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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
幕間②差出人欄に書ききれない
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東部第四支局③

 フィオナは布の湿り、封印の日付、表面の硬さを順に確かめる。


「これは今日中。遅くても明日の朝かな。防腐術式が弱くなってる」


 次にチーズを持ち上げる。


「こっちは冷蔵。干し肉は未開封なら一か月。燻製魚は三日。ジャムは問題なし」


 リンはフィオナの手元を見つめた。


「そんなにすぐ分かるんだ」


「包み方と封の日付を見れば、大体はね」


 フィオナは砂糖をまぶした干し果実の袋を手に取り、結び目で動きを止めた。


「あ、これ、ハルヴァ式だ」


「ネラさんの集落?」


「同じ地方だと思う。揺れても解けないよう、紐を底から二重に回してあるの」


 リンは袋を受け取り、結び目を眺めた。


「ネラさんが入れたのかな」


「そこまでは分からないよ。この地域では、みんな同じ結び方をするから」


「開ければ分かる?」


 アデルが尋ねる。


 フィオナが袋を手元へ戻した。


「どうして?」


「手紙が入ってるかもしれない」


「干し果実の中に?」


「包みに名前が書いてあるかも」


「食べたいだけじゃない?」


「違うって言ってるでしょ!」


 フィオナは干し果実をアデルから遠い場所へ置いた。


 次に、黒い布で巻かれたパンを取り出す。


 布の端には、小さな山と風車を組み合わせた印が刺繍されていた。


「これはフォルク村の共同窯」


 その印には、リンも見覚えがあった。


 村の取扱所で待っていたとき、向かいの建物から、同じ布に包まれたパンが運び出されていた。


「こっちの薬草茶は黒樫村だね」


 フィオナは袋の外から香りを確かめる。


「昨日、管理所で出されたものと同じ葉が入ってる」


「よく覚えてるね」


「リンは覚えてないの?」


「飛行前だったから、飲んだ量は覚えてる」


「味は?」


「苦かった」


「薬草茶は、大体そうだよ」


「ちゃんと違いも分かる!」


「では、昨日の茶葉と、いまの茶葉の違いは?」


 フィオナが袋を差し出した。


 リンは香りを嗅ぎ、真剣に考える。


「……こっちの方が、苦そう」


「匂いで苦さを答えないで!」


 アデルが先に吹き出した。


「何でアデルが笑うの!」


「分かってないのに自信だけあるから!」


「アデルだって食べ物ばっかり見てるでしょ!」


「私は通過記録も見てる!」


「いま見てない!」


「二人とも、次の包みを置く場所を空けて!」


 フィオナの指示で、リンとアデルは慌てて処理台の上を片づけた。


 箱の中身が一つずつ並べられていく。


 同じ土地から来たものは、ほとんどなかった。


 箱だけでなく、中身まで、それぞれ違う道を通ってきたらしい。


「最初に入っていたのは、どれだろう」


 リンが尋ねる。


「底を見れば分かるかも」


 最後の瓶を持ち上げると、箱の底には何枚かの布が敷かれていた。


 その下から、折り畳まれた紙の端が覗いている。


「あった」


 リンが手を伸ばす。


「待って!」


 フィオナがその手を叩くように止めた。


「何で?」


「瓶が漏れてたら、紙が破れるでしょ。周りを確認してから!」


「漏れてないよ」


「見ただけで決めない!」


「さっきフィオナも見ただけで保存期間を――」


「私は見て分かるの!」


「ずるくない?」


「技術です!」


 フィオナが紙の周囲を確かめる。


 液体が漏れた形跡はなく、紙も乾いていた。


「はい。もういいよ」


 リンは紙を引き出した。


 何度も折られたらしく、角が柔らかくなっている。


 開くと、表裏にわたって、小さな文字がびっしりと並んでいた。


 最初の行には、


 ――フォルク村共同取扱所。黒パン二個。


 その下には、別の筆跡が続いている。


 ――北東第三区交換所。山羊乳チーズ一包み。


 ――ミルナ中継局。木苺ジャム二瓶。


 ――東部第二支局夜間班。燻製肉。


 ――西稜分岐塔。薬草茶。


 場所と品物、それから担当者の署名が、余白の端まで書き込まれていた。


「追納記録だ」


 フィオナがリンの横から覗き込む。


「本当なら、箱の外につけるものなんだけど」


「どうして底に?」


「途中で箱を替えたとき、中へ入れたんじゃない?」


 アデルは記録と箱の外装を見比べた。


「最初の箱では外に挟んであった。でも、大きい箱に移したとき、荷物と一緒に入れられた。それから上に品物が増えて、底まで沈んだ」


「増えすぎたんだね」


「箱も三回替わってる」


「三回!?」


 リンが記録へ顔を近づける。


 下半分には、品目とは別に、短い文章が並んでいた。


 リンは最初の行から読み上げる。


「東部第四支局のみなさまへ。支線消失時の配達と、迂回便への対応への礼として、フォルク村から黒パンを送ります」


 その次は、別の筆跡だった。


「通過便を預かりました。昨冬の夜間輸送の礼を同封します」


 さらに下。


「箱に余裕があったため、少し足しました」


「そこから始まったんだ」


 フィオナが笑う。


