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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter3 旅立ちの手紙
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19/46

選ぶため④

 道幅は狭く、左右には山肌が迫っている。


 少しでも流れの中心を外せば、岩壁から吹き返す風へ箒を取られる。


 アデルが先を飛び、曲がり角と高度を知らせる。


「右へ曲がる!」


「見えてる!」


「次、上昇!」


「分かってる!」


 リンは郵便鞄を揺らさないよう、身体全体で箒の傾きを制御した。


 普段なら、アデルが指示するより先に流れの変化を読み取れる。


 だが、いまは指先へ触れる風の感触が、僅かに鈍い。


 肩の痛みを庇えば、箒の先が遅れる。


 遅れを取り戻そうと魔力を流せば、計器の針が下がる。


 まだ飛べる。


 その判断を、何度も繰り返した。


 前方で、アデルがまた少し速度を落とす。


 リンが遅れているからだ。


「落とさなくていい!」


「落としてない!」


「さっきより遅い!」


「次の曲がりがきついから!」


 曲がり角を抜けても、アデルは元の速度へ戻さなかった。


 リンには分かっていた。


 自分がついてこられる速度を選んでいる。


 その配慮へ礼を言えば、消耗していると認めることになる気がした。


 けれど何も言わずにいると、アデル一人へ負担を押しつけているようで、胸の奥が落ち着かなかった。


「アデル」


「何?」


「ごめん」


 アデルが一瞬だけ振り返った。


「何が?」


「速度」


「何の話?」


「合わせてるでしょ」


「自意識過剰。私が飛びやすい速度で飛んでるだけ」


「絶対違う」


「なら、追い越せば?」


 リンは箒へ魔力を流し込んだ。


 二人の距離が縮まる。


 やがて、箒が横へ並んだ。


「何で本当に追いつくのよ!」


「追い越せって言ったの、アデルでしょ!」


「言葉どおりに全力を出さないで!」


「まだ全力じゃない!」


「そういうところ!」


 アデルが呆れた声を上げる。


 リンは少し笑った。


 肩は痛む。


 身体も重い。


 それでも、先ほどまで胸へ詰まっていた焦りが、少しだけほどけていた。


 一人で飛んでいるのではない。


 アデルが隣にいる。


 自分が遅れれば、速度を落とす。


 強がれば、怒る。


 必要なら、郵便鞄を持って先へ行くとまで言った。


 その言葉へ安心した自分を、リンはまだ素直に認めたくなかった。


 だから、せめて今は隣を飛んだ。


 自分だけが届けるのではない。


 二人で、この返書を期限へ運んでいる。


 その感覚は、背中の責任を軽くはしなかった。


 ただ、一人で抱えていたときとは、重さのかかる場所が違っていた。


 最後の中継塔を通過したとき、日没まで残り二十七分。


 王立風路技術学院の時計塔が見えたときには、残り十一分だった。


 リンは時計塔の針を確かめる。


 まだ間に合う。


 その事実へ安堵するより先に、足元の箒が一度沈んだ。


「リン!」


「大丈夫!」


 アデルが横から距離を詰める。


「本当に?」


「着地までは!」


「その言い方、全然大丈夫じゃない!」


 二人は発着場へ滑り込んだ。


 箒が止まりきるより先に、アデルが地面へ降りる。


 リンも続いたが、足へ力が入らず、身体が前へ傾いた。


 アデルが腕を掴む。


「走れる?」


「誰に言ってるの」


「いま転びかけた人!」


「転んでない!」


「私が持つ?」


 アデルの視線が、郵便鞄へ向く。


 リンは反射的に肩帯を握った。


 ここまで運んできた。


 あと少しだった。


 自分で渡したい。


 その気持ちが先に立った。


「走れる」


 リンは答えた。


 アデルは一瞬だけ何か言いたそうにしたが、手を離した。


「じゃあ行くよ!」


 二人は受付棟へ駆け込んだ。


 学院の受付窓口へ着いたとき、リンの息は完全に上がっていた。


 郵便鞄の封を解く指が、僅かに震える。


 急げば急ぐほど、留め具がうまく外れない。


「貸して」


 アデルが隣から手を伸ばす。


「できる」


「時間!」


 リンは一度だけ息を吸い、指へ力を入れ直した。


 今度は外れた。


 返書を取り出し、窓口へ差し出す。


「ハルヴァ第三移動集落、ネラ・アウリムさんからの回答書類です」


 学院の職員が、管理番号と封印を確認する。


 壁の時計は、午後五時五十三分を示していた。


 職員の指が書類をめくる。


 署名。


 公印。


 本人確認記録。


 一つずつ確かめる時間が、ひどく長く感じられた。


 間に合っている。


 まだ七分ある。


 分かっていても、受領されるまでは終わらない。


 もし封印に異常があれば。


 記録へ不備があれば。


 ネラの署名が所定の位置から外れていれば。


 今さら何もできない可能性ばかりが、頭へ浮かぶ。


 隣で、アデルが息を整えている。


 彼女も何も言わず、職員の手元を見ていた。


 やがて、受領印が持ち上げられる。


 乾いた音が、窓口へ響いた。


「期限内の受領を確認しました」


 その言葉を聞いた瞬間、リンは机へ両手をついた。


 力が抜けた。


 けれど、最初に浮かんだのは、自分が間に合ったという安堵ではなかった。


 飛行眼鏡と革鞄を抱きしめながら、学院へ行きたいと口にしたネラの姿だった。


 広場で選ばれた答えが、ここまで届いた。


 これで学院へ行けると決まったわけではない。


 家族と離れる寂しさが消えるわけでも、これからの暮らしが簡単になるわけでもない。


 それでも、返事が届かなかったという理由だけで、その未来が閉じることはなくなった。


「間に合った……」


 リンの声は、思ったより小さかった。


「当然でしょ」


 アデルが隣で答えた。


 リンは顔を上げる。


 アデルも肩で息をしている。


 自分へ速度を合わせたのを、何とも思っていない、それが当たり前だとでも言うよな、そんな表情だった。


「最後、私と同じ速度だったよね」


「荷物があっても飛べるから」


「途中まで、私が合わせてたんだけど」


「最後は並んだでしょ」


「張り合うところじゃない!」


 アデルは呆れたように言ったあと、少しだけ笑った。


「でも、届いたね」


「うん」


 リンは受領印へもう一度目を向けた。


 自分が届けた。


 そう言いたい気持ちは、確かにあった。


 けれど、それだけではなかった。


 ネラが選び、家族が送り出し、アデルが隣を飛び、ここまでつないだ。


 一人だけで届けた手紙ではなかった。


「帰ろう、アデル」


「支局まで競争する?」


「いまの私に言う?」


「冗談」


「報告書を半分書いてくれるなら、乗るけど」


「やめとく」


「怖いの?」


「その言い方、覚えたからってすぐ使わないで!」


 二人は並んで、受付棟を出た。

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