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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
幕間① 物資補給
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20/46

配達以外①

 王立風路技術学院へネラの返書を届けてから、四日が経った。


 最初の三日間、リンは箒へ触れることすら許されなかった。


 食事と睡眠、それから一日に二度、医務室で右肩と魔力の回復を確認されるだけ。支局の窓から郵便魔女たちが飛び立っていくのを眺めながら、机の上へ積まれた報告書を片づけて過ごした。


 四日目の朝になって、ようやく短時間の試験飛行が認められた。


 ただし、飛べるのは東部第四支局の周辺だけ。飛行時間は二十分以内。郵便物の携行は禁止され、同行者を一人つけること。


 リンにとっては窮屈な条件だったが、箒へ跨がれるだけでも、昨日までよりはずっとよかった。


「飛び出して、そのまま北へ行ったりしないでよ」


 発着場でエルナが言った。


 彼女自身もまだ飛行許可が下りていない。額の包帯は外れていたが、今日は見届け役として、発着場に残ることになっていた。


「行きません」


「返事が早いわね」


「今日は本当に行きません」


「今日は?」


「言葉の綾です」


 エルナが何か言い返す前に、医務官が懐中時計を開いた。


「二十分です。肩に痛みが出たら、時間に関係なく戻ってください」


「分かりました」


 リンは箒の柄を握り、ゆっくりと地面を蹴った。


 久しぶりに身体が浮き上がる。


 発着場を離れ、支局周辺を巡る短い環状風路へ入ると、箒が追い風へ押されるように軽くなった。


 肩に痛みはない。


 魔力の流れも滞っていない。


 速度を出そうと思えば、もっと出せる。


 けれど、後ろには試験飛行へ同行する郵便魔女がいる。リンは決められた速度を守り、風路の中央を進んだ。


 支局の北側を回り、二本目の観測塔が見えたところで、指先へ微かな違和感が触れた。


 リンは速度を緩めた。


「どうしたの?」


 後ろから声が飛ぶ。


「少し待って」


 環状風路そのものに異常はない。


 流れは安定しており、観測標の光にも乱れはなかった。


 それとは別に、風路の下を横切るような細い筋がある。


 現在使われている流れよりも低く、北西から南東へ延びている。押し固められた空へ、古い傷が浮き上がってきたような感触だった。


 リンは手袋を外した。


 空気へ触れた指先に、消えかけた魔力の癖が絡みつく。


「旧風路がある」


「どこに?」


「環状路の下。北西へ続いてる」


 同行者が携帯計器を取り出した。


 針は動かない。


「何も出てないよ」


「計器には映らない。もう少し下」


 リンは環状風路を外れない範囲で高度を落とした。


 細い流れを指先で辿る。


 弱い。


 けれど、昨日まで何もなかった場所に、確かに道ができている。


 その先がどこへ続くのか、リンにはまだ分からない。ただ、風の癖が、風待ち郵便局へ入ったときのものとよく似ていた。


「戻る」


 リンは箒を支局へ向けた。


「確かめないの?」


「いまは試験飛行だから」


 自分で言って、少しだけ悔しかった。


 それでも、ここで勝手に流れへ入れば、次の飛行許可がさらに遠のくことくらいは分かっている。


「位置を記録して。消える前に支局長へ報告する」


 二人は速度を上げ、東部第四支局へ戻った。


          


「行きたいです」


 報告を聞き終えるより先に、オスカーは頭を抱えた。


「まだ何も聞いてないぞ」


「風待ち郵便局へ続いている可能性があります」


「それは聞いた」


「消える前に確認する必要があります」


「それも分かる」


「では――」


「お前一人では行かせん」


 小会議室の机には、リンが記録した位置と方角が書き込まれた地図が広げられていた。


 エルナ、医務官、設備担当官のほか、補給便へ参加する候補者が集められている。


「一人で行くとは言っていません」


「言う前に止めてるんだ」


 オスカーは医務官へ顔を向けた。


「どうだ」


「通常なら許可しません」


「通常ではないので、許可してください」


 リンが口を挟む。


「患者は黙っていてください」


「もう患者では――」


「まだ制限中です」


 医務官は書類へ目を落とした。


「ただし、リンさんが先導しなければ旧風路へ入れないのであれば、条件付きで認めます」


 リンは背筋を伸ばした。


「ありがとうございます」


「まだ条件を言っていません」


 医務官は指を一本ずつ立てた。


「調査班から離れない。郵便物も補給物資も持たない。単独で風路外へ出ない。現地での作業には参加せず、到着後は休息する。肩に痛みが出た場合、あるいは魔力が規定値を下回った場合は即時帰還」


