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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
幕間③ 十五日目
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監査視察

 十五日目の朝、ユリウスさんを連れて風待ち郵便局へ入った。


 旧風路を抜けて、到着。彼はすぐには局舎へ入らなかった。


 眼下にある発着場と、補修途中の屋根、局舎の裏へ積まれた廃材を一度見渡す。入口から流れ出す風の向きまで確かめてから、自分の少し後ろへ箒を下ろした。


「到着時刻、九時十二分」


 受付の窓から三号の声が聞こえる。


「訪問者、一名。組合員証を提示してください」


 ユリウスさんは外套の内側から組合員証を取り出す。表情は、険しいままだ。


「第一運航監察官、ユリウス・ヴァーレン。十五日間試験運用の終了確認および現地視察になります」


「記録しました」


 フィオナが局舎から出てくる。少し、緊張しているだろうか。どこか動きがぎこちないように思えた。作業用の前掛けをつけ、袖は肘まで捲っている。左手には、濡らした保全布を持っていた。


「お待ちしていました」


 ……本心かどうかは別として、まぁ、そうなるだろうか。


「先に、作業中の郵便を片づけてもよろしいですか」


「構いません。」


「お待たせしてしまいますが……」


 フィオナは頭を下げ、仕分け室へ戻っていく。


 ユリウスさんはその背中を見送ったあと、受付台の向こうにいる三号へ向き直る。


「期間中に受け入れた事故郵便は、何件でしょう」


「二件」


「レイさんが状態確認を行えなかった時間は」


「合計、三十七時間四分」


「その間、新たな郵便が到着した場合は?」


「受入台より移動せず、到着時の温度、湿度、魔力反応を記録」


「外装に崩壊の兆候があっても?」


「記録のみ」


 ユリウスは手元の記録板へ書き込む。


「ファルンさんが来られない場合、外部への照会は?」


「行いません」


「配達期限が迫っていても?」


「行いません」


「現地側から救援要請があっても?」


 三号の胸元で、青白い文字が一度流れた。


「当局に外部通信手段はありません。ファルンの来局を待つ」


 ユリウスさんは次の問いへ移らず、記録板へ目を落とした。


 成功した二件の経過ではなく、誰も動けないときに、ここが何をしないのかを確かめている。いったい、何がそんなに気になるのだろうか。


 ……そんなに、大事なことなのかな。


 ハインさんが修繕道具を抱えて、廊下の奥から現れた。


「局務人形を尋問、か。なかなか良いご趣味で」


「確認、です」


「同じようなもんだろう」


 ハインさんは壁へ立てかけていた窓枠を持ち上げた。


「聞くなら俺にも聞け」


 少し呆れたようにため息をついて、ユリウスさんは眼鏡を手で押さえた。


「では、レイさんが不在の際、あなたが郵便物を処置することは」


「現在はない」


「どのようなことが、あっても?」


「俺が触って壊せば、それで終いだからな」


 ユリウスは頷き、記録板へ一行加えた。


「いいでしょう」


「褒めてるのか」


「確認しただけです」


「やっぱり三号と似てるな」


「類似性は認められません」


 三号が答えて、ハインさんが鼻で笑う。


 ……今のは、卑怯じゃないだろうか。少し表情を崩したのを、見られなかっただろうか。


 ユリウスさんは反応せず、受付脇に置かれた運用記録を開いた。


「ファルンさん」


「はい」


 急に呼ばれて、少し、声がひっくり返る。


「あなたがこちらへ入れなかった日は、何日程?」


「配達中を除けば、四日……です。風路が見つからなかった日が二日。天候と残存魔力の条件で中止した日が一日。アルネリアから戻った翌日は、エルナさんに止められました」


「その四日間、こちらから催促は?」


「ありません」


「あなた自身が、来るべきだったと考えた日は?」


 嫌な質問だ。まぁ、でも、偽ったところで、それは自分を助けないことは骨身にしみている。


「ありました」


「来なかった理由は」


「……それが約束、でしたから」


