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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
幕間②差出人欄に書ききれない
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30/46

東部第四支局①

 黒樫の森から戻った翌朝、東部第四支局は、不自然なほど静かだった。


 風が止まっているわけではない。


 発着場を囲む環状風路にも異常はなく、窓の外では薄い雲がゆっくりと南へ流れている。


 ただ、今日は三か月に一度の設備点検日だった。


 発着標、誘導灯、緊急着陸用の防護術式。支局周辺の環状風路を一度閉鎖し、午前中を使って順番に点検する。


 そのため、正午までは一騎の箒も飛ばせなかった。


「まだ二時間十三分もある……」


 アデルが、配達準備室の時計を見上げた。


 仕分け台の向こうで防湿袋を調べていたフィオナが、顔だけ上げる。


「さっきは二時間十五分って言ってなかった?」


「二分経った」


「それは、時計を見れば分かるよ」


「じゃあ聞かないで!」


 アデルは最後の封筒を輸送袋へ入れ、口紐を勢いよく締めた。


 ぎゅっ、と袋の中央が不自然にくびれる。


「郵便物に八つ当たりしないでね」


「してない!」


「袋、苦しそう」


「袋は苦しまない!」


「でも、見た目が苦しそう」


「見た目で決めないで!」


 アデルが結び直している隣では、リンが郵便鞄から内袋を外し、縫い目を指で辿っていた。


 フィオナの視線が、今度はそちらへ移る。


「リンも、人のこと言えないけどね」


「何が?」


「その鞄、今日だけで何回見た?」


「いま見てるのは縫い目。さっきは封印具だから、別」


「その前は?」


「固定環」


「その前」


「肩帯」


「四回じゃない」


「見る場所が違うでしょ」


「鞄は一個だよ!」


 フィオナがとうとう声を上げて笑った。


 リンは納得がいかないまま縫い目へ視線を戻し、アデルも輸送袋の結び目を直しながら、また時計を見た。


「あと二時間十二分」


「一分しか経ってないよ!」


「分かってる!」


 普段なら、三人ともとっくに朝の配達へ出ている時間だった。


 飛ぶ必要がないのだから、少しくらい遅く起きてもよかったはずである。


 それなのにリンはいつもと同じ時刻に目を覚まし、支局へ来るなり箒の固定具を確かめ、手袋までつけたところで、今日が点検日だったことを思い出した。


 アデルも大差はない。


 朝から割り当てられていた仕分けを、普段の半分ほどの時間で終わらせていた。仕事を早く片づければ、設備点検まで早く終わるとでも思っているような働き方だった。


 配達準備室の扉が開く。


 点検表を抱えたエルナが入ってくると、きれいに片づいた仕分け台を見て、足を止めた。


「随分、進んでいるわね」


「進められる仕事は、全部終わらせました!」


 アデルが勢いよく答える。


 エルナは少しだけ身を引いた。


「そんなに元気よく報告しなくても聞こえるわよ」


「元気なのは悪いことですか?」


「悪くはないけど、朝から少しうるさいわね」


 アデルの勢いが、一段だけ落ちた。


 エルナは背後の棚を見る。


「第二保管庫の輸送袋は?」


「規格別に確認済み。破損記録とも照合しました」


「いつ?」


「朝です」


「運航順は?」


「確認しました」


「変更予定は?」


「出てません」


「予備箒の固定具は?」


「それは設備班です」


「ちゃんと分かってるのね」


「何だと思ってるんですか!」


「飛べなくて落ち着かない郵便魔女」


「落ち着いてます!」


 言いながら、アデルはまた時計を見た。


 エルナも見た。


 フィオナも見た。


 三人の視線に気づいたアデルが、ゆっくり時計から顔を逸らす。


「……いまのは確認です」


「誰も何も言ってないわよ」


 エルナはアデルをそのままにして、フィオナへ向き直った。


「そちらは?」


「外縁部用の防湿袋を見ています。三枚、封蝋の効きが弱かったので、交換申請も書きました」


「ありがとう。リンは?」


「鞄を調べてます」


 フィオナが答える。


「それは見れば分かるわ」


 エルナはリンの前に立った。


「異常は?」


「ありません」


「では、どうしてまだ見ているの?」


「見落としがないか確認しています」


「四回目だそうですよ」


 フィオナが告げ口をした。


「四回じゃない。見る場所が違うから」


「まだ言ってる」


「そこまで暇なら、第三誘導灯を手伝って」


 エルナは抱えていた点検表をリンへ差し出した。


「外装を外すから、内側の術式線に焼けがないか見てほしいの」


「はい!」


 リンはすぐに内袋を戻し始めた。


「私は?」


 アデルも間髪を入れずに尋ねる。


 エルナが止まった。


 視線だけを宙へ向け、本当に仕事を探し始める。


「……運航順をもう一度確認しておいて」


「十分前に確認しました」


「変更が出ていないか見て」


「一分前にも見ました」


「では、座って待っていれば?」


「私を仕事のない人みたいに扱わないでください!」


「ないのよ、いまは!」


 フィオナが耐えきれず、仕分け台へ突っ伏して笑った。


 リンも口元を押さえている。


「リンまで笑わないで!」


「笑ってない!」


「笑ってるでしょ!」


「アデルが朝からずっと同じだから!」


「リンだって鞄ばっかり見てるじゃない!」


「私は仕事してたの!」


「私も仕事してた!」


「二人とも静かに!」


 エルナの一声で、配達準備室が止まった。


 数秒だけだった。


 廊下の奥から、今度は別の音が聞こえてくる。


 ごとん。


 がらがら。


 ごとん。


 重いものを載せた荷車が、床の継ぎ目を越えながら近づいていた。


 扉の外から、受付職員が顔を覗かせる。


「手が空いている方、二人ほどお願いできますか」


「荷物ですか?」


 リンが真っ先に立ち上がった。


「支局宛てです。裏口の地上便で届いたんですが、少し大きくて」


「私が行きます!」


 アデルも立ち上がり、リンより先に扉へ向かう。


「二人って言ってたでしょ!」


「大きいだけなら、一人で持てるかもしれない!」


「見てから言って!」


「二人で行きなさい!」


 再びエルナの声が飛ぶ。


 アデルは不満そうに足を緩めた。


 フィオナも防湿袋を置き、二人の後へ続く。


「私は呼ばれてないけど」


「絶対、見に来ると思った」


 リンが振り返る。


「面白そうなんだもん」


「まだ荷物が大きいことしか分かってないよ」


「それだけで十分面白そう」


 フィオナは悪びれずに笑った。


 荷物は、大きいという言葉で片づけるには、少し無理があった。


 受付裏の搬入口に、一台の荷車が置かれている。


 その上には、横幅がリンの両腕ほど、高さも腰近くまである木箱が載っていた。


 使われている板は一枚ずつ色が違う。角の金具も、新しいものと錆びたものが入り交じり、側面には後から打ち足したらしい板が、不格好にはみ出している。


 最初からこの形だった箱には見えなかった。


 何かを入れるたびに広げ、補強し、無理やり大きくしてきたような姿だった。


「……これを一人で?」


 リンが隣を見る。


「持てる」


 アデルは即答した。


「まだ誰も聞いてないよ」


「顔に書いてあった」


「アデルが言い出したんでしょ」


 箱の上には、大きな宛先票が貼られていた。


 ――国際郵便組合東部第四支局、職員一同。


 宛先は間違いない。


 ただし、その下にある差出人欄には、何も書かれていなかった。

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