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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter10 飛ぶための手紙
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飛ばない魔女への配達報告②

 養成学校から控えが戻ってきたのは、次の日の午後だった。 養成学校から控えが戻ってきたのは、次の日の午後だった。


 事務机で仕分けをしていて、あれ、と手が止まる。


 連絡書は二通とも、事務印の下にちゃんと名前が入っている。問題なし。問題は三枚目——保全資材の受領票。資材はちゃんと届いてるし、到着確認の欄にも印がある。管理番号も合ってる。なのに、使用担当者の受領欄だけが、まっさらだった。


 押し忘れかな、と思う。忙しい発着場なら、一枚くらいは後回しになる。よくあることだ。


「何かあった?」


 横から、エルナさんが覗き込んでくる。


「あー、押し忘れね。次でいいから」


「はーい」


 ま、二日後に覚えていればの話だが。


 その二日後。北回りの配達路の戻りに、また学校へ寄った。


 事務室で受領票の名前をもう一度確かめる。発着場にいた生徒を捕まえて、菊乃井が速いよね。この人、どこにいますか、って。


 ああ、と生徒は頷いて、


「ティルせんぱーい」


 と大きな声で呼んでくれた。名前に反応してこちらに来たのは。


 あの子だ。私が名乗った瞬間に「ボクはこれで!」って逃げていった、あの子。


 じゃあ、受領票のこの名前は。もう一度、紙に目を落とす。


 ティル・ハーゲン。


 ……ティル、っていうんだ。


 声をかけると、ティルは顔を上げたまま、思いっきり、固まった。


「あ」


「こんにちは」


「……こ、こんにちは。この前は、その、すみませんでした。急に逃げたりして」


「気にしてないよ。っていうか、ちょっと面白かったし」


「う……それ、いちばん恥ずかしいヤツデス……」


 耳まで赤い。後半にかけて徐々に声量が落ちたせいで、殆どなにを言ったのか聞き取れなかったけど。それでもこういう反応は、なんだか、妙に可愛い。


「今日はね、これの確認で来たんだ」


 受領票を出して、空欄を指す。


「資材、届いてるでしょ。これの、受け取りの印だけ、なくて。ここ」


 ティルの目が、自分の名前のところで止まる。さっきまで動いてた指先が、箒の留め具を押さえたまま、ぴたっと止まった。


「……あー……それ、事務のほうで、押してもらったり、できませんか」


「そっちはもうあって。ティルの担当印が欲しいんだけれど……」


 名前で呼んだら、びくっとした。


「……ボクの」


「うん」


 困った顔で、笑う。


「あとで、じゃ、だめですか。今、ちょっと、手が離せなくて」


 膝の上の箒は、確かに、まだ半分ほどけたままだった。


「えっと、うん。急がないから」


 今日の配達というか、仕事はここで最後だし。


 ちょうど、別の生徒が走ってきた。


「ティル先輩ー、また緩みました!」


「えー、また君の?」


「今度はちょっとだけ!」


「そのちょっとは、信じないことにしてるんだ」


 ティルは箒を抱えて立ち上がって、あっさり行ってしまった。受領票は、また私の手に残る。


 呼ばれたら、すぐ行く。先生に用を頼まれても、断らない。なのに、ティルが飛んでいるところは、まだ一度も見ていない。


 発着場の隅に、箱があった。第四支局から送った、あの保全資材だ。管理札の番号は、私の受領票と同じ。封は——切られていない。


 なのにティルは、古い紐で箒を直している。短くなった革紐を結び足して、擦り切れかけた布を巻いて。箱のなかの、新品の革紐でも布でも、使えばいいのに。


「新しいの、そこにあるよ?」


 戻ってきたティルに、つい言ってしまう。


「あー……うん。ありますね」


「使わないの?」


「まだ、使えますし」


 ティルは、古い紐を、きゅっと引いてみせた。確かに、切れない。まだ使える。


 嘘じゃない。でも、全部でもない気がする。ティルは、箱のほうを一度も見ない。


 校舎から、校長が出てくるのが見える。……うげ。反射的に、背筋が伸びる。


 校長先生は、私の手の受領票と、封の切られてない箱を、ちらっと見た。何も言わない。そのまま、校舎へ戻っていった。


 ……今の、見られてたよね。たぶん、ぜんぶ。


 仕事が一段落したころ、もう一回だけ、ティルのところへ行った。


「さっきの、今日じゃなくてもいいって。でも、空欄のままには、できないみたいで。ごめんね、しつこくて」


「……いえ。あとで、ちゃんと、押しますから」


 あとで、と言ったきり、ティルは受領票を見ない。ちょうどまた、別の生徒が呼んだ。


「ティル先輩、これ変な音する!」


「はいはい、どれー」


 もう、行ってしまった。うーん、私ってこんなに話すの下手だったかな。


 夕方。受領票を持ったまま、発着場を出る。


 一回だけ、振り返った。ティルはまた、生徒の箒を膝に乗せて絡んだ穂先を一本ずつ戻しては、笑っている。さっき名前を呼ばれて真っ赤になっていたのが、嘘みたいに。


 発着場の隅には、封の切られてない箱。その隣、昨日と同じ場所に、ぴかぴかに手入れされた、ティルの箒。


 どっちも、そこにある。


 手元の受領票は、使用担当者の欄だけ、まっさらなまま。

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