東部第四支局②
「差出人不明ですか?」
リンが受付職員へ尋ねる。
「管理番号はあります。東部交換所でも照会されましたが、登録そのものは正常です」
受付職員は、箱の側面へ貼られた輸送票を指した。
「内容申告は保存食。危険物検査も通っています。ただ、最初にどこで受け付けた荷物なのか、よく分からなくて」
輸送票の周囲には、いくつもの通過印が押されていた。
丸形、四角形、細長い楕円形。
日付も場所も異なり、一部は別の票が上から貼られている。どれが最初の受付印なのか、一目では判別できない。
アデルが木箱の前へしゃがみ、左端の印から指で追い始めた。
「北東第三区交換所。翌朝、ミルナ中継局。その日の夕方に東部第二支局へ入って……次が西稜分岐塔?」
「反対方向じゃない?」
フィオナがアデルの肩越しに覗き込む。
「反対方向。東部第四支局へ来るなら、西稜を通る必要はない」
アデルの指が、さらに下の数字で止まった。
「しかも、重量が増えてる」
「どれくらい?」
リンも隣へしゃがむ。
「北東第三区を出たときは十二・四。ミルナで十四・一。東部第二支局で十五・三」
「箱が成長してる?」
「成長はしないでしょ」
アデルが真顔で返す。
「見た目は成長してるよ」
フィオナは立ち上がり、木箱の周囲を回った。
外側を留めている革帯は三本。
そのうち一本だけ色が違い、結び方もほかの二本とは異なっている。角を補強する布にも、少なくとも四種類の織り方が使われていた。
「途中で中身を足したんじゃないかな」
フィオナが新しい板へ手を当てた。
「最初の箱に入らなくなって、ここで広げてる。こっちは板を替えた跡。こっちは金具を増やしてる」
「途中で荷物を足してもいいんですか?」
リンが尋ねる。
「内部連絡便なら、追納記録を残せばできるよ。中継所で必要な書類や品物を足すことはあるから」
「追納記録は?」
「外には見当たらないね」
フィオナは革帯の結び目へ顔を近づけた。
「この一番外側の帯は、荷締め用じゃない。蓋が浮いたから、上から押さえただけ」
「浮くほど詰めたの?」
「詰めたんだろうね」
「誰が?」
「それを調べるんでしょ」
そこへエルナも搬入口へ入ってきた。
木箱を見た瞬間、足が止まる。
「……何、これ」
「支局宛てです」
リンが説明する。
「宛先は正しいんですが、差出人欄が空白です。途中で重量も増えています」
エルナは宛先票、管理番号、輸送票を順に確かめた。
「受領そのものはできるわ。ただし、差出人と追納経路を確認するまでは、中身を配らないこと」
「危険物検査は通っています」
アデルが言う。
「危険物がないことと、誰が作ったか分からない食品を食べていいかは別でしょう」
「食べたいとは言ってません!」
アデルは即座に否定した。
その直後、箱の板の隙間から、甘い匂いが漂ってきた。
アデルの視線だけが、箱へ戻る。
フィオナがにやりと笑った。
「甘い匂いするね」
「だから何?」
「まだ何も言ってないよ~」
「言いそうな顔をしてた」
「アデル、顔に出るから」
リンまで加わる。
「リンにだけは言われたくない!」
アデルは箱へ背を向けた。
リンは、輸送票の端が少し浮いていることに気づいた。
「これ、下にも何かあります」
紙を破らないよう慎重に持ち上げる。
その下には、さらに古い輸送票が貼られていた。
しかも、一枚ではない。
「何枚重なってるの?」
フィオナが覗く。
「分からない。まだ下にある」
「ここで剥がすと破れるわ」
エルナが止めた。
「処理台へ運んでから確認しましょう。リン、アデル。二人で持てる?」
「一人でも持てます!」
アデルが言い切り、箱の底へ手を掛けた。
「待って、腰を――」
「大丈夫!」
アデルが力を込める。
木箱が一寸ほど浮いた。
直後。
どんっ!
