監査視察③
同じ日の夜。風待ち郵便局で、真鍮製の転送枠が淡く光った。
三号が受付台の前へ移動する。
「事故転送を確認」
鐘が二度鳴って、ハインが寝台から起き、外套を羽織って受付へ出た。
ユリウスも、記録板を持って椅子から立ち上がる。
転送枠の内側には、水面のような光が揺れていた。
湿った風が局内へ流れ込み、床の上へ細い水滴を残す。
やがて、濃い緑色の木箱が受入台へ落ちた。
四隅を銀色の金具で留め、表面を青い糸の織り込まれた布が覆っている。
箱の上には、封をされた手紙が一通固定されていた。
「到着物、一件」
三号の胸元へ記録が浮かぶ。
「現在使用中の管理番号を確認。転送元、ヴェルナ運河共和国。接続切断から三日経過」
木箱の表面には、細かな水滴が浮いていた。
床へ落ちるほどではない。
それでも、局内の乾いた空気に触れた途端、布の色が少しずつ変わり始めている。
ハインが一歩近づいた。
「乾かした方がいいか」
ユリウスは答えず、三号を見る。
「レイさん不在時の処置規定は?」
「受入台にそのまま。到着時の温度、湿度、魔力反応の記録を推奨」
三号は記録を続けた。ハインも、伸ばしかけた手を下ろす。
「我々にできるのは、それだけだな」
ユリウスも記録板へ時刻を書き込んでいる。それから受入台より一歩離れ、椅子へ戻った。
「状態が隔離条件に達した場合だけ、三号が覆いを作動させてください」
「了解しました」
三号が答える。
水滴を拭わず、乾かそうともせず、朝を待つ。
ハインと三号が受付を離れたあとも、ユリウスはしばらく、その部屋に残っていた。
受入台の木箱ではなく、三号が表示した転送記録を見ている。
「接続切断地点を、もう一度」
三号の胸元へ、ヴェルナ側の管理記録が浮かんだ。発送手続き中。
未受理郵便物が受付台から転送路へ引き込まれる。
直後に接続消失。
以後、中継記録なし。
三日後、風待ち郵便局で受入。
「中継記録が欠落したわけでは、ない……?」
「照会可能な全記録上、当該郵便物の通過は確認できません」
「風待ちへ入る直前の接続元は」
「特定不能」
ユリウスは鞄から、一冊の薄い報告書を取り出した。
カルファ交換所から提出された、ハサン・ラウ墜落事故。
リネット・ファルンによる風路残存調査。
アデル・グランツによる墜落地点の測定。
そして、黒い音声筒が風待ちへ届いた記録。
「黒い筒についても、中継記録は」
「ありません」
「最後に確認された場所は」
「ナハル遊牧連合南部風路。消失事故発生地点」
「次の記録は」
「当局での受入です」
ユリウスは二件の記録を並べた。
国も違う。
郵便物の形式も違う。
事故から風待ちへ届くまでの時間も一致しない。
共通しているのは、その途中にあるはずの道だけだった。
使用中の風路が消えたあと、郵便物も通常経路から消えている。
そして、どの中継所も通らず、風待ちへ現れた。
「事故郵便が偶然ここへ流れ着いているのではない、のか?」
声へ出したあと、ユリウスは言葉を訂正するように、頭を振る。
「その可能性だけで、説明できない」
記録板へ一文を書く。
――風路消失時、当該経路上の郵便物が旧風待ち郵便局へ転送される可能性あり。現時点では仮説。追加照合を要する。
「三号。四十二年前の風路消失記録は、どちらに」
「一部欠損。閲覧可能記録、二百八十一件」
「受入記録と照合は」
「所要時間を算出します」
「今夜中に終える必要はありません。原本は変更せず、照合結果だけを別記録にしてください」
「指示を登録しました」
ユリウスは二件の報告を閉じた。
第四支局へ戻り次第、各国の風路消失、瞬断、原因不明の廃路記録を集める。
そのための照合申請を、ユリウスは夜のうちに書き始めた。
翌朝、風待ちへ戻ると、受入台の前に三人……、二人と一台か。肩を並べている。
「えっと、何かありました……か?」
「また、だ」
ハインさんが少し、呆れたように肩をすくめた。ユリウスさんの記録板には、夜間の湿度変化が一時間ごとに書き込まれていた。
「フィオナを連れてきた方が……?」
「なりません」
「でも、この箱は――」
「レイさんがいない日に届くことも、運用の一部だったはずでは?」
ユリウスさんは記録板を閉じて。
「状態は安定していますし、今はそれで」
「……ありがとうございます」
急いでフィオナを連れてくれば、確かに状態を確認できる。
けれど、それを一度認めれば、フィオナの休養日は、郵便が届くたびに消えていってしまう。それは、《《よろしくない》》と思う。
「フィオナには、次の勤務日に見てもらえばいい」
ハインさんもその意向には同意のようだ。
「十五日間の試験運用について、継続を妨げる事由は認めません」
ハインさんが受付台へ肘をつく。
「……そうか」
「ええ。」
それから、新しい書面を取り出す。
「旧風待ち郵便局事故郵便臨時保全所について、本日より九十日間の第二次試験運用を認めます」
取扱対象は、現在流入する事故郵便と、四十二年前から滞留する事故郵便。
外部へ搬出するのは、一度につき一件。
状態確認と保全の責任者は、フィオナ・レイ。
レイ不在時は、受入、記録、隔離に限定し、移送や再梱包を行わない。
リネット・ファルンが安全な往復経路を確認できない日は、外部との往来を停止する。
ユリウスは条件を読み上げ、書面の下へ署名した。
「正式な施設認可ではありませんが。その先は、改めて」
「十分だ」
三号の胸元へ、新しい運用期限が登録される。
「第二次試験運用を開始します」
まだ触れることはできない。
どこから来て、何を返そうとしているのかも分からない。
それでも、この郵便が待つべき人は決まっているんだ。
次に安全な風路が開き、フィオナが風待ちへ戻る日まで。どうか無事でいて。




