監査視察②
視察が終わったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
フィオナは作業用の前掛けを外し、十五日間使っていた部屋へ戻った。
狭い部屋には、持ち込んだ毛布と着替えのほかに、見慣れないものが、増えている。
窓辺に置いた小さな乾燥花。
三号の記録板から書き写した、局内設備の一覧。
壁には、窓の隙間を塞ぐためにフィオナが縫った厚布が掛かっていた。
「置いていくの?」
荷造りを手伝っていて、気になった。
「置いていくよ。次に来たときも寒いから」
フィオナは小さな布包みを持って戻ってきた。
「何、それ」
「三号の右腕から落ちた金具なんだけど……。同じものがないか見てもらいたいんだ」
普通なら、それすらも仕事と捉える人が多いんだろうな。
休養に入る前から、次に来る準備をしているのは、すごく尊敬できる。
フィオナがこちらへ振り返る。
「ちゃんと休むから、大丈夫!」
「まだ何も言ってないんだけど」
「顔に書いてあったから」
「……そんなに分かりやすいかなぁ」
「うん、すっごく」
フィオナは笑い、最後の着替えを鞄へ入れた。
発着場では、ユリウスが三号の停止記録を読み直してる。私たちが荷物を持って出てくると、記録板を閉じた。
「ファルンさんは、レイさんを第四支局へ連れ帰ってください」
「ユリウスさんは?」
「私は、明朝までこちらへ残ります」
「風路、消えちゃうかもですけど」
「承知しています」
「では、何故」
「レイさんがいない時、この施設が実際にどう動くかを見たいんです」
「監視継続、と」
ハインさんが言う。
「……そういう事でも、構いませんが」
ハインさんはしばらくユリウスさんを見たあと、局舎の方へ顎を向けた。
「……空いてる部屋を好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
ハインさんは面倒そうに息を吐いた。三号の胸元へ文字が流れる。
「宿泊者、一名を仮登録します」
「夕食は各自準備することになってるからな」
好きに使え、と言ってハインさんは部屋を出ていこうとしている。どこか、不機嫌そうにも見えるのは、それだけ、ここを守りたいからと言う風にも思えた。
「ハインさん」
フィオナが鞄を持ち直す。
「三日間、お願いしますね」
「……ああ、任せておけ」
「処置待ちは二件。赤い棚のものは、触らないでください」
「承知した」
「三号は偉いね、ハインさんが無理に屋根へ上がったら止めてね」
「職務範囲外です」
「そこは覚えてくれないんだ」
少し残念そうに言うと、ハインさんが布包みを一つ差し出した。
「持ってけ」
「何ですか?」
「乾燥果実だ。携帯できる食料がこれくらいしかない」
「ありがとうございます」
「次は細い針を。防湿布に使えるやつだ」
「ああ、そうでしたね」
別れの挨拶を済ませて、私たちは箒へ跨がった。やはり、どこか後ろ髪を引かれるような感覚に襲われる。ここを出るときは、いつもそうだ。
「明日、迎えに来ますけど」
「ええ、時間は都合がよろしいときにで構いませんので」
「なるべく早めに頼む」
……ハインさん、本当に嫌なんだな。
二人の箒が旧風路へ入り、局舎と三人の姿が霧の向こうへ消えていった。
第四支局へ戻ると、発着場にはアデルがいた。
何でもないような澄ました顔をしているが。きっと楽しみだったり、不安だったりで待っていたのだろうなとも思う。可愛い奴め。
リンの後ろからフィオナが現れた瞬間、持っていた経路表を閉じる。
「おかえり」
「ただいま」
フィオナが地面へ降りるより先に、アデルは荷物の方を受け取った。
「おろ、いいの?」
「いいよ、これくらい」
アデルはそれ以上言わず、フィオナの鞄を肩へ掛けた。
「食堂、まだ昼のスープ残ってるよ」
「アデルが取っておいてくれたの?」
「……まぁ」
「ふふ、ありがと」
否定しきれないまま、アデルは先に歩き出した。
三人が同じ食卓へ揃ったのは、十五日ぶりだ。なんだか、とてもなつかしいように思えてしまう。
フィオナは豆と根菜のスープを食べながら、風待ちでの暮らしを話した。
最初の三日は、夜中に三号の時報で目が覚めたこと。
ハインさんは食事を取るのを忘れる程没頭癖があるみたいだ。それなのに、蜂蜜の瓶だけは毎日少しずつ減っていたらしい。
窓を塞いだ翌朝、部屋の温度が四度も上がったこと。途中で口を挟まずに聞いている。
フィオナの席へ、フィオナが座っている。
それだけで、安心できる。