荷車へ戻った箱が、大きな音を立てた。
全員の視線がアデルへ集まる。
「……持てる」
「いま置いたよね?」
リンが尋ねる。
「一度、持ち上げてから置いただけ!」
「それを持てなかったって言うんじゃないの?」
「持ち上がったでしょ!」
「一寸だけ!」
「高さの指定はされてない!」
「目的は運ぶことよ」
エルナが冷静に告げた。
「二人で持ちなさい」
アデルは何も言えなくなった。
リンが箱の左側へ回り、底へ手を掛ける。
「せーので持つよ」
「私に合わせて」
「どうしてアデルに?」
「私のほうが力を入れるのが早いから」
「だから合わなくなるんでしょ!」
「では、リンが声を掛けて」
エルナが二人の間へ入る。
「いくよ。せーの!」
二人で箱を持ち上げる。
今度は安定して浮いた。
ただし、予想以上の重さが両腕へかかり、リンもアデルも一歩目が出ない。
「重い!」
「それはいま言わなくていい!」
「右、先に出して!」
「リンの右? 私の右?」
「進む方!」
「右か左かで言えって!」
「二人とも、止まらないで!」
後ろからエルナの声が飛ぶ。
フィオナは空になった荷車を押しながら、笑いを堪えきれずにいた。
「仲いいねえ」
「よくない!」
二人の声が、きれいに重なった。
木箱は、配達準備室中央の荷物処理台へ載せられた。
まずリンが、受領時刻と外装の状態を記録する。
宛先票、管理番号、封印の数、目立つ破損の有無。差出人欄については、記載なしとそのまま書いた。
アデルは通過印を一つずつ別紙へ写し、時刻順に並べ直している。票が何枚も重なっているため、押印の日付と場所を照らし合わせなければならなかった。
フィオナは三本の革帯へ識別札をつけ、素材と結び方を確認していた。
「この外側の帯が、最後に足されたものだね」
フィオナが濃い茶色の革を持ち上げる。
「どうして分かるの?」
リンが記録票を書きながら尋ねる。
「内側の二本は、箱の底まで回してある。でも、これは蓋しか押さえてない。革も西部の湿地路線でよく使うもの」
「見ただけで、そこまで分かるんだ」
「油が多く入ってるから。雨で濡れても縮みにくいの」
フィオナは革の表面を親指で撫でた。
「研修で半年だけ、西部にいたことがあるからね」
「初めて聞いた」
「話してないし」
「どうして話してないの?」
「聞かれなかったから」
「そんな大事そうなこと、聞かれなくても話してよ」
「リンも旧風路の感触、聞かれるまで説明しないでしょ」
「それは説明が難しいから」
「私も革の話をする機会がなかったの」
「いま、すごく楽しそうだね」
アデルが記録から顔を上げた。
フィオナは否定せず、次の封印へ移った。
「楽しいよ。こういう箱、誰かが困りながら何とかした跡が全部残ってるから」
「困ったまま次へ回した跡にも見えるけど」
「それも残ってる」
「それでいいの?」
「よくはない。でも、分かる」
フィオナは小さく笑い、封蝋の番号を書き写した。
封蝋は一色ではない。
濃緑の上へ青、その上に薄い黄色。三つとも組合支局の正式な印だった。
「まだ開かないの?」
アデルが尋ねる。
「番号を控えてから」
「何分?」
「五分」
「さっきも五分って言ってた」
「いま聞かれたから、いまから五分」
「増えてる!」
「急かした分だけ増えます」
「そんな規則ないでしょ!」
「私の作業規則」
アデルが何か言おうとする。
フィオナは先に小刀を持ち上げた。
「黙れば早く終わるよ」
アデルは口を閉じた。
頬だけが少し膨らんでいる。
リンは受領記録を書き終え、木箱の前へ立った。
手袋を外し、板へ触れない程度に指先を近づける。
「何してるの?」
フィオナが封蝋を確認しながら尋ねた。
「残ってる風の癖を見てみる」
「荷物からでも分かるの?」
「同じ流れを長く通っていれば、少しくらいは」
箒や郵便鞄ほど明確ではない。
それでも、魔力を通しやすい木材や布には、通過した風路の癖が残ることがある。
リンは目を閉じ、指先へ意識を集めた。
最初に触れたのは、東から西へ流れる穏やかな風だった。
その下には乾いた北風。
さらに高度の低い生活風路と、山地を越える細い流れ。
いくつもの感触が、箱の中で入り交じっている。
「多い……」
リンが眉を寄せた。
「どこから?」
待ちきれなかったアデルが、すぐに尋ねる。
「最初は東。たぶん北東第三区。でも、それより前に北から来てる。西部の湿地路も残ってる」
「通過印と同じ」
アデルは並べ直した記録を指で追った。
「ただ、箱の中からも、別々の風がする」
「包みごとに違うんだろうね」
フィオナが答える。
「やっぱり、途中で一つずつ足してる」
最後の封印番号を書き終え、フィオナは小刀を取り出した。
刃を封蝋と革帯の間へ滑らせ、形を残したまま、一つずつ外していく。
「開けるよ」
フィオナが蓋へ両手を掛けた。
リンとアデルが、同時に一歩近づく。
「近い近い。下がって」
「見えない」
「蓋を開けたら見えるから」
「匂いが強くなってる」
「アデル、手を出さないでね」
「出さない!」
木の擦れる音とともに、蓋が持ち上がった。
次の瞬間、焼いた穀物と蜂蜜の甘い匂いが、一気に部屋へ広がった。
「うわっ!」
最初に声を上げたのはリンだった。
箱の中には、大小さまざまな包みが、隙間なく詰め込まれている。
黒い布で包まれた丸いパン。
黄色い蝋で封をされたチーズ。
細い麻紐で束ねられた干し肉。
砂糖をまぶした干し果実。
瓶詰めの木苺ジャム。
薬草茶、燻製魚、硬焼き菓子、木の実の蜜漬け。
「全部、食べ物!」
「触らないで!」
フィオナの声が飛ぶ。
伸びかけていたアデルの手が、ぴたりと止まった。
「まだ何もしてない!」
「何もしてない人は、そんなに素早く手を引っ込めないよ」
「匂いを確認しようとしただけ!」
「手で?」
「近づければ分かるでしょ!」
「鼻を近づけて!」
リンが笑い出す。
「アデル、本当に食べたかったんだ」
「違う!」
「さっきから甘い匂いばっかり気にしてたよね」
「リンだって声を上げたでしょ!」
「私は驚いただけ!」
「私も驚いただけ!」
「手は伸ばしてないよ!」
「うるさい! 検査できない!」
フィオナが両手を叩いた。
リンとアデルが揃って黙る。
「まず、上から出すよ。勝手に触ったら、食堂へ持っていくのは明日にします」
「それは困る!」
アデルが反射的に答えた。
全員の視線が向く。
「……保存状態が悪くなるから」
「いま理由を足したね」
フィオナは笑いながら、上に載っていた丸いパンを取り出した。