 アデルが次の行を指した。


「まだ入ります、だって」


 リンが続きを読む。


「入らなくなったため、大きい箱へ移しました」


「判断が早い!」


「その次。空いたので、こちらからも少し足します」


「空けたんじゃなくて、箱を大きくしただけでしょ!」


 フィオナが声を上げて笑った。


 リンも次の行を読みながら、肩を震わせる。


「もう入らないと思います」


「ようやく止まった?」


 アデルが尋ねる。


 リンの視線が、次の一文で止まった。


「どうしたの?」


「……金具を追加すれば入ります」


「諦めて!」


 フィオナがとうとう処理台へ手をついて笑い出した。


「誰か途中で止めなかったの?」


「十七か所、全員が足してる」


 アデルが記録を数えながら、真顔で答える。


「むしろ、通るたびに悪化してる」


「悪化って言わないでよ!」


「箱は悪化してる」


「途中で板を足した人、署名の横に『まだ持ちます』って書いてる!」


「何を根拠に!?」


 最後には、少し大きな文字で、


 ――差出人欄に書ききれないため、別紙とします。


 と記されていた。


 三人の笑いが、少しずつ収まっていく。


 リンは紙から顔を上げ、木箱に貼られた宛先票を見た。


 差出人欄は、空白のままだった。


「誰が送ったのか、分からなかったわけじゃないんだ」


「多すぎただけ」


 フィオナが笑いを残した声で答える。


「十七か所」


 アデルは記録を指で数え直した。


「個人の署名まで含めると、二十三人」


「もう数えたの?」


「数えやすく並んでるから」


「さすが、そういうところだけは早いね」


「そういうところだけって何!」


 アデルは通過記録と追納記録を並べた。


「遠回りした理由も分かった。品物を足した場所を、全部通ってる」


「最短経路から、随分外れてるね」


 リンが言う。


「期限指定のない内部連絡便だから、規則上は問題ない」


 アデルはそう答え、硬くなり始めた黒パンへ視線を向けた。


「ただ、パンはもっと早く着けた方がよかった」


「そこは同意する」


 フィオナは処理台の上を見回し、保存状態ごとに品物を分け始めた。


「検査を終えたら、食堂へ持っていけるよ」


「あと何分?」


「アデルが黙っていれば十分」


「また!?」


「いま喋ったから十一分」


「増やさないで!」


「十二分」


 アデルは両手で自分の口を塞いだ。


 そのとき、配達準備室の扉が開いた。


 点検から戻ってきたエルナと、その後ろからオスカーが入ってくる。


 二人とも、処理台いっぱいに広げられた食品を見て止まった。


「……随分、増えたな」


 オスカーが言う。


「私たちが増やしたわけではありません」


 リンは追納記録を差し出した。


「差出人も分かりました」


 オスカーは紙を受け取り、上から順に目を通す。


 追納記録。


 箱の交換。


 板の追加。


 金具の追加。


 次第に眉間の皺が深くなっていく。


「追納記録を、箱の底へ入れたのは誰だ」


「途中で箱を替えた際に、内側へ入ったようです」


 フィオナが答える。


「本来は外装票へ添付する決まりだ」


「返却時に注意書きを入れますか?」


 リンが尋ねる。


「入れる。次も同じことをされたら、今度は本当に差出人不明で止まる」


 オスカーは受領記録へ目を通した。


「食品の状態は?」


「パンと燻製魚は今日中。チーズは冷蔵。それ以外は問題ありません」


「なら、食堂へ運べ。短期保存のものから先に開ける」


 その言葉を聞いた瞬間、アデルの手が木の実の蜜漬けへ伸びた。


 フィオナが手首を掴む。


「まだ配る順番を決めてないよね?」


「検査は終わったでしょ」


「夜勤と受付と設備班の分を先に分けるの。ここにいる人だけで食べたらなくなるよ!」


「二粒でいい!」


「だから、まだ分けてない!」


「二粒ならなくならない!」


「頼み方!」


 アデルは蜜漬けの瓶と、フィオナの顔を交互に見た。


「……二粒、残しておいてください」


「よろしい!」


 フィオナは満足そうに頷いた。


 エルナは黒パンの包みを一つ手に取った。


「これは先に切りましょう。もう硬くなり始めてるわ」


「エルナさんも食べるんですか?」


 リンが尋ねる。


「食べないとは言ってないでしょう」


「朝食は済ませたって言ってましたよね」


「朝食と昼食は別よ」


「まだ十一時です」


 アデルが時計を見ながら指摘した。


「さっきまで時間を早く進めたがっていた人が、そこだけ細かく言わないで」


「十一時は十一時です!」


「では、早めの昼食」


「言い換えただけじゃないですか!」


 オスカーは追納記録から顔を上げた。


「お前たちは、食べる前からよく騒げるな」


「支局長は食べないんですか?」


 フィオナが尋ねる。


「俺は――」


 箱の中から、蜂蜜を塗った硬焼き菓子が出てきた。


 オスカーの言葉が止まる。


 フィオナが見上げた。


「続きは?」


「……一つだけもらう」


「支局長も甘いもの好きなんですね!」


「嫌いとは言っていない」


 アデルが、勝ち誇ったようにオスカーを見た。


「何だ」


「私だけじゃなかった」


「何の話だ」

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