東部第四支局③
フィオナは布の湿り、封印の日付、表面の硬さを順に確かめる。
「これは今日中。遅くても明日の朝かな。防腐術式が弱くなってる」
次にチーズを持ち上げる。
「こっちは冷蔵。干し肉は未開封なら一か月。燻製魚は三日。ジャムは問題なし」
リンはフィオナの手元を見つめた。
「そんなにすぐ分かるんだ」
「包み方と封の日付を見れば、大体はね」
フィオナは砂糖をまぶした干し果実の袋を手に取り、結び目で動きを止めた。
「あ、これ、ハルヴァ式だ」
「ネラさんの集落?」
「同じ地方だと思う。揺れても解けないよう、紐を底から二重に回してあるの」
リンは袋を受け取り、結び目を眺めた。
「ネラさんが入れたのかな」
「そこまでは分からないよ。この地域では、みんな同じ結び方をするから」
「開ければ分かる?」
アデルが尋ねる。
フィオナが袋を手元へ戻した。
「どうして?」
「手紙が入ってるかもしれない」
「干し果実の中に?」
「包みに名前が書いてあるかも」
「食べたいだけじゃない?」
「違うって言ってるでしょ!」
フィオナは干し果実をアデルから遠い場所へ置いた。
次に、黒い布で巻かれたパンを取り出す。
布の端には、小さな山と風車を組み合わせた印が刺繍されていた。
「これはフォルク村の共同窯」
その印には、リンも見覚えがあった。
村の取扱所で待っていたとき、向かいの建物から、同じ布に包まれたパンが運び出されていた。
「こっちの薬草茶は黒樫村だね」
フィオナは袋の外から香りを確かめる。
「昨日、管理所で出されたものと同じ葉が入ってる」
「よく覚えてるね」
「リンは覚えてないの?」
「飛行前だったから、飲んだ量は覚えてる」
「味は?」
「苦かった」
「薬草茶は、大体そうだよ」
「ちゃんと違いも分かる!」
「では、昨日の茶葉と、いまの茶葉の違いは?」
フィオナが袋を差し出した。
リンは香りを嗅ぎ、真剣に考える。
「……こっちの方が、苦そう」
「匂いで苦さを答えないで!」
アデルが先に吹き出した。
「何でアデルが笑うの!」
「分かってないのに自信だけあるから!」
「アデルだって食べ物ばっかり見てるでしょ!」
「私は通過記録も見てる!」
「いま見てない!」
「二人とも、次の包みを置く場所を空けて!」
フィオナの指示で、リンとアデルは慌てて処理台の上を片づけた。
箱の中身が一つずつ並べられていく。
同じ土地から来たものは、ほとんどなかった。
箱だけでなく、中身まで、それぞれ違う道を通ってきたらしい。
「最初に入っていたのは、どれだろう」
リンが尋ねる。
「底を見れば分かるかも」
最後の瓶を持ち上げると、箱の底には何枚かの布が敷かれていた。
その下から、折り畳まれた紙の端が覗いている。
「あった」
リンが手を伸ばす。
「待って!」
フィオナがその手を叩くように止めた。
「何で?」
「瓶が漏れてたら、紙が破れるでしょ。周りを確認してから!」
「漏れてないよ」
「見ただけで決めない!」
「さっきフィオナも見ただけで保存期間を――」
「私は見て分かるの!」
「ずるくない?」
「技術です!」
フィオナが紙の周囲を確かめる。
液体が漏れた形跡はなく、紙も乾いていた。
「はい。もういいよ」
リンは紙を引き出した。
何度も折られたらしく、角が柔らかくなっている。
開くと、表裏にわたって、小さな文字がびっしりと並んでいた。
最初の行には、
――フォルク村共同取扱所。黒パン二個。
その下には、別の筆跡が続いている。
――北東第三区交換所。山羊乳チーズ一包み。
――ミルナ中継局。木苺ジャム二瓶。
――東部第二支局夜間班。燻製肉。
――西稜分岐塔。薬草茶。
場所と品物、それから担当者の署名が、余白の端まで書き込まれていた。
「追納記録だ」
フィオナがリンの横から覗き込む。
「本当なら、箱の外につけるものなんだけど」
「どうして底に?」
「途中で箱を替えたとき、中へ入れたんじゃない?」
アデルは記録と箱の外装を見比べた。
「最初の箱では外に挟んであった。でも、大きい箱に移したとき、荷物と一緒に入れられた。それから上に品物が増えて、底まで沈んだ」
「増えすぎたんだね」
「箱も三回替わってる」
「三回!?」
リンが記録へ顔を近づける。
下半分には、品目とは別に、短い文章が並んでいた。
リンは最初の行から読み上げる。
「東部第四支局のみなさまへ。支線消失時の配達と、迂回便への対応への礼として、フォルク村から黒パンを送ります」
その次は、別の筆跡だった。
「通過便を預かりました。昨冬の夜間輸送の礼を同封します」
さらに下。
「箱に余裕があったため、少し足しました」
「そこから始まったんだ」
フィオナが笑う。
アデルが次の行を指した。
「まだ入ります、だって」
リンが続きを読む。
「入らなくなったため、大きい箱へ移しました」
