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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter6 春を待たない手紙
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どうせなら、二人で

 国境灯台へ向かう午後便は、低い雲の下を西へ進んだ。


 冬の風は硬い。


 箒の穂先へ当たるたび、細かな氷がぱちぱちと弾ける。頬よりも、指先のほうが先に冷えていく。


 外套の内側へ手を入れ、郵便鞄を引き寄せた。冷却布はずれていない。留め具もそのまま。


 触れて確かめてから、もう一度押さえる。


 少し前を、アデルが飛んでいる。


 さっきから速度が変わらない。


 風が強くなっても、弱くなっても、同じくらいの距離が空いたまま。追おうと思えば追える。けれど、追わなくても置いていかれない。


 正直助かるのだが、少し不安もある。


「これ、間に合いそう? もっと急いだほうがいい?」


「大丈夫!」


 それだけで話は終わった。


 空の下に目を移すと、雪に覆われた森がどこまでも広がっている。


 針葉樹の黒い枝が、白い地面へ細い影を落としていた。


 遠くの村では、煙突から薄い煙が上がっている。


 誰かが暖炉に薪を足しているのか。


 誰かが夕食の支度をしているのか。


 リンは郵便鞄へ手を添えた。


 中にある一通は、まだ何も言わない。


 それでも確かに、誰かの明日へ向かっている。そう、信じている。


 国境灯台へ着いた頃には、空の色が暗くなり始めていた。


 灯台と呼ばれてはいるが、建物は石造りの中継所に近い。冬のあいだだけ使われる小さな郵便宿舎が併設されており、発着場の端には、凍りついた風見旗が何本も並んでいた。


 アデルは到着するとすぐ、灯台職員と一緒に翌朝の予定経路にあたる風標を確認しに行った。


 自分は荷物を宿舎の部屋へ運び、郵便鞄の冷却布を点検し、報告用の仮記録を書いた。


 それが終わっても、アデルは戻ってこなかった。


 ……何も、することがない。


 食堂の窓の外は、もうほとんど夜だった。窓の外に移る建物は、皆、背が高く、屋根の傾斜が強い。少し、見慣れない形をしている。


 随分、遠くに来たものだ。


 細かな雪が、灯台の光を受けて白く浮かんでいる。


 自分の前には、湯気の立つスープが二つ置かれていた。


 豆と干し肉を煮た、少し塩気の強いものだった。器の横には、固い黒パンが添えられている。


 スプーンを持ったまま、ただ、手持ち無沙汰に座っていた。


「食べないのかい?」


 そんな自分をずっと見ていたのだろうか。食堂係の老女に厨房の奥から声をかけられた。


「連れが戻ってから」


「冷めるよ」


「温め直せますか」


「まぁ、できなくはないがね」


「じゃあ、待ちます」


 老女は妙な顔をしたあと、笑った。


「変な子だね」


「よく言われます」


「そうだろうね」


 いやいや。私たちは初対面じゃないか。


 自覚はある。あるんだけれども。私が言いたいのは、そういうことではない。


 扉が開いたのは、それからしばらくしてだった。


 冷たい風と一緒に、アデルが入ってくる。


 外套の肩には雪が積もり、髪の端も少し濡れていた。手には、灯台職員から借りたらしい古い風標図を持っている。


「遅くなっちゃった」


「大丈夫そう?」


「うん、ここ最近は気温が高い方で、着氷はしないみたい」


 少し、安心する。氷が付着することで、知らず知らずのうちに重心が偏ってしまう。


 気づいて落とせればよいのだが、それを怠って事故に遭うものも毎年必ず出る。


 それから食堂係の方へスープを二つ、持っていく。


「すみません。温め直してもらえますか」


「あいよ」


 老女は鼻で笑い、二つの器を持って奥へ下がった。


 アデルは椅子へ腰を下ろし、手袋を外した。


 指先が赤くなっている。


「食べてなかったの?」


 ええ、ごもっともで。


「どうせなら、二人で食べたかったから」


「そっか」


 てっきり、からかわれると思った。でも、意外なほど素直に、アデルは少しだけ黙った。


 外で雪を受けてきた耳の先が、灯りの下でより赤く見えた。


「嫌だった?」


「嫌じゃない、よ」


 返事は早かった。それから、アデルは目をそらし、風標図を机の端へ置いた。


「明日の道、少し変える。北側の尾根は凍結で使えない。灯台の人が、古い巡回路を教えてくれた」


「そんな急に変えて平気? 変えなくとも時間はあるんだし」


「着氷は出てないんだけどね。風が強いみたい。吹雪の中、飛びたい?」


「絶対に嫌!」


 好き好んで飛びたい、と言う奴が居れのであれば、顔が見てみたい。


「だから、何とかならないかって話してたんだよね」


 なるほど、と腑に落ちた。同時に少し、自分が小さくなったように感じる。


 スープが戻ってくる。器に触れて確かめる。温かい。


 席に戻って、アデルに渡す。短く


「ありがと」


 とだけ。それで十分だと思う。


 黒パンを小さく割り、スープへ浸して、 パンが柔らかくなるのを待った。


 アデルも同じように黒パンを割り、スープへ沈める。


 しばらく、二人は黙って食べた。


 食堂の窓の外では、灯台の光が雪を照らしている。


 郵便鞄はリンの足元に置かれていた。


 その中に、成人登録日までに届けるよう指定された一通がある。


 急がなければならない。


 けれど、今ここで急いでも、夜の雪道は開かない。


 スープを一口。少し塩辛い。


 温め直したせいか、豆は少し崩れていた。


「次も、待つ」


 アデルが顔を上げる。


「何の話?」


「ご飯」


「……毎回?」


「たぶん」


「先に食べてもいいよ」


「知ってる」


「知ってて待つの?」


「うん」


 アデルはスプーンを見つめた。


 何か言おうとして、やめる。


 その代わり、スープへ浸した黒パンを口へ運んだ。


「しょっぱいな」


「うん」


「でも、悪くない」


「うん……!」


 少しだけ笑った。その夜、二人は早めに眠った。


 明日の朝には、アルネリアの冬道へ入る。


 風待ちから流れ着いた一通を、誰がどう受け取るのか。


 まだ、何もわからない。


 それでも、ここの食堂でアデルと飲んだ温いスープの味は、私の中に。

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