真っ直ぐ届いてほしい
報告は、奥の小部屋で行われた。
カルファ交換所の所長と、ナハル側の風路管理官が同席している。私たちは配達完了の記録と、再生完了の保全記録を提出の義務がある。
その後で、第三風路の話になった。
壁に掛けられた砂海の大きな地図には、黒塩丘から先へ伸びる青い線がある。
けれど、実際にはそこに道はない。少なくとも、ハサンさんが事故に遭った時点では。
「調査隊は?」
私が気になったのは、そこだ。何か少しでも進んでいるのであれば、良いのだけど。
「黒塩丘の手前まで」
風路管理官が答える。
「風標は残っています。井戸札も、季節路の標識も。その周囲に大きな砂崩れはありません」
「郵便袋は」
「まだ見つかっていません」
果たして、これはどういうことなのだろうか。あるべきはずのものが見つからず。使えるはずのものが使えない。
たしかに、私たちの配達は無事、完了している。
けれど、同じ便で運ばれた郵便袋は戻っていない。
誰かが受け取るはずだったもの。まだ、どこかで届くのを待っているもの。それらすべてが、見つからない。
「風路が乱れた形跡は?」
風路管理官は首を横に振った。
「確かにあるはある、と言うか、実際にけが人も出ていますし、現に復旧もしていないわけで」
「それも、そうですね」
少し、軽率だった。何度もみた、ハサンさんの腕と、少し悔しさの滲んだ表情が胸に戻る。
「確証はありません。遠すぎて、私にも詳しくはわかりませんが。」
うまく、言葉にできていないのが、自分でもわかる。これは、感覚の話でしかない。実際に目で見てものを話しているわけでは、無いから。
「ただ、なんでしょう、穴が開いたような、そんな感じがするんです」
風路管理官は、地図の青い線を見つめた。
「念のため、記録をしておきますが……」
ここで調査を進めるのは、この国の人たちの仕事だ。私が話したことで、現場の判断を乱してしまうのも申し訳ないと、今更思った。
風路が消える。何もなかったかのように、ぽっかり穴が開く。
もし同じことが別の場所でも起きているなら……。
いや、止めよう。今はまだ、想像で結論を出す段階ではないから。
ただ、未回収の郵便袋がある。それだけは、事実なわけで。とても、悲しくて、悔しい。
夕方、カルファ交換所を発った。
戻りの風は変わらず、乾いていた。
砂海の上を離れるとき、アデルはしばらく下を見ていた。朝に通った岩の影も、谷も、井戸も、上空からはもう見分けにくい。
「砂って、すぐ消えると思ってた」
アデルが言った。
「うん」
「でも、残るんだね。ちゃんと見れば」
返事は、しなかった。アデルの言葉は、ただの感想ではないんだとわかったから。痕跡を追った彼女だからこそ、余計にその違和感が分かるのだろう。
やがて、アデルが前を向いた。
「でも、まぁ、無事届いたから」
「うん」
「全部は戻らなかったけど」
「うん」
マリヤさんの三年間は、消えない。
ハサンさんが筒を手放した事実も、未回収の郵便袋も、第三風路の空白も、そこに残っている。
第四支局へ戻った翌日、二人分の報告書を持って、風待ち郵便局へ入った。
砂海で書き込んだ経路板の写し、カルファ交換所から受け取った第三風路の事故記録、未回収郵便袋の照会票。そちらは支局側で整理する必要があった。
自分が持ってきたのは、黒い口述筒の配達完了報告と、保全記録の写し。
発着場へ降りると、フィオナが局舎から出てきた。
「おかえり、リン」
「ただいま」
「届いた?」
「もちろん」
「状態は、問題なさそうだったの?」
「うん、たぶん。同席したわけじゃないけど」
それを聞いて、フィオナはようやく息を吐いた。
「よかった」
リンは報告書を渡した。
「お姉さんは、何て?」
「それは、知らないし、言えない」
フィオナは報告書を胸へ抱える。
「そっか、そうだね。次は、こっちへ来ないといいね」
「うん」
「今度は、まっすぐ届いてほしい」
二人は並んで局舎へ入った。
仕分け室には、まだ届け先を待つ郵便が幾つも残っている。いつか、届く日を夢見て。




