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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter5 道を閉じる手紙
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二連の青信号

 二連の青い信号弾が上がったとき、エルナは、その発射者がアデルだとすぐに分かった。リンなら信号弾を打つより先に絶対に自分が飛び出すからだ。


 二十分あった先行組との差は、主幹線へ入ってから少しずつ縮まっていた。


 それでも、異変が起きた瞬間にはまだ遠かった。


 前方で第十七観測塔の灯が大きく揺らぎ、主幹線そのものが横へ歪む。二騎の箒が青い流れから弾き出され、そのうち一騎だけが戻った。


 もう一騎は、下層の森へ向かって落ちていった。


「リン!」


 フィオナの声が裏返る。


「前を見て! 私から離れないで!」


 エルナは叫びながら、落下位置を目で追った。


 リンの姿は、木々の色へ紛れ始めている。


 その上空で、主幹線へ戻ったアデルが箒を反転させた。


 リンを追おうとしている。


 だが、途中で止まった。


 腰から信号筒を引き抜き、青い光を一発。短い間を置いて、もう一発。


 救助要請。


 発射地点の下方に墜落者あり。


 アデルから、後続の二人へ向けた合図だった。


 エルナは携行記録板を引き出し、信号が上がった方角と、第十七観測塔からの距離を刻み込んだ。


「落下地点、記録しました!」


 フィオナが叫ぶ。


 その声にも、信号の意味を理解した動揺が混じっていた。


 アデルはまだ主幹線の縁にいる。


 郵便鞄を胸へ抱き、森へ向かって手を伸ばしていた。


「アデル……」


 フィオナが、その名を呼ぶ。


 届く距離ではない。


 それでもアデルは、二人が信号を見たことを確かめるように、ほんの数秒こちらへ顔を向けた。


 やがて箒を中央方向へ戻す。


 青い流れに乗り、その姿が遠ざかっていった。


「あの子、行くんですか」


 フィオナの声が震える。


「ええ」


「でも、リンが――」


「だから、私たちが助けるんだ!」


 強く言い切らなければ、自分までアデルを呼び戻してしまいそうだった。


 アデルが何を置いていったのか、エルナにも分かっていた。


 自分でリンを助けたい気持ちを、こちらへ託した。


 だから今は、その選択を無駄にしてはならない。


「高度を落とす! 風路を外れたら、支えがなくなる、気をつけて!」


「はい!」


 エルナは主幹線から外れ、森へ向かって箒を降下させた。


 流れの補助を失った瞬間、身体と箒へ何倍もの重さがかかる。


 速度を落とせば、リンとの距離が開く。


 急ぎすぎれば、自分たちまで制御を失う。


 エルナは魔力計と地上を交互に見ながら、ぎりぎりまで降下角度を深くした。


 少し遅れて、フィオナもついてくる。


「見失いました!」


「落ち着いて! 真下だけを見ないで、折れた枝を探して!」


 森へ近づくにつれ、高い針葉樹が視界を塞いだ。


 地面は見えない。


 代わりに、一本の梢が不自然に揺れていた。


 その先では、何本もの枝が同じ方向へ折れ、葉と樹皮の欠片がまだ空中を舞っている。


「あそこ!」


 エルナが指すより先に、フィオナが声を上げた。


 枝の間に、淡い光が残っている。


 壊れた防護膜から剥がれた魔力の欠片だった。


「リンが防護魔法を使ってる」


「なら、生きてますよね?」


「わかりません」


 否定したくて言ったのではない。


 希望を確信へ変えた直後に覆されることが、怖かった。


 二人は折れた梢を追い、森の上へ箒を下ろした。


 枝が密集しており、箒ではそれ以上進めない。


 エルナは地面へ降りると、箒を幹へ立てかける時間も惜しみ、落下痕へ駆けた。


 フィオナも後ろから続く。


 折れた枝。


 深く削れた樹皮。


 地面に突き刺さった箒の穂。


 その先へ、防護膜の淡い破片が、消えかけの蛍のように点々と残っていた。


「リン!」


 フィオナが走る速度を上げる。


「待って! 見つけても、すぐ動かさないで!」


 エルナが追いかける。


 太い木の根元に、リンは倒れていた。


 制服の肩と背中が裂け、額から流れた血が頬へ細い線を作っている。左脚は不自然な角度へ曲がり、左手が、何もない右肩の辺りを掴むように止まっていた。


 フィオナが膝をついた。


「リン、聞こえる?」


 返事はない。


 顔色が悪い。


 呼吸しているのかさえ、離れた場所からは分からなかった。


「触らないで。そのまま」


 エルナも膝をつき、首筋へ慎重に指を当てた。


 一度では分からなかった。


 自分の指が震えているせいだと気づき、奥歯を噛んで動きを止める。


 もう一度。


 弱い。


 それでも、確かに脈があった。


「生きてる」


 口にした途端、胸の奥へ詰まっていた息が一気に抜けた。


 フィオナが両手で口元を覆う。


「よかった……」


 目に浮かんだ涙が、すぐ頬を伝った。


「まだ安心しないで。呼吸を確認」


「はい」


 フィオナは涙を袖で拭い、リンの口元へ顔を近づけた。


「呼吸、あります。浅いですけど、止まってません」


「救援標を出して。観測塔から艇が来られるように」


 フィオナが信号筒を取り出した。


 手が震え、留め具を一度取り落とす。


「貸して」


「できます」


 フィオナは自分へ言い聞かせるように答え、もう一度握り直した。


 青い光が木々の上へ高く上がる。


 エルナはリンの頭部が動かないよう両側を固定し、出血と呼吸を確かめ続けた。


「リン。聞こえるなら、動かなくていいから、目だけ開けて」


 瞼が僅かに震えた。


 けれど、目は開かない。


 唇が何かを言おうとするように動き、声にならない息だけが漏れた。


「喋らないで。アデルなら行ったわ」


 聞こえているかは分からなかった。


 それでもエルナは続けた。


「鞄も持っていった。だから、いまは自分のことだけ考えなさい」


 リンの指が、ごく僅かに動いた。


 肩へ触れようとしていた手から、ゆっくりと力が抜けていく。


 フィオナが、その手へ触れかけた。


 怪我の状態を思い出し、途中で止める。


「本当に、馬鹿」


 声が震えていた。


「手紙が届いても、リンが死んだら、誰が喜ぶのよ」


 リンに聞こえていたかは分からない。


 遠くから、救援艇の角笛が響いた。


 エルナはその音を聞いても、リンの首筋から指を離さなかった。

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