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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter5 道を閉じる手紙
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道を閉じる前に

 四人は、共同区内の配達を分担した。


 エルナは管理棟へ残り、トーヴァと風路管理所の記録を確認する。


 アデルは最も遠い下段の採石集落へ。


 フィオナは双方とも距離が近いため、居住区と診療所。


 リンは山壁の裏側にある風車棚と、季節移動民が滞在している北の牧草地を担当した。


 段丘の間を結ぶ風舟は、風路ほど強くない自然魔力流を利用している。小さな帆へ流れを受け、人や荷物を谷の向こうへ運ぶ仕組みだった。


 リンは風舟の横を飛びながら、周囲の魔力へ意識を広げた。


 公式の北東第九支線から、細い筋が幾つも枝分かれしている。


 風車棚へ向かうもの。


 牧草地へ流れるもの。


 さらに山の向こうへ消えていくもの。


 どれも中央の運航図には描かれていない。


 けれど、その流れが風車を回し、風舟を浮かせ、人々の暮らしを段丘の上へ支えていた。


 北の牧草地には、布張りの天幕が十数棟並んでいた。


 季節移動を続ける牧民たちである。


 代表者へ通知書を渡すと、老人は何度も首を傾げた。


「利用者が六十四人?」


「中央の登録では、そうなっています」


「わしらは入っていないのか」


「定住者としては、登録されていないようです」


「郵便は使っているぞ」


「ラドナ村の共同受取箱を通していますよね」


「そうだ。冬の居場所が変わるからな」


 老人は通知書を持ち、天幕の中へ入った。


 やがて一枚の紙と封筒を持って戻ってくる。


「字は孫に書かせた。届けてくれ」


「お預かりします」


 リンは封を確かめ、管理札をつけた。


「この道がなくなれば、どうしますか」


 尋ねてから、自分は何を期待しているのだろうと思った。


 残してほしいと言われれば、中央の判断へ不満をぶつけられる。


 危険だから閉じてほしいと言われれば、納得できる。


 どちらか一つへ決まってくれた方が、考えるのはずっと楽だった。


 老人は山の北を見た。


「別の道を探す。だが、羊を二日歩かせれば、痩せたものから死ぬ。冬に間に合わなければ、わしらも困る」


 残せとも、閉じろとも言わなかった。


 道がなくなったあとに起きることを、そのまま口にしただけだった。


 リンは返事をせず、封筒を郵便鞄へ収めた。


 風車棚では、三十人近い職人が、共同区全体の製粉と揚水を担っていた。


 リンが着いたとき、一基の風車が止まりかけているところだった。


「押せ!」


 工房長らしい男の声に合わせ、職人たちが補助輪へ長い棒を差し込み、人力で回している。


 回転が戻ると、太い水管の中から、ようやく水の流れる音が聞こえた。


「これが止まったら、上の畑まで水が上がらないんですか」


 リンが尋ねる。


「畑だけじゃない。飲み水もだ」


 工房長は汗を拭い、通知書を受け取った。


「第九支線から分かれた流れで回してる。」


「風車が使用している魔力については?」


「毎年、村へ報告してる。共同区の帳簿にはある」


「中央まで届いていないんですか?」


「さあな。記録は出してる。向こうが何を数えてるかまでは知らん」


 工房長は通知書を読み終え、机へ置いた。


「廃止するなら、代わりの揚水設備を先に作ってくれ。それまでは閉じるな。そう書く」


「分かりました」


「道を閉じるのは、空だけじゃない」


 工房長は、粉にまみれた手で封筒を差し出した。


「下から水を汲む人間まで閉じ込める」


 リンは封筒を受け取った。


 内容は見ない。


 けれど、差出人の手に付いた粉と、止まりかけた風車の重い音は、封筒の外側に残っているように感じた。


 中央へ届くのは、記録と意見書だけだ。


 この暑さも、補助輪を押していた職人たちの息遣いも、水が流れ始めたときの安堵も、書類には載らない。


 郵便魔女が運べるのは、封をされた中身だけだった。


 だからこそ、せめて途中で止めずに届けなければならないのだと思った。。


          


