監査視察
十五日目の朝、ユリウスさんを連れて風待ち郵便局へ入った。
旧風路を抜けて、到着。彼はすぐには局舎へ入らなかった。
眼下にある発着場と、補修途中の屋根、局舎の裏へ積まれた廃材を一度見渡す。入口から流れ出す風の向きまで確かめてから、自分の少し後ろへ箒を下ろした。
「到着時刻、九時十二分」
受付の窓から三号の声が聞こえる。
「訪問者、一名。組合員証を提示してください」
ユリウスさんは外套の内側から組合員証を取り出す。表情は、険しいままだ。
「第一運航監察官、ユリウス・ヴァーレン。十五日間試験運用の終了確認および現地視察になります」
「記録しました」
フィオナが局舎から出てくる。少し、緊張しているだろうか。どこか動きがぎこちないように思えた。作業用の前掛けをつけ、袖は肘まで捲っている。左手には、濡らした保全布を持っていた。
「お待ちしていました」
……本心かどうかは別として、まぁ、そうなるだろうか。
「先に、作業中の郵便を片づけてもよろしいですか」
「構いません。」
「お待たせしてしまいますが……」
フィオナは頭を下げ、仕分け室へ戻っていく。
ユリウスさんはその背中を見送ったあと、受付台の向こうにいる三号へ向き直る。
「期間中に受け入れた事故郵便は、何件でしょう」
「二件」
「レイさんが状態確認を行えなかった時間は」
「合計、三十七時間四分」
「その間、新たな郵便が到着した場合は?」
「受入台より移動せず、到着時の温度、湿度、魔力反応を記録」
「外装に崩壊の兆候があっても?」
「記録のみ」
ユリウスは手元の記録板へ書き込む。
「ファルンさんが来られない場合、外部への照会は?」
「行いません」
「配達期限が迫っていても?」
「行いません」
「現地側から救援要請があっても?」
三号の胸元で、青白い文字が一度流れた。
「当局に外部通信手段はありません。ファルンの来局を待つ」
ユリウスさんは次の問いへ移らず、記録板へ目を落とした。
成功した二件の経過ではなく、誰も動けないときに、ここが何をしないのかを確かめている。いったい、何がそんなに気になるのだろうか。
……そんなに、大事なことなのかな。
ハインさんが修繕道具を抱えて、廊下の奥から現れた。
「局務人形を尋問、か。なかなか良いご趣味で」
「確認、です」
「同じようなもんだろう」
ハインさんは壁へ立てかけていた窓枠を持ち上げた。
「聞くなら俺にも聞け」
少し呆れたようにため息をついて、ユリウスさんは眼鏡を手で押さえた。
「では、レイさんが不在の際、あなたが郵便物を処置することは」
「現在はない」
「どのようなことが、あっても?」
「俺が触って壊せば、それで終いだからな」
ユリウスは頷き、記録板へ一行加えた。
「いいでしょう」
「褒めてるのか」
「確認しただけです」
「やっぱり三号と似てるな」
「類似性は認められません」
三号が答えて、ハインさんが鼻で笑う。
……今のは、卑怯じゃないだろうか。少し表情を崩したのを、見られなかっただろうか。
ユリウスさんは反応せず、受付脇に置かれた運用記録を開いた。
「ファルンさん」
「はい」
急に呼ばれて、少し、声がひっくり返る。
「あなたがこちらへ入れなかった日は、何日程?」
「配達中を除けば、四日……です。風路が見つからなかった日が二日。天候と残存魔力の条件で中止した日が一日。アルネリアから戻った翌日は、エルナさんに止められました」
「その四日間、こちらから催促は?」
「ありません」
「あなた自身が、来るべきだったと考えた日は?」
嫌な質問だ。まぁ、でも、偽ったところで、それは自分を助けないことは骨身にしみている。
「ありました」
「来なかった理由は」
「……それが約束、でしたから」
正しい判断だったとも、よく我慢したとも言わずに、ただ、筆だけが動く。
