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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter3 旅立ちの手紙
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18/46

選ぶため③

 二人は箒へ跨がり、季節支線へ入った。


 整えられた流れが箒の穂を包み、重かった身体を前へ押し出す。


 雷雲の中を飛んでいたときとは、比べものにならないほど軽い。


 それでも、減った魔力が戻るわけではなかった。


 リンは干し果実を噛み、水で流し込んだ。甘味が舌へ残ったものの、空腹が満たされた感覚はほとんどない。


 背中の郵便鞄へ、意識が向く。


 中には、ネラが自分で署名した返答書類が入っている。


 学院へ行きたい。


 震えながら口にした少女の声を思い出した。


 あの返事を出すまでに、ネラは家族も、集落での役目も、これまでの暮らしも考えた。そのうえで、自分の手で一つを選んだ。


 リンが運んでいるのは数枚の書類にすぎない。


 けれど、これが期限へ間に合わなければ、ネラがようやく選んだ答えは、学院へ届かなかったものとして扱われる。


 選べと伝えておきながら、その選択肢を自分の失敗で閉じることだけは、したくなかった。


「リン」


 前を飛ぶアデルが、肩越しに振り返った。


「何?」


「速度、落ちてる」


 リンは速度計を見る。


 気づかないうちに、アデルとの距離が少し開いていた。


「すぐ戻す」


「無理に合わせなくていい。風路を出るまでは、私が落とす」


「落とさなくてもついていける」


「いま遅れてたでしょ」


「干し果実を食べてたから」


「もう食べ終わってる」


「細かいなあ」


 アデルは答えず、わずかに速度を落とした。


 リンが追いつくために急加速しなくても、自然に並べる程度まで。


 そのことが、少し悔しかった。


 同時に、息が楽になった。


 アデルは、リンの魔力計を覗こうとはしなかった。大丈夫かとも聞かない。ただ、離れない速度へ変えている。


 気づかれていることが恥ずかしく、それでも何も言わずに隣へ残ってくれることが、思っていた以上に心強かった。


「そんなに遅くしなくていいよ」


「してない。流れに合わせてるだけ」


「さっきより遅い」


「向かい風になったの」


「嘘」


「喋れるなら、まだ平気そうだね」


 アデルが口元を上げる。


 リンも言い返そうとしたが、先に呼吸を整えた。


 いま必要なのは、アデルへ追いつけることを証明することではない。


 期限までに、郵便物を学院へ届けることだ。


 分かっている。


 それでも、速度を譲られたまま飛ぶことには、どこか落ち着かないものがあった。


 最短経路へ向かう途中、北天第三管理塔から赤い信号が上がった。


 アデルが信号の数を読み、表情を変える。


「主幹線、閉鎖」


「雷雲?」


「南へ広がったみたい」


 二人は最寄りの中継塔へ降りた。


 管理官が、机の上へ風路図を広げる。


「学院へ向かう主幹線は、少なくとも一時間は開かん。北側へ回るなら、到着は七時過ぎだ」


「間に合わない」


 アデルが地図を睨んだ。


 リンは懐中時計を開く。


 午後一時二分。


 期限まで、四時間五十八分。


 ここへ来るまでに得たはずの余裕は、もうほとんど残っていない。


 胸の奥に、冷たいものが落ちた。


 ネラが返答を決めるのが遅かったわけではない。


 帆鯨の集落が遠かったからでも、雷雲があったからでもない。


 どれも避けられなかった事情だ。


 それでも、期限が過ぎれば、学院の記録に残るのは、回答が届かなかったという結果だけになる。


 リンが雷雲を越えたことも、ネラの父親が飛行眼鏡を直していたことも、家族が送り出すと決めたことも、何の理由にもならない。


「西稜郵便支線は?」


 アデルが管理官へ尋ねた。


 管理官は眉を寄せる。


「開いてはいる。だが狭いぞ。小型の郵便箒しか入れん。途中に中継塔も一つしかない」


 西稜郵便支線は、山の稜線に沿って作られた正規の風路だった。


 旅客船や貨物船は通れず、緊急の書留や速達便を運ぶ郵便魔女だけが利用する。流れが細く、山肌へ近いため、速度を保ったまま飛ぶには高い技術が必要だった。


「学院まで何時間?」


「この風なら、五時間弱」


 アデルが懐中時計を見る。


「ぎりぎりだね」


 その声に、迷いはなかった。


 アデルはすでに、行くことを前提にリンを見ている。


「行ける?」


 リンは西へ向かう流れへ手を伸ばした。


 細い。


 山から吹き下ろす風を受け、ところどころ揺れている。


 それでも、流れそのものは途切れていない。


 雷雲を抜けてきた自分の魔力は、もう十分とは言えなかった。肩の痛みも戻っている。


 ここで無理をすれば、自分だけではなく、アデルまで遅らせるかもしれない。


 自分一人なら、まだ飛べると言い張って、そのまま入っていただろう。


 けれど隣には、アデルがいる。


 アデルが自分へ速度を合わせれば、その分だけ到着が遅れる。


 リンが倒れれば、彼女は郵便物だけでなく、自分まで助けなければならなくなる。


 自分の無茶が、自分だけで終わらない。


 そのことが、雷雲を前にしたときよりも重く感じられた。


 それでも、ネラの返書を持ち帰るという選択はできなかった。


「行ける」


 リンは答えた。


「魔力は?」


「風路の中なら問題ない」


 嘘ではなかった。


 十分でもなかった。


 アデルは数秒、リンの顔を見た。


「途中で遅れたら置いてくよ」


「誰に言ってるの」


「郵便物は置いていかないけどね」


 リンが顔を上げる。


 アデルは地図を畳みながら、何でもないことのように続けた。


「リンが遅れたら、鞄を持って先に行く。だから、倒れるまで黙って飛ぶのは禁止」


「倒れないよ」


「答えになってない」


「……遅れたら言う」


「本当に?」


「本当」


 アデルはまだ疑っている顔だったが、それ以上は追及しなかった。


「それでこそ」


 二人は西稜郵便支線へ入った。


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