し力が抜けただけです」


「立ててないだろ」


「今度は立ちます」


「もういい。肩を貸す」


「でも、エルナさんが――」


「先に運ばせた。お前も入れ」


 男はリンの左腕を自分の肩へ回した。


「右は動くか」


「動かすと、少し痛いです」


「少し?」


「……かなり」


「先に言え」


「今、聞かれたので」


 男は何か言い返そうとして、疲れたように口を閉じた。


「面倒なのが来たな……」


「直接言わないでください」


 リンは左手で箒を拾い、杖の代わりに石畳へついた。


 局舎まで二十歩もない。


 それでも足は重く、男の肩を借りなければ、途中でもう一度座り込んでいたかもしれなかった。


 

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