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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter5 道を閉じる手紙
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残っていた道②

 最初の経路確認から戻ると、搬送の準備は終わっていた。


 患者の担架は、フィオナの箒と補助台へ固定されている。


 通常の風路なら、医療用の浮揚台だけでも十分に飛べる。しかし流れの細い旧風路では、少しでも中心を外せば、担架ごと谷へ引かれる可能性があった。


「患者さんの状態は?」


 リンが尋ねる。


「痛み止めを使ってる。意識はあるけど、途中で急変するかもしれない」


 フィオナは担架の横へしゃがみ、患者へ声を掛けた。


「谷底まで一時間くらいです。揺れるかもしれませんけど、絶対に運びますから」


 患者は青白い顔で、それでも僅かに頷いた。


 リンは自分の箒とフィオナの箒のあいだへ誘導索を結んだ。


「引っ張らないでね」


「分かってる。距離を見るためだけ」


「流れが細くなったら、私が先に合図する。担架を傾けないで、箒ごと動かして」


「リンこそ、急に曲がらないでよ」


「急に曲がる道なんだから仕方ないでしょ」


「先に言ってってこと」


「言うよ」


 エルナが二人の索を確かめる。


「フィオナは担架だけに集中して。リン、後ろを確認しようとして流れを外さないこと」


「はい」


 リンが先に旧風路へ入る。


 数秒遅れて、フィオナの箒と担架が続いた。


 往路で確認したはずの流れは、わずかに形を変えていた。


 谷から吹き上がる自然風に押され、中心が山側へ寄っている。


「右へ半騎!」


 リンが叫ぶ。


 フィオナが担架を揺らさないよう、ゆっくり箒を寄せる。


「もう少し!」


「これ以上は岩壁!」


「その手前!」


「曖昧!」


 フィオナの声が返る。


 直後、旧風路が急に細くなった。


 担架の右側が流れから外れ、浮揚台が大きく沈む。


「フィオナ!」


「分かってる!」


 箒へ魔力を流すが、患者と担架の重さがあるため高度が戻らない。


 誘導索が張り、リンの箒まで後ろへ引かれた。


 リンは箒を反転させかけ、寸前で留まった。


 流れの中で向きを変えれば、自分まで外へ出る。


「そのまま真っ直ぐ! 私が押す!」


「どうやって!」


 リンは高度を落とし、フィオナの箒と並ぶ位置まで下がった。


 右手を伸ばし、担架の補助台へ魔力を流す。


 自分の箒を浮かせる力が弱まり、靴先が岩壁すれすれを通った。


「リン、下がってる!」


「前を見て!」


 浮揚術式を一瞬だけ強める。


 担架の右側が持ち上がり、旧風路の中心へ戻った。


 フィオナの箒が軽くなる。


「戻った!」


「そのまま行って!」


 リンは遅れた分を取り戻すため、箒へ魔力を流し込んだ。


 右手の指先が痺れている。


 それでも、患者の担架が安定したのを確認すると、前方へ戻った。


 谷底の中継塔が見えたのは、出発から一時間十二分後だった。


 エルナと現地の救護班が発着場で待っている。


「着地、ゆっくり!」


 リンが先に降り、フィオナの進入位置を示す。


 担架が地面へ着いた瞬間、救護班が駆け寄った。


 患者はすぐに地上車へ移され、谷底の病院へ運ばれていく。


 フィオナは箒から降りるなり、その場へ座り込んだ。


「腕、もう上がらない」


「私も」


 リンは右手を開閉した。


 指が思ったように動かない。


 エルナが二人へ水を渡す。


「十五分休む。フィオナはこのまま病院へ。リンは私と共同区へ戻る」


「十五分で?」


「三十分にする?」


「十五分で戻れます」


「返事だけは元気ね」


 リンは水を飲みながら、谷の上を見た。


 まだ一度、共同区へ戻らなければならない。


 トーヴァの回答は完成していない。


 中央へ提出する帳簿の写しも、運び出す必要がある。


 そして、その返事を期限までに届ける役目が残っている。


 共同区へ戻る途中、リンの箒は何度か高度を落とした。


 旧風路の中にいる限り、飛べなくなるほどではない。


 けれど、往路では意識しなくても保てた速度が、少しずつ落ちている。


 後ろを飛ぶエルナは何も言わなかった。


 ただ、リンが速度を落とすたび、同じだけ間隔を詰めてくる。


「言いたいことがあるなら言ってください」


 リンが前を向いたまま声を飛ばす。


「何も言ってないわよ」


「後ろから圧を感じます」


「被害妄想ね」


「絶対、帰ったら止めようと思ってるでしょ」


「状態を見て決めるわよ?」


「まだ飛べます」


「着いてから聞く」


 それ以上、エルナは答えなかった。


 理由は簡単だ。自分たちに手札はもう残っていないことを知っていたからだ。


 共同区へ到着すると、リンは医務用の魔力計へ手を置かされた。


 残量は五十八パーセント。


 通常なら十分な数字だった。


 だが、旧風路をもう一度下り、その後に中央まで数時間飛ぶことを考えれば、余裕があるとは言えない。


「一度休む」


 エルナが決めた。


「回答が完成するまで食事と水分。次に谷底へ下りるときは、アデルが同行する」


「フィオナは?」


「患者に付き添って病院。谷底で待機してもらう」


「エルナさんは?」


「最後の搬送物をまとめる。私とフィオナは、あなたたちの二十分後に出る」


 リンは頷いた。


 自分一人で飛ぶと言っても、もう聞き入れられないことは分かっていた。

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