↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter6 春を待たない手紙
PR
54/96

雪枝の村

 翌朝、国境灯台の風見旗は、昨日よりも低い位置で揺れていた。


 夜のうちに雪は止んだみたいだ。


 ただ、空は白く曇り、遠くの山並みは半分ほど雪煙に隠れていた。


 アデルは発着場へ出ると、借りた風標図と自分の地図を並べ、しばらく見比べていた。


 私はその横で、郵便鞄の冷却布を確かめる。


 布はまだ冷たい。


 中の保護袋も、昨日の状態を保っている。


「どう? 行けそう?」


「行ける」


 アデルは地図を畳んだ。


「ただし、灯台を出てすぐ高度を落とす予定、上へ行くと西風が強そうかな。北西郵便局の手前で一度、川筋へ降りる」


「了解」


「途中で雪が巻いたら、私の右後ろ。離れすぎないで」


「うん」


 アデルはそこまで言ってから、リンの郵便鞄を見た。


「手紙、大丈夫?」


「フィオナの保全だから、大丈夫だと思う」


「リンは?」


「私も、大丈夫!」


 アデルはすぐには返事をしなかった。


 その代わり、リンの外套の留め具を一つ指で示した。


「……そこ、開いてる」


「あ」


 本当によく気が付く。留め具を慌てて閉じた。


 冷たい金具が指先へ当たる。


「ありがと」


「ほんと、気を付けてよね」


 私たちは箒へ跨がった。灯台の職員が、薄く氷の張った鐘を一度だけ鳴らす。


 低い音が雪の上を滑っていく。それを合図に白い空へ飛び出した。


 アルネリア公国の冬道は、リューデンの風路とはまた違う引かれ方をされているようだった。


 空を真っ直ぐ切る道ではない。雪の積もった尾根を避け、凍った川筋へ沿い、時々、針葉樹の森の上を低く抜ける。


 高く飛べば早いんだろう。けれど高く飛びすぎれば、白い雲と雪煙の境目が分からなくなる。


 気温も今より低くなるのだから、体にかかる負荷も大きくなり、着氷が出る危険性も上がる。


 アデルは速度を出さなかった。


 その代わり、地形の折れ目ごとに、小さく進路を変えていく。


 後ろから、その線を追った。既存風路がすべて、頭に入っているのだろうか。


 昨日、灯台で飲んだスープの温かさは、もう身体から抜けていた。


 指先は冷たい。頬も痛い。


 それでも、郵便鞄へ手を添えると、中にある一通が、私を奮い立たせてくれる。


 誰にとって、どんな意味を持つものなのか、私は確かに知らない。


 分からないまま、飛んでいる。それが郵便の仕事なのだと、分かっている。


 けれど今日は、分からないことが少し苦しいように思えた。


 昼前、森が途切れた。


 雪に覆われた低い谷の奥に、リンドホルム村が見えた。


 黒い屋根。


 煙突から上がる白い煙。


 広場の中央に立てられた、枝のない白い木。


 その枝には、いくつもの木札と白い布が結ばれている。


 それだけではなかった。


 村の外れにある何軒かの戸口にも、細い白枝が掛けられている。


 枝の先には、名前を書いた木札。


 白い布。雪を払った跡。


 村人たちはそこを通るときだけ、声を少し落としているようだった。


「あれが北西郵便局のある村」


 アデルが着陸準備に移る信号弾を打ち上げる。大きな音と共に、頭上に黄色の花が咲く。


「発着場は?」


「広場の東。煙が二本上がってる建物」


 視線を向けた。石造りの、背の高い建物。


 屋根の上には、雪を払ったばかりの発着台がある。細い旗が立ち、白地に青い枝の紋が描かれていた。


 二人が降りると、発着台の入口から一人の女性が出てきた。


 厚手の外套を着た、三十代後半ほどの郵便官だった。髪は後ろでまとめられ、手袋の上からさらに毛皮の指当てをつけている。


「郵便組合の方ですね」


「はい。リューデン王国、東部第四支局所属のリネット・ファルンです」


「同じく、アデル・クロイツです」


「ネルカ・オルセン。アルネリア北西郵便局の郵便官です」


 探していた当人が出てくれたのは、正直助かる。


 ネルカは二人の組合章を確認し、リンの郵便鞄へ視線を落とした。


「この時期に、国境灯台から来る便は珍しいですね」


「おそらく、風路事故に遭った手紙を届けに来ました」


 郵便鞄から保全袋を出さず、管理票だけを差し出した。


「宛名は、エイノ・カルヴァさん。差出人は、ヨルン・カルヴァさん。本人限定、成人登録日までの期限指定です」


 ネルカは手袋を外し、素手で管理票を受け取った。


 冬の空気の中で、指先が赤くなる。


 それでも、文字を読む手つきは丁寧だった。


 差出人名の上で、指が止まった。


「……ヨルンの手紙ですね」


 声が、ほんの少し小さくなった。


「こちらで受け付けた郵便ですか」


「ええ」


 ネルカは管理票の受付印を見た。


「私が、受け付けたんです」


 発着台の下で、誰かが雪を払う音がした。


 木の柄が石に当たり、乾いた音を立てる。


「ヨルンが、自分で持ってきました。歩ける状態ではなかったので、近所の人に橇を引いてもらって」


 ネルカの指が、管理票の端を押さえる。


「その日の冬季便に載せました。本来なら、国境側の中継所へ一時保管のため輸送される手はずでした」


「でも、事故に」


「ええ。ほかの輸送袋は確認できたのに、この一通だけが見つからなかった」


 手に少し、力が入る。郵便鞄の紐を握った。


 届くはずだった場所へ届かず、誰にも開かれず、誰にも返されず、風待ち郵便局まで流れ着いた一通。


 管理票に書かれた名前が、雪の中を橇で北西郵便局まで来た一人の人間になる。


「そのとき、ヨルンはもう、長くないと分かっていました」


 ネルカは管理票を閉じた。


「中で話しましょう」


 そこで一度、言葉を切った。


 広場の中央で、白い枝に結ばれた布が揺れている。


「外で長々とできる話では、ありませんから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。