 その頃、フィオナは中段の診療所にいた。


 石造りの小さな建物には、居住区だけでなく、牧草地や採石場からも患者が運ばれてくる。


 待合室には、腕を吊った青年や、咳をする子供、腰を痛めた老人が並んでいた。


「通知の写しです」


 フィオナが封筒を差し出すと、診療所の責任者である女性医師は、患者の診察を中断せずに受け取った。


「そこへ置いて。読めるところまで読むから」


 医師は子供の胸へ聴診具を当てたまま、机の上の文面へ目を走らせた。


「一か月後に支線廃止。地上便を月二回……」


 最後まで読む前に、苦い息を漏らす。


「谷底の病院へ搬送する患者が、月二回の便に合わせて現れてくれるなら助かるけど」


「地上路では二日かかるそうですね」


「健康な人間で二日。担架を運ぶなら三日。冬は道そのものが埋まる」


 医師は診察を終え、母親へ薬を渡した。


 次の患者を呼ぶ前に、フィオナへ向き直る。


「支線が危ないことは知ってる。先月も、搬送舟が急に沈んだ」


「廃止には賛成ですか」


「今のまま使い続けることには反対。でも、閉じた後の話が何もない」


 医師は診療所の奥を指した。


 寝台には、顔色の悪い男性が横たわっている。脇腹へ厚い包帯が巻かれていた。


「採石場の落石事故。今日か明日には谷底の病院へ移したい。ここでは手術ができないから」


「今日、運ぶ予定だったんですか」


「夕方の風舟でね」


 フィオナは通知書に記された時刻を見た。


 午後四時から、魔力供給が引き下げられる。


「供給が下がる前に運んだほうが――」


「患者の状態がまだ安定していない。急げば途中で悪化する」


 医師は紙を一枚取り出した。


「閉じるなとは書かない。閉じるなら、患者を運ぶ道を先に用意してくれと書く」


「お預かりします」


「あなたたち、午後四時まで残るの?」


「今のところは」


「なら、風舟の様子も見ておいて。最近、本当に浮きが悪い」


 フィオナは頷いた。


 診療所を出る前に、奥の寝台をもう一度見た。


 月二回の地上便。


 その文言を書いた者は、ここで横たわる患者の顔を知らない。


 だから間違っている、と決めつけるつもりはなかった。


 知らないまま決められる仕組みのほうに、問題があるのだと思った。


          


 アデルが向かった採石集落は、共同区の最下段にあった。


 山肌を削った広い平場には、切り出された石材が積まれ、運搬用の小型風舟が何隻も並んでいる。


 風路が弱っているためか、どの船体も地面すれすれまで沈み、職人たちが補助の浮揚具を取りつけていた。


「トーヴァさんからの通知です」


 アデルが集落代表へ封筒を渡す。


 代表は五十代ほどの、片腕のない男だった。


 空いた袖を腰帯へ挟み、片手で封を切る。


「ようやく来たか」


「ご存じだったんですか」


「廃路の話が出てることは知ってた。むしろ遅いくらいだ」


 男は書面を最後まで読むと、近くに停められた風舟を顎で示した。


 船体の片側には、大きな補修痕が残っている。


「去年、あれが落ちた。俺の腕は、そのときに置いてきた」


 アデルは言葉を失った。


「風路が急に沈んだ。船を山壁へぶつけて止めたが、石材に挟まれた」


「それでも、風舟を使っているんですね」


「使わなきゃ石を運べない。石を運べなきゃ食えない」


 男は通知書を畳んだ。


「俺は廃止に賛成する」


「代わりの道がなくても?」


「このまま残して次に死人が出るよりはいい。集落を移せというなら、移る話もする」


 アデルは男の空いた袖を見た。


 共同区に暮らす全員が、支線を守りたいわけではない。


 危険を知っているからこそ、閉じてほしいと願う者もいる。


「意見書を書きますか」


「書く。閉じるなら早く決めろ、と」


 男は片手で紙を押さえ、不器用に文字を書いた。


 アデルは手伝おうとはしなかった。


 代筆を求められていない以上、その文字は男自身のものだ。


「届けられるか」


「届けます」


「危ない道なんだぞ」


「それでも、今はまだ通れます」


 男はアデルの顔を見た。


「魔女ってのは、皆そういう顔で言うのか」


「どんな顔です?」


「自分だけは落ちないと思ってる顔だ」


 アデルは言い返しかけて、やめた。


 代わりに封筒を受け取り、郵便鞄へ収める。


「落ちないように飛びます」


「それでいい。落ちたあとに格好つけても遅い」

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