残っていた道③
午前十時四十分。
トーヴァからの回答書類が完成した。
封筒には共同区の公印が押され、利用実態を示す帳簿の写しと、各集落の意見書がまとめて収められている。
「内容を読み上げておく」
トーヴァは、受取人である中央運航局へ送る文書を自ら開示した。
「現行支線が安全ではないことは認める。復旧だけを求めるものではない」
トーヴァの声は、昨夜よりも落ち着いていた。
「だが、登録人口のみを理由として廃止を決定することには異議を申し立てる。共同受取、季節利用、交易利用、自然魔力流へ接続した生活設備を含む実態調査が完了するまで、周辺路線からの魔力再配分を停止してほしい」
最後の一枚へ、公印を押す。
「元の道へ戻せとは書かなかった。危ない道なら作り直せばいい。ただ、いないことにされたまま閉じられるのは御免だ」
「お預かりします」
リンは封印と管理番号を確認し、自分の郵便鞄へ収めた。
「必ず――」
言いかけて、言葉を止める。
絶対に届くとは言えない。
旧風路も、主幹線も、何が起こるか分からない。
それでもトーヴァは、リンの顔を見て待っていた。
「届けます」
リンは言い直した。
「そのために来ましたから」
午前十一時十二分。
リンとアデルは、ラドナ高棚共同区を出発した。
旧風路を通過するにはリンの先導が必要だ。
谷底の中継塔から中央運航局までは、東方主幹線を使って五時間余り。
回答期限は午後六時。
途中の遅れを考えれば、余裕はほとんどない。
「出口まで着いたら、私が持つ」
旧風路へ入る前、アデルが言った。
「どうして」
「リンはもう二往復してる」
「郵便鞄の管理担当は私」
「だから何?」
「私が預かったの」
「届かなかったら、預かった意味ないでしょ」
アデルはいつものように張り合う口調ではなかった。
リンの顔色と、箒を握る右手を見ている。
「……出口で状態を見て決めます」
エルナが二人の会話を止めた。
「リンの魔力や体力が規定値を下回っていたら、アデルへ渡す。それ以上なら二人で行く。中央までの主幹線も安定しているとは限らないから、一人より二人のほうがいい」
「分かりました」
リンは頷いた。
アデルは納得していない顔だったが、反論はしなかった。
「私とフィオナは、二十分遅れて出る」
エルナが続ける。
「残りの医療物資と、共同区の補足報告を谷底まで運ぶ。何かあったら信号を上げて」
「青が救助、赤が風路閉鎖」
アデルが確認する。
「そう。二人とも、急ぎすぎないで」
「分かってます」
「リンだけに言ったんじゃないわよ」
「まだ何も言ってないです」
アデルは不満そうに答える。
フィオナが横で笑った。
「帰ってきたら、二人とも同じくらい怒られそう」
「何も起きなければ怒られない」
アデルが答える。
「その予定で飛ぶよ」
リンは郵便鞄の留め具を確かめた。
「行こう」
二人は順番に旧風路へ入った。
谷底の中継塔へ着いた時点で、リンの魔力残量は四十六パーセントだった。
エルナが定めた引継ぎ基準は四十パーセント。
中央までの主幹線では、風路の補助を受けられる。通常どおりなら、到着時にも二十パーセント以上を残せる計算だった。
「ぎりぎりだね」
アデルが計器を覗く。
「基準は上回ってる」
「六パーセントだけ」
「六もある」
「そういう言い方すると思った」
リンは水を飲み、干し果実を口へ入れた。
肩や腕に痛みはない。
魔力を使った疲労はあるものの、箒を操作する感覚も鈍っていなかった。
「行けるよ」
アデルはしばらくリンを見ていた。
「途中で遅れたら、鞄を渡して」
「遅れない」
「答えになってない」
「……分かった。 遅れたら渡す」
「絶対?」
「絶対」
ようやくアデルが頷いた。
二人は東方主幹線へ箒を乗せた。
流れは強い。
北東第九支線とは比べものにならないほど安定しており、箒が軽く前へ押し出される。
アデルが速度を上げる。
リンも郵便鞄を揺らさない範囲で追った。
最初の一時間は、問題なく進んだ。
リンの魔力消費も計算どおりだった。
二時間目に入ると、風路の流れが時折脈打つようになった。
強くなり、弱くなり、また強くなる。
「変だね」
アデルも気づいている。
「供給が不安定なのかな」
「違う」
リンは手袋を外した。
北東第九支線で感じたものと同じだ。
周囲の細い魔力流から力を吸い上げ、主幹線の中心へ集めている。
その力が多すぎて、流れの内部でぶつかり合っていた。
「外側へ寄らないで」
リンが言う。
「中心も揺れてるけど」
「まだ中心のほうがいい。下に古い流れがある。引っ張られる」
「見える?」
「感じる」
二人は安全索を箒の固定環へつないだ。
不安定な風路で隊列を保つための細い連結索だった。
距離を三騎分に開け、アデルが前、リンが後ろへ入る。




