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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter4 名前を呼ぶ手紙
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28/46

宛名はヴァルク・ガルム③

 帰り道で、森は一度だけ深く沈んだ。


 風が止まったわけではない。葉は揺れているし、枝も鳴っている。けれど、足元の石の下に残っていた古い術式の感触が、ふっと遠くなった。


 リンは立ち止まった。


「どうしたの」


 フィオナがすぐに振り返る。


「道が、少し落ちた」


「戻れる?」


「今なら」


「じゃあ、今戻る」


 フィオナの返事は早かった。


 リンも逆らわなかった。もう届けるものは預かっている。ヴァルク・ガルム本人の受領記録もある。木板地図も、返書も、無事に鞄の中に入っている。


 ここで余計な確認をする理由はなかった。


 二人は来た時より少し速く歩いた。走りはしない。根に足を取られれば、封筒も木板も危ない。フィオナは何度か鞄の留め具を確かめ、リンは石の下に残った流れを拾い直しながら、南へ続く運搬路へ戻った。


 森の入口で、セドリック・ハウが待っていた。


 杖を片手に、発着場の方ではなく森の奥を見ている。リンたちの姿を認めると、彼は一度だけ目を閉じた。


「戻ったか」


「はい」


 リンは、記録票を出した。


「ヴァルク・ガルムさん、ご本人を確認しました。郵便物は本人受領。返書一通をお預かりしています」


 セドリックの視線が、記録票の大きな指印で止まった。


 枠から少しはみ出した黒い印。


 それを見て、彼の表情がわずかに崩れた。


「……同じだ」


「以前の受領記録と照合済みです」


「いや」


 セドリックは首を横に振った。


「昔も、こんなふうにはみ出していた。本人は、枠に入れようとしていたが」


 リンは何も言わなかった。


 フィオナも、木板地図を抱えたまま黙っている。


 セドリックは少し遅れて、管理官の顔に戻った。


「北部監視塔は」


「残っています。鐘も、木札も」


「鳴るか」


「確認していません。ただ、ヴァルクさんは今も森を見ています」


 その言葉を聞いた時、セドリックの手が杖の柄を強く握った。


「そうか」


 それだけだった。


 リンはヴァルクから預かった木板地図を示した。


「北側の獣道と旧運搬路の変化が記されています。支局で写しを作ったあと、管理所にも照会を出します」


「分かった」


 セドリックは頷いたあと、少しだけ迷うように口を開いた。


「ヴァルクは、村のことを何か言っていたか」


「セドリックさんの足のことを聞いていました」


 セドリックは顔を上げた。


 リンは続ける。


「それから、村の鐘のことも」


「そうか」


 今度の声は、さっきより低かった。


「覚えていたか」


「はい」


 セドリックはしばらく森の方を見ていた。


 謝罪も、言い訳も、リンは求めなかった。ここで何かを言わせれば、別の話になってしまう。


 今、鞄の中にあるのは、マーヤ・セレン宛ての返書だった。


「これから、差出人へ返書を届けます」


「セレン牧場なら、南西の丘だ。夕方の搾乳前なら、まだ外にいる」


 セドリックはそう言って、道を教えた。


 リンが礼を言って歩き出すと、背後から声が届いた。


「郵便魔女」


 振り返る。


 セドリックは帽子を取っていた。


「北の鐘の音を、村がまだ覚えていると伝えてくれて、ありがとう」


「私は、預かった言葉を届けただけです」


 リンはそう答えた。


 セドリックは少しだけ笑った。苦そうで、けれど崩れきってはいない笑い方だった。


「それで十分だ」




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