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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter8 贈る手紙
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乾かない包み

二日後、フィオナを連れて風待ち郵便局へ戻った。


 十五日間の試験運用を終えたフィオナは、第四支局で一日だけ休んだ。昼まで眠り、遅い朝食の片づけが済むころに、ようやく食堂へ姿を見せた。


 それから新しい防湿布と細い針を買いに出て、買い物は仕事ではないから休養に入るのだと、戻ってきて言った。


 発着場に箒が降りる。括りつけられた道具箱が、前より一回り大きい。


「増えてる、よね?」


「えへへ……、張り切り過ぎちゃったかも」


 フィオナが道具箱を両手で下ろす。


「まぁ、でも必要になってから取りに戻れないでしょ? だからいいかなー、なんて」


 局舎からハインさんが出てくる。道具箱に目をとめて、眉が寄った。


「住み着く気か……?」


「帰る日は決めてきましたよー! 十二日後です」


 ふぅ、とあきれたようにハインさんは息を吐く。


それでも、確かにここは、まだまだ、色んなものが足りていないと自分も思う。


「それで、新しく届いたっていうのは」


「こっちだ」


 ハインさんが顎で示した。


「三号がずっと様子を見てくれてる」


 濃い緑色の木箱が、二日前と同じ受入台に載っている。三号が透明な隔離覆いを下ろし、箱の周りだけ湿り気を抱えていた。包み布はまだ乾ききっていない。淡い緑を帯びた細い糸が表に織り込まれ、光の角度が変わると、濡れた水草のように鈍く光る。


 フィオナが手袋をつける前に、三号の記録を最初から読んでいく。


「うん、大丈夫そう」


「規定どおりです」


 三号が答える。


「ハインさんも?」


「四六時中見張られてはな……。近づくことすらできていない」


 少し不満そうに尖っている。まぁ、気持ちはわかる。そこまで信用がないのか、と思うだろう。私にはよくわかる。何度も深く頷く。


 フィオナが薄い手袋をつけ、隔離覆いを持ち上げた。


 湿った空気が、ほんの少しだけ外へ漏れる。濁った水の匂いではない、と思う。なんというか、藻と、木箱と、古い船底に似ているような。説明が、難しい。


「うーん?」


 フィオナが包み布の端へ測定具を当てる。フィオナでもよく理解できていないのであれば、仕方がないよねえ?


「布の中に、最初から湿り気を持たせてあるんだけど……。すごい技術だよ、これ」


 フィオナが指で押しても、水は染み出してこない。空気が乾くたびに織り込まれた水草糸が布へ湿りを戻すのだと、フィオナが布の目を指でなぞって見せた。


「なんでそんな事?」


 紙を痛めてしまうだけなのでは、と思う。確かに保全魔法をかければある程度は何とかなる。とは言え、わざわざそんな手の込んだことをするのは……?


「うーん、内容物が感想に弱いのかなあ」


 フィオナが箱を少し横から見る。


「でも、それだけなら」


「別の方法でもいい、よね?」


「そうなんだよねぇ……」


 フィオナが小さな鏡を取り出し、箱の下へ差し込む。鏡の中に、箱の底が映った。


 四方から回された水草糸が、底の中央でひとつの輪に集まっている。輪は締め切られていない。指一本分ほどの隙間を残して、そこからまた糸の端が布の中へ戻っていた。


 箱を置いたままでは、この輪は見えない。持ち上げた者だけが気づく場所に、わざわざ結び目が作ってある。


「わざわざ底で戻してる」


 フィオナが言った。


「湿度のためだけなら、こんな結び方にはしないと思うんだけど」


 フィオナは、鏡の角度を変え、輪の幅と糸の戻り方を記録票へ写していく。針でほどく前に、結び目の形を紙へ残しておくように。


 三号が管理履歴を表示する。


「発送地、ヴェルナ運河共和国南水路区。最初の受取地、リューデン王国河港都市ラッセ」


「最初の?」


「ラッセで受領済み。翌日、同一の木箱がヴェルナ宛て郵便物として再登録されています」


 箱の上に、封をされた手紙が一通、固定されている。差出人はノア・ベルグ。宛先は、ヴェルナ運河共和国の水路案内人セレナ・イール。


「一度ノアさんへ届いて、そのまま送り返される途中だったんだ」


「登録手続きは未完了です」


 三号が答える。


「差出人署名の前に、受付台から転送経路へ引き込まれたものと推定します」


 木箱は一度、ノアの手に渡った。その翌日には、封をした手紙を載せて、元の差出人へ返されようとしている。ただ、箱の底には、受け取った者にしか気づけない結び目が残ったままだ。


 フィオナが包み布の端を見る。


「第四へ運べる? 私も一緒に」


「うーん、構わないけど。でもノアさんに直接持ってけば良くない?」


 少し、感覚を周囲に向ける。風路の状態は良好。しばらくは問題ないと思う。


「先に、この結び方の意味を調べてほしいんだ」


 フィオナが箱の四隅を支え、傾けないまま保全板へ移す。


「布も糸も、まだ生きてる」


 フィオナが、封筒へ目を落とす。私もその目線を追うように。フィオナの言っていることは、すごくわかる。まだ、生きている。


「ただ、届ければ良いっていうわけじゃないんです」


「うわ、懐かしっ」


 校長先生のモノマネが本当に上手で、思わず口から漏れた。えへへ、と照れたように笑うフィオナがすこし、眩しく見えた。




 第四支局へ戻ると、支局長が木箱と封筒を別々の保全板へ置いた。


「封筒は受付前だな。組合の郵便物に登録はない」


「……ノアさんへ返します?」


「本人に確認を取るしかあるまい。箱も手紙も、現時点では彼の所有物だ」


 エルナさんはヴェルナ側の申告記録を確認していた。


「木箱は返送品ではなく、返礼品として登録されています」


「贈ったものが戻ってきたのに?」


「申告上は、返礼ですね」


 エルナさんが記録の列を指でたどっていく。内容物は、銀製の首飾り。九日前にノアがセレナへ送ったものだと、そこに残っている。セレナは受領したあと、同じ木箱で首飾りをラッセへ送り返していた。返却ではなく、返礼として。


 アデルが運航表を持って入ってくる。


「今日の夕方、ヴェルナから河川郵便便が来ます。交換官なら、この結び方を知ってるかもしれない」


「照会するのは、外装と返礼区分の一般的な意味だけ」


 エルナが言う。


「差出人、受取人、内容物は伏せてください」


「分かりました」


 フィオナが保全箱から、練習用の水草糸を取り出す。現物の糸には、指も触れない。湿度を合わせた布片の上で、記録票と見くらべながら、同じ結び目を作っていく。四方から糸を回し、底でひとつの輪へ集める。輪は締め切らず、指一本分の隙間を残した。


「どうして空けるんだろう」


「そこを聞きたい」


 フィオナが糸の端を布へ戻し、結び目を裏返した。


 表から見れば、ただの防湿梱包。


 底から見れば、戻ってくる糸。


 箱は濡れていなかった。


 けれど、まだ乾いてもいなかった。

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