誰が決め、その判断をあとから追える形にしたかだけを確かめている。
そこへフィオナが戻ってきた。
「お待たせしました」
「もう、よいので?」
「はい」
「期限は?」
「確認できません。宛名札の端が外装へ貼りついています」
「剥がせば読めますか」
「読めると思います。でも、今剥がすと文字ごと取れるかもしれません」
「では?」
「触らずに置きます」
フィオナは迷わず答えた。
「期限が書かれている可能性はあります。でも、読もうとして宛先を失う方が困りますから」
ユリウスさんはフィオナの前掛けについた細かな紙粉と、作業台の上に並ぶ道具を見た。
第四支局から持ち込まれた新しい測定具。
風待ちに残されていた四十二年前の保全板。
フィオナが自分で縫い直した防湿布。
そのどれにも、使用日と処置内容を記した小さな札がついている。
「十五日間、休養日はありましたか」
「丸一日は……ありません。作業のない日は、局舎の片づけをしていましたね」
「……それは休養とは呼びませんね」
フィオナが一度、目を瞬かせる。
「でも、郵便物には触っていません」
「業務の種類を変えただけでしょう」
ユリウスさんは記録板へ何かを書いた。少し、苛立っているだろうか。言葉に少し、棘がある。
「今後もレイさんを保全担当とするなら、第四支局へ戻る日を先に定めてください」
「郵便が届いていてもですか」
フィオナが尋ねる。
「届いていることを理由に帰還を延期し続ければ、ここに残っている限り休めなくなります」
言葉は穏やかだった。
そうしなければ運用が一人へ際限なく寄りかかってしまうのは、確かに好ましくはない。
フィオナがいない支局は、少し物足りないように思う。私も、そうしてほしい。
「レイさんがいない間、この施設は受入と記録だけを行う。処置はしない。そう決めておくだけでしょう。現にその通りの運用をしているようですし」
フィオナは仕分け室の方を見た。
処置を待つ郵便がある。けれど、それを理由に十五日目を十六日目へ延ばせば、次も同じことになる。
「……そう、ですね、すみませんでした」
「その日までに終わらなかったものは、次の勤務期間へ引き継いでください」
「はい」
ユリウスさんは記録板を閉じて、ようやく顔をあげた。
ハインさんが眉を上げる。
「……いいのか、色々直接見なくて」
「後程で」
ユリウスさんは仕分け室の扉へ目を向けて、それから、私とフィオナを見る。
「それでは、ひとまず、お疲れ様でした」
仕分け室には、十五日前よりも歩ける場所が増えていた。
通路を塞いでいた郵便袋は棚へ移され、床には年代と状態に応じて色分けされた線が引かれている。
赤は、外装へ触れないもの。
黄は、状態確認を終えたもの。
白は、ハインさんと三号だけでも移動できる資材。
ユリウスさんは、入口に最も近い郵便袋を一つ選び、その脇に下がる記録札へ目を通す。
「四十二年前の到着物、ですね」
「はい」
フィオナが答える。
「試験期間中は、三件だけ状態を確認しました。どれも搬出していません」
「宛先が現在も有効かなんて、わかりませんからね」
ユリウスさんは記録札の裏を確認した。
外装の状態。
棚の湿度。
次に確認する予定日。
そのどこにも、急いで開封するための記述はない。
第一、これらがどんな理由でここに残されているのか、それが、わからない。
まだ、誰のもとにも届いていないのか。受け取りを拒まれたものなのか。どんな理由で、ここに積まれたのか。
「旧郵便物の取扱いは、現状維持を基本として、宛先と搬出経路の両方が確認できたものだけ、第四支局へ照会してください」
「分かりました」
四十二年前の封筒と、数日前に流れ着いた輸送袋が、同じ室内に並んでいる。
古いから大切なのでもない。
新しいから急ぐのでもない。
一通ずつ違うものとして扱わなければ、ここへ残した意味がない。




