飛ばない魔女への配達報告②
養成学校から控えが戻ってきたのは、次の日の午後だった。 養成学校から控えが戻ってきたのは、次の日の午後だった。
事務机で仕分けをしていて、あれ、と手が止まる。
連絡書は二通とも、事務印の下にちゃんと名前が入っている。問題なし。問題は三枚目——保全資材の受領票。資材はちゃんと届いてるし、到着確認の欄にも印がある。管理番号も合ってる。なのに、使用担当者の受領欄だけが、まっさらだった。
押し忘れかな、と思う。忙しい発着場なら、一枚くらいは後回しになる。よくあることだ。
「何かあった?」
横から、エルナさんが覗き込んでくる。
「あー、押し忘れね。次でいいから」
「はーい」
ま、二日後に覚えていればの話だが。
その二日後。北回りの配達路の戻りに、また学校へ寄った。
事務室で受領票の名前をもう一度確かめる。発着場にいた生徒を捕まえて、菊乃井が速いよね。この人、どこにいますか、って。
ああ、と生徒は頷いて、
「ティルせんぱーい」
と大きな声で呼んでくれた。名前に反応してこちらに来たのは。
あの子だ。私が名乗った瞬間に「ボクはこれで!」って逃げていった、あの子。
じゃあ、受領票のこの名前は。もう一度、紙に目を落とす。
ティル・ハーゲン。
……ティル、っていうんだ。
声をかけると、ティルは顔を上げたまま、思いっきり、固まった。
「あ」
「こんにちは」
「……こ、こんにちは。この前は、その、すみませんでした。急に逃げたりして」
「気にしてないよ。っていうか、ちょっと面白かったし」
「う……それ、いちばん恥ずかしいヤツデス……」
耳まで赤い。後半にかけて徐々に声量が落ちたせいで、殆どなにを言ったのか聞き取れなかったけど。それでもこういう反応は、なんだか、妙に可愛い。
「今日はね、これの確認で来たんだ」
受領票を出して、空欄を指す。
「資材、届いてるでしょ。これの、受け取りの印だけ、なくて。ここ」
ティルの目が、自分の名前のところで止まる。さっきまで動いてた指先が、箒の留め具を押さえたまま、ぴたっと止まった。
「……あー……それ、事務のほうで、押してもらったり、できませんか」
「そっちはもうあって。ティルの担当印が欲しいんだけれど……」
名前で呼んだら、びくっとした。
「……ボクの」
「うん」
困った顔で、笑う。
「あとで、じゃ、だめですか。今、ちょっと、手が離せなくて」
膝の上の箒は、確かに、まだ半分ほどけたままだった。
「えっと、うん。急がないから」
今日の配達というか、仕事はここで最後だし。
ちょうど、別の生徒が走ってきた。
「ティル先輩ー、また緩みました!」
「えー、また君の?」
「今度はちょっとだけ!」
「そのちょっとは、信じないことにしてるんだ」
ティルは箒を抱えて立ち上がって、あっさり行ってしまった。受領票は、また私の手に残る。
呼ばれたら、すぐ行く。先生に用を頼まれても、断らない。なのに、ティルが飛んでいるところは、まだ一度も見ていない。
発着場の隅に、箱があった。第四支局から送った、あの保全資材だ。管理札の番号は、私の受領票と同じ。封は——切られていない。
なのにティルは、古い紐で箒を直している。短くなった革紐を結び足して、擦り切れかけた布を巻いて。箱のなかの、新品の革紐でも布でも、使えばいいのに。
「新しいの、そこにあるよ?」
戻ってきたティルに、つい言ってしまう。
「あー……うん。ありますね」
「使わないの?」
「まだ、使えますし」
ティルは、古い紐を、きゅっと引いてみせた。確かに、切れない。まだ使える。
嘘じゃない。でも、全部でもない気がする。ティルは、箱のほうを一度も見ない。
校舎から、校長が出てくるのが見える。……うげ。反射的に、背筋が伸びる。
校長先生は、私の手の受領票と、封の切られてない箱を、ちらっと見た。何も言わない。そのまま、校舎へ戻っていった。
……今の、見られてたよね。たぶん、ぜんぶ。
仕事が一段落したころ、もう一回だけ、ティルのところへ行った。
「さっきの、今日じゃなくてもいいって。でも、空欄のままには、できないみたいで。ごめんね、しつこくて」
「……いえ。あとで、ちゃんと、押しますから」
あとで、と言ったきり、ティルは受領票を見ない。ちょうどまた、別の生徒が呼んだ。
「ティル先輩、これ変な音する!」
「はいはい、どれー」
もう、行ってしまった。うーん、私ってこんなに話すの下手だったかな。
夕方。受領票を持ったまま、発着場を出る。
一回だけ、振り返った。ティルはまた、生徒の箒を膝に乗せて絡んだ穂先を一本ずつ戻しては、笑っている。さっき名前を呼ばれて真っ赤になっていたのが、嘘みたいに。
発着場の隅には、封の切られてない箱。その隣、昨日と同じ場所に、ぴかぴかに手入れされた、ティルの箒。
どっちも、そこにある。
手元の受領票は、使用担当者の欄だけ、まっさらなまま。