「判断が早い!」
「その次。空いたので、こちらからも少し足します」
「空けたんじゃなくて、箱を大きくしただけでしょ!」
フィオナが声を上げて笑った。
リンも次の行を読みながら、肩を震わせる。
「もう入らないと思います」
「ようやく止まった?」
アデルが尋ねる。
リンの視線が、次の一文で止まった。
「どうしたの?」
「……金具を追加すれば入ります」
「諦めて!」
フィオナがとうとう処理台へ手をついて笑い出した。
「誰か途中で止めなかったの?」
「十七か所、全員が足してる」
アデルが記録を数えながら、真顔で答える。
「むしろ、通るたびに悪化してる」
「悪化って言わないでよ!」
「箱は悪化してる」
「途中で板を足した人、署名の横に『まだ持ちます』って書いてる!」
「何を根拠に!?」
最後には、少し大きな文字で、
――差出人欄に書ききれないため、別紙とします。
と記されていた。
三人の笑いが、少しずつ収まっていく。
リンは紙から顔を上げ、木箱に貼られた宛先票を見た。
差出人欄は、空白のままだった。
「誰が送ったのか、分からなかったわけじゃないんだ」
「多すぎただけ」
フィオナが笑いを残した声で答える。
「十七か所」
アデルは記録を指で数え直した。
「個人の署名まで含めると、二十三人」
「もう数えたの?」
「数えやすく並んでるから」
「さすが、そういうところだけは早いね」
「そういうところだけって何!」
アデルは通過記録と追納記録を並べた。
「遠回りした理由も分かった。品物を足した場所を、全部通ってる」
「最短経路から、随分外れてるね」
リンが言う。
「期限指定のない内部連絡便だから、規則上は問題ない」
アデルはそう答え、硬くなり始めた黒パンへ視線を向けた。
「ただ、パンはもっと早く着けた方がよかった」
「そこは同意する」
フィオナは処理台の上を見回し、保存状態ごとに品物を分け始めた。
「検査を終えたら、食堂へ持っていけるよ」
「あと何分?」
「アデルが黙っていれば十分」
「また!?」
「いま喋ったから十一分」
「増やさないで!」
「十二分」
アデルは両手で自分の口を塞いだ。
そのとき、配達準備室の扉が開いた。
点検から戻ってきたエルナと、その後ろからオスカーが入ってくる。
二人とも、処理台いっぱいに広げられた食品を見て止まった。
「……随分、増えたな」
オスカーが言う。
「私たちが増やしたわけではありません」
リンは追納記録を差し出した。
「差出人も分かりました」
オスカーは紙を受け取り、上から順に目を通す。
追納記録。
箱の交換。
板の追加。
金具の追加。
次第に眉間の皺が深くなっていく。
「追納記録を、箱の底へ入れたのは誰だ」
「途中で箱を替えた際に、内側へ入ったようです」
フィオナが答える。
「本来は外装票へ添付する決まりだ」
「返却時に注意書きを入れますか?」
リンが尋ねる。
「入れる。次も同じことをされたら、今度は本当に差出人不明で止まる」
オスカーは受領記録へ目を通した。
「食品の状態は?」
「パンと燻製魚は今日中。チーズは冷蔵。それ以外は問題ありません」
「なら、食堂へ運べ。短期保存のものから先に開ける」
その言葉を聞いた瞬間、アデルの手が木の実の蜜漬けへ伸びた。
フィオナが手首を掴む。
「まだ配る順番を決めてないよね?」
「検査は終わったでしょ」
「夜勤と受付と設備班の分を先に分けるの。ここにいる人だけで食べたらなくなるよ!」
「二粒でいい!」
「だから、まだ分けてない!」
「二粒ならなくならない!」
「頼み方!」
アデルは蜜漬けの瓶と、フィオナの顔を交互に見た。
「……二粒、残しておいてください」
「よろしい!」
フィオナは満足そうに頷いた。
エルナは黒パンの包みを一つ手に取った。
「これは先に切りましょう。もう硬くなり始めてるわ」
「エルナさんも食べるんですか?」
リンが尋ねる。
「食べないとは言ってないでしょう」
「朝食は済ませたって言ってましたよね」
「朝食と昼食は別よ」
「まだ十一時です」
アデルが時計を見ながら指摘した。
「さっきまで時間を早く進めたがっていた人が、そこだけ細かく言わないで」
「十一時は十一時です!」
「では、早めの昼食」
「言い換えただけじゃないですか!」
オスカーは追納記録から顔を上げた。
「お前たちは、食べる前からよく騒げるな」
「支局長は食べないんですか?」
フィオナが尋ねる。
「俺は――」
箱の中から、蜂蜜を塗った硬焼き菓子が出てきた。
オスカーの言葉が止まる。
フィオナが見上げた。
「続きは?」
「……一つだけもらう」
「支局長も甘いもの好きなんですね!」
「嫌いとは言っていない」
アデルが、勝ち誇ったようにオスカーを見た。
「何だ」
「私だけじゃなかった」
「何の話だ」