「分かりました」


「それから、帰路の流れが弱まり始めたら、作業の進行に関係なくリンさんが撤収を判断してください」


「私が?」


「旧風路の状態を判断できるのは、あなたしかいないのでしょう」


 リンは一瞬だけ黙った。


 行きたいと言い出したのは自分だった。


 けれど、自分の判断一つで、同行者全員を帰らせなければならない。


「分かりました」


 今度は、さっきより少し慎重に答えた。


 オスカーが机の地図を指で叩く。


「班は五名。ファルンが先導。補給物資は残りの郵便魔女二名が分担して運ぶ。設備技師一名、記録官一名。箒同士を誘導索でつなぎ、隊列を崩さないこと」


「旧風路の幅によっては、横に並べません」


「縦列でいい。お前が先頭だ」


「はい」


「目的は風待ち郵便局の所在確認、ハイン・ローデンへの補給、局務人形と設備の状態調査。それ以外へ勝手に手を広げるな」


「分かっています」


「郵便棚を見つけても、持ち出すなよ」


「分かっています」


「新しい郵便物があっても――」


「分かっています!」


 リンが声を上げると、エルナが口元を押さえた。


「笑わないでください」


「笑ってないわよ」


「笑ってます」


 オスカーは大きく息を吐いた。


「一時間後に出る。流れが残っているうちにな」


          


 旧風路の入口は、試験飛行で見つけたときよりも薄くなっていた。


 通常の観測器には、やはり何も映らない。


 雲も、風向きも、周囲の魔力量も、計器の上では普段と変わらなかった。


 けれどリンには、現行風路の下を斜めに横切る、細い流れが分かった。


「ここから入ります」


 リンは後方を振り返った。


 五騎の箒が一本の誘導索でつながれている。


 索は相手を引っ張るためのものではない。霧や雲の中で隊列の距離を保ち、先頭の進路を後続へ伝えるためのものだ。


「私が高度を変えたら、そのままついてきてください。流れの中心から外れると、急に箒が重くなります。計器は当てにしないでください」


「君だけを見ろ、ということか」


 最後尾の記録官が尋ねた。


「箒の前も見てください。私だけ見ていたら、枝にぶつかります」


 設備技師が小さく笑った。


 リンは手袋を外し、旧風路へ指先を重ねた。


 流れの幅は箒一騎分より少し広い程度。


 補給物資を積んだ後続が不用意に旋回すれば、穂先が外へ出る可能性がある。


「入ります」


 箒の高度を落とす。


 現行風路の補助が消え、身体が一度大きく沈んだ。


 その直後、細い旧風路が箒の穂を拾う。


 普段使う幹線ほど強くはない。それでも、風路外を自力で飛ぶよりは遥かに軽い。


 誘導索が順番に張り、後続の箒が同じ流れへ入ってくる。


「二騎目、少し右」


 リンが声を飛ばした。


「右?」


「そっちじゃない。私から見て右!」


「先に言ってくれ!」


「いま言いました!」


 二騎目の箒が流れの中央へ戻る。


 隊列が安定したことを確かめ、リンは速度を上げた。


 旧風路は、現実の地形へ素直に沿ってはいなかった。


 森の上を進んでいたと思えば、霧の中で急に高度を下げ、次には切り立った岩壁の脇を抜けていく。


 後続の誰にも、道そのものは見えていない。


 リンが少しでも進路を誤れば、全員が風路の外へ投げ出される。


 肩の痛みよりも、その事実のほうが重かった。


「次、下がります。高度を二十」


 声を出し、ゆっくりと箒を沈める。


 誘導索を通じて、後ろの箒が続く。


 しばらくすると、霧の向こうに石造りの発着場が現れた。


 その奥に、古い局舎の屋根が見える。


「風待ち郵便局です」


 リンが告げると、後ろから息を呑む音が聞こえた。

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