 正しい判断だったとも、よく我慢したとも言わずに、ただ、筆だけが動く。


 誰が決め、その判断をあとから追える形にしたかだけを確かめている。


 そこへフィオナが戻ってきた。


「お待たせしました」


「もう、よいので?」


「はい」


「期限は?」


「確認できません。宛名札の端が外装へ貼りついています」


「剥がせば読めますか」


「読めると思います。でも、今剥がすと文字ごと取れるかもしれません」


「では?」


「触らずに置きます」


 フィオナは迷わず答えた。


「期限が書かれている可能性はあります。でも、読もうとして宛先を失う方が困りますから」


 ユリウスさんはフィオナの前掛けについた細かな紙粉と、作業台の上に並ぶ道具を見た。


 第四支局から持ち込まれた新しい測定具。


 風待ちに残されていた四十二年前の保全板。


 フィオナが自分で縫い直した防湿布。


 そのどれにも、使用日と処置内容を記した小さな札がついている。


「十五日間、休養日はありましたか」


「丸一日は……ありません。作業のない日は、局舎の片づけをしていましたね」


「……それは休養とは呼びませんね」


 フィオナが一度、目を瞬かせる。


「でも、郵便物には触っていません」


「業務の種類を変えただけでしょう」


 ユリウスさんは記録板へ何かを書いた。少し、苛立っているだろうか。言葉に少し、棘がある。


「今後もレイさんを保全担当とするなら、第四支局へ戻る日を先に定めてください」


「郵便が届いていてもですか」


 フィオナが尋ねる。


「届いていることを理由に帰還を延期し続ければ、ここに残っている限り休めなくなります」


 言葉は穏やかだった。


 そうしなければ運用が一人へ際限なく寄りかかってしまうのは、確かに好ましくはない。


 フィオナがいない支局は、少し物足りないように思う。私も、そうしてほしい。


「レイさんがいない間、この施設は受入と記録だけを行う。処置はしない。そう決めておくだけでしょう。現にその通りの運用をしているようですし」


 フィオナは仕分け室の方を見た。


 処置を待つ郵便がある。けれど、それを理由に十五日目を十六日目へ延ばせば、次も同じことになる。


「……そう、ですね、すみませんでした」


「その日までに終わらなかったものは、次の勤務期間へ引き継いでください」


「はい」


 ユリウスさんは記録板を閉じて、ようやく顔をあげた。


 ハインさんが眉を上げる。


「……いいのか、色々直接見なくて」


「後程で」


 ユリウスさんは仕分け室の扉へ目を向けて、それから、私とフィオナを見る。


「それでは、ひとまず、お疲れ様でした」





 仕分け室には、十五日前よりも歩ける場所が増えていた。


 通路を塞いでいた郵便袋は棚へ移され、床には年代と状態に応じて色分けされた線が引かれている。


 赤は、外装へ触れないもの。


 黄は、状態確認を終えたもの。


 白は、ハインさんと三号だけでも移動できる資材。


 ユリウスさんは、入口に最も近い郵便袋を一つ選び、その脇に下がる記録札へ目を通す。


「四十二年前の到着物、ですね」


「はい」


 フィオナが答える。


「試験期間中は、三件だけ状態を確認しました。どれも搬出していません」


「宛先が現在も有効かなんて、わかりませんからね」


 ユリウスさんは記録札の裏を確認した。


 外装の状態。


 棚の湿度。


 次に確認する予定日。


 そのどこにも、急いで開封するための記述はない。


 第一、これらがどんな理由でここに残されているのか、それが、わからない。


 まだ、誰のもとにも届いていないのか。受け取りを拒まれたものなのか。どんな理由で、ここに積まれたのか。


「旧郵便物の取扱いは、現状維持を基本として、宛先と搬出経路の両方が確認できたものだけ、第四支局へ照会してください」


「分かりました」


 四十二年前の封筒と、数日前に流れ着いた輸送袋が、同じ室内に並んでいる。


 古いから大切なのでもない。


 新しいから急ぐのでもない。


 一通ずつ違うものとして扱わなければ、ここへ残した意味がない。

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