飛ばない魔女への配達報告①
郵便魔女養成学校の門をくぐったのは、お昼の少し前だったかな。
自分が通っていた学校に、配達に出るというのは、少し変な感じがするなぁ、と思ったのを覚えている。
配達物は定期便のようなもので、東部第四支局から養成学校宛ての連絡書が二通。どちらも急ぎではないらしい。エルナさんに、ついでで構わないから、と今朝渡された。
午前の便が北回りへ寄ったせいで、経路は養成学校の上を通る。急ぎでないのであれば、わざわざ今日、私に持たせる意味もないだろうに。
それでも、エルナさんはわざわざ連絡書を持たせた。降りてからいけ、という意味だ、きっと。まったく、そんな回りくどいことをしなくても、と思い、少しため息が出る。
石畳の坂を上がると、発着場が見えた。支局の発着場とは、まるで違うが、それが少し懐かしさを感じさせる。
箒が、あちこちに寝かせてあるのは、相変わらず。整然と並んでいるのは最初の一列だけで、二列目から先は、置いた者の性格がそのまま出ている。穂先の向きも、柄の角度も、揃っていない。
石床には、擦れた跡がいくつも走っている。着地の下手な穂先が、何度も同じ場所を削ったのだろう。こういうのは、本当に変わらないなぁ。
訓練用の飛行帽を片手で押さえながら、生徒が一人、発着線へ走っていく。
その横で、手袋を片方なくした生徒が、友人に何か言われて頭を下げていた。
飛び立った瞬間に姿勢を崩して、名前を叫ばれている生徒もいる。
もう帰ってきて、壁際に座り込んだまま動かない者もいた。
支局の発着場は、仕事として洗練されている。誰も無駄に転ばないし、無駄に叫ばない。けれどここは、失敗する人間がたくさんいる。
自分も、ここでたくさん転んだ。
懐かしい、と思うと同時に、少し眩しかった。
その眩しさの中に、一人の女の子が目に付いた。
その子は、帰ってきた生徒の箒を、下から受け止めていた。
生徒は着地したあとも、膝が笑っている。地に足はついているのに、その足が自分のものだと信じきれていないように見えなくもない。
「大丈夫です」
生徒はそう言った。
めっちゃわかる。なんかついつい、言っちゃうんだよね。
「じゃあ、手を離すよ?」
掴んでいた腕を、ほんの少しだけ緩める。
「やっぱ、ちょっと待って!」
「大丈夫っていったじゃん」
「……ちょっとだけ、大丈夫じゃない」
「……だろうよ」
その子は笑って、生徒を壁際まで連れていった。だいぶ、慣れているように見える。急がず、けれど途中で放しもしない。よろけた重心を、自分の側へ少し引き受けるような支え方。
壁際に座らせると、腰の水筒を外して渡す。
生徒が飲んでいるあいだに、女の子はその箒を膝へ乗せ、穂先へ絡んだ枯れ草を取り始めた。一本ずつだ。引き抜くのではなく、絡んだ向きを戻してから外している。
別の生徒が、横から箒を差し出した。
「私のも」
「自分でやってよ~」
「いやー、上手くできなくて」
遠くから、教師の声が飛んだ。
「あんたは元気でしょ! 自分でやれ!」
女の子が、吹き出した。
つられて、そちらを見てしまう。声のした方では、飛行服の教師が、別の生徒を前に立たせて何か言っている。距離があって言葉は届かないが、腕の振り方だけで、かなり本気で叱っているのが分かった。
女の子は、笑いを収めきれないまま、差し出された箒を受け取った。
教員、ではないだろうが。かといって生徒なら、同じように飛行訓練をするはずだが。不思議な女の子だ。
風が一度、発着場を横へ抜けた。
干してあった訓練用の布標が、留め具から外れて、石床を転がる。白い布が、風に押されて、まっすぐ足元まで来た。
しゃがんで、拾う。
同時に、別の手が伸びてきた。
顔を上げると、さっきまで目で追っていたあの子。箒を膝から下ろし、布を追ってきたらしい。二人の手が、白い布の上で重なる。
「ありがとうございます」
「いえ」
布を渡した。
彼女は受け取りながら、外套と、肩にかけた箒を見た。
「えっと、現役の方、ですか?」
「東部第四支局所属のリネットです」
「お疲れ様です……!?」
……ガッシリと両手を掴まれた。
「リネ、リネットさん!? あの!? あのリネットさん!?」
「ええと……」
「す、すいません! お疲れ様です! ボクはこれで!」
学校の誰も、彼女を、珍しいものとして扱っていないのは理解できた。生徒は当たり前のように箒を見せに来るし、教師は当たり前のように、それを跳ねのける。彼女のほうも、ここにいることに、すっかり慣れている。
彼女の隣の箒。とても、綺麗に見える。自分も手入れは欠かさない方だけど。
本当によく、手入れがされている。柄には使い込んだ傷があるから、新品ってわけではない。革紐は新しく、締め直したばかりかな。穂先も整っているし、使われなくなって立てかけられたものではないような。
あれは、彼女のものだろうか。ともすれば、やっぱり生徒なのだろう。どこか怪我でもしているか、具合がすぐれないのかもしれない。
……そんな風には、見えなかったけれど。
直後に、また別の生徒がやってきて、飛行前の留め具を見てほしがった。
「片方だけ、緩んでるね~。反対も外して、両方やり直し」
「両方ってマジ~!? 結構頑張ったんだよ~?」
「片方だけ直すと、反対側、ぶっ飛ぶよ?」
いたずらっ子のように笑うその笑顔が、印象的だ。
おっと、いけない。自分の用事を、思い出す。連絡書は、まだ鞄の中にある。
校舎の入口で、出てくる人とすれ違いかけた。
背は、私より少し小さい。黒色の長い髪を美しくまとめている女性。年齢も私とそう変わらないように見える。が、それは見えるだけで。実際は100歳を超えている、なんて噂が実しやかにささやかれていた。
私からしたら少し苦手な相手。怒られた回数はたぶん、髪の毛の本数よりも多い。
「あら、来てくれたのね」
「ゴブサタシテイマス……」
ついつい、緊張してしまう。校長先生と二人で話すときは、大抵叱られる時だった。やれ、周囲をよく見ろだの、やれ、自分を大切にしろ、だの。
それをおざなりに聞き流してきたせいで、先日、私は友人を傷つけた。それと向き合わされるような気がして、朝からずっと、足が重かったんだ。
「元気がなさそうですね。昔のあなたは、もっと反抗的だったと思いますが」
「……東部第四支局所属、リネットファルンです」
「郵便魔女養成学校、校長のレオナ・グライスです」
「支局より連絡書を二通、お届けに上がりました、確認をお願いします」
郵便鞄から、連絡書をとりだし、そのまま手渡す。校長先生はそれを受け取って、受領表にサインを書く。
「アデルとフィオナも、元気にしてる?」
「えっと、はい。元気、です」
「そう」
それだけ言って、先生は少し遠くを見つめている。少し元気が無いのは、おそらく私の方じゃなくない?
「えっと」
「ごめんなさい、少し考え事をしていたの。」
明らかに回りくどい。こんなに勿体ぶった話し方をするような人だったかな。
「ねぇ、リン。少し、力を貸してくれないかしら」




