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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter3 旅立ちの手紙
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選ぶため②

 ネラ・アウリムは、集落中央の広場にいた。


 十五歳ほどの少女だった。


 長い黒髪を白い紐で結び、青い外套を身につけている。周囲には集落の大人たちが集まり、広場の中央には、鳥の羽と銀の輪を組み合わせた杖が置かれていた。


 風読みになるための誓約式が始まるところだったらしい。


「ネラ・アウリムさんですか」


 リンが尋ねると、少女が緊張した顔で頷いた。


「国際郵便組合、東部第四支局のリネット・ファルンです。王立風路技術学院から、本人限定書留をお預かりしています」


 ネラの表情が固まった。


「学院から……?」


「本人確認と、受領の署名をお願いします」


 差し出された用紙へ、ネラは震える手で名前を書いた。


 リンは署名と管理番号を確認し、郵便鞄の封を開いた。


 書留封筒を取り出し、両手で差し出す。


「こちらです」


 ネラは、すぐには受け取らなかった。


「今じゃないと駄目でしょうか?」


「受け取りだけでもしてもらえると助かります」


 少女は恐る恐る封筒を受け取った。


 集まっていた人々が見守る中、封を切る。


 中から数枚の書類を引き出し、一枚目へ目を落とした。


 しばらく、何も言わなかった。


 同じ行を何度も読み直している。


「……受かってる」


 小さな声だった。


 隣にいた女性が、息を呑む。


「ネラ?」


「合格してる。特待生で……授業料も、寮も……」


 少女の声が震えた。


 王立風路技術学院への合格通知だった。


 回答書類の提出期限は、今日の午後六時。


 ネラは通知が届かなかったため、不合格だと思い、集落の風読みになる決意をしていた。誓約を結べば、少なくとも数年間は群れを離れられない。


「どうするの」


 誰かが尋ねた。


 ネラは返事をしなかった。


 学院へ行きたい。


 けれど、村には病気がちな母と、まだ幼い弟がいる。自分が風読みになれば、家族へ安定した配給が与えられる。


 ネラは書類を握ったまま、そのことを途切れ途切れに話した。


 リンは黙って聞いていた。


「郵便魔女さんなら、どうする?」


 ネラは回答書類を握ったまま、リンを見た。


「学院へ行きますか。それとも、ここに残りますか」


 広場に集まった人々の視線が、今度はリンへ向けられた。


 リンはすぐには答えられなかった。


 学院へ行けば、ネラは帆鯨の群れと家族を離れる。


 残れば、風読みとして家族の暮らしを支えられる。その代わり、学院へ行けたかもしれない未来を手放すことになる。


 どちらを選んでも、何も失わずには済まない。


 後悔しない方を選べばよい――そう言うのは簡単だった。


 けれど、選ぶ前から正しい道が分かるのなら、ネラも見知らぬ郵便魔女へ答えを求めたりはしない。


 リンは、自分の郵便鞄へ触れた。


 自分にしか見えない道があれば、自分が飛ぶ。


 危険な空を越えなければ届かないなら、自分が越える。


 それを選択だと思ったことは、あまりなかった。ただ、自分がやる以外の答えを、最初から考えていなかっただけなのかもしれない。


 ネラには自分で決めろと言いながら、自分は本当に選んできたのだろうか。


 胸に浮かんだ疑問は、まだうまく言葉にならなかった。


「分かりません」


 リンは正直に答えた。


 ネラの表情が、僅かに曇る。


「私が決めたら、それはネラさんの返事じゃなくなりますから」


「でも、ここまで届けに来たのに」


「届けるところまでが、私の仕事です」


 言い切ると、ネラは手元の書類へ目を落とした。


「何も教えてくれないんですね」


「ごめんなさい」


 リンが謝ると、ネラは少しだけ笑った。


「でも、勝手に決められるよりはいいです」


 広場の中央で、誓約の杖につけられた鳥の羽が風に揺れていた。


 ネラは合格通知を見て、杖を見る。


 学院へ行きたいのだろう。


 それでも、その言葉を口にすれば、家族を置いていくことまで自分で選んだことになる。


 誰かに背中を押してほしいのではない。


 自分が進んでもよいと、家族から許してほしいのかもしれなかった。


 そのとき、集まっていた人々の間から、一人の男が歩いてきた。


 ネラの父親だった。


 手には、古い飛行眼鏡と、小さな革鞄を持っている。


 飛行眼鏡の金具は新しく磨かれ、革鞄の破れていた箇所には、丁寧な縫い跡が残っていた。


「これ」


 父親は、二つを娘へ差し出した。


 ネラが目を丸くする。


「いつ直したの」


「前から」


「どうして」


 父親は、娘の顔ではなく、手の中の飛行眼鏡を見た。


「学院で使うだろ」


 それ以上のことは言わなかった。


 ネラの唇が、僅かに震えた。


 母親が広場の端から歩み寄り、幼い弟の肩へ手を置く。


「ルウのことは、こっちで見るから」


「でも――」


「毎日じゃなくていいから、手紙を書いて」


 ネラは飛行眼鏡と革鞄を抱えたまま、家族を見た。


 行けとは言われなかった。


 それでも、自分がいなくなったあとのことを、家族はもう考えていた。


 少女は合格通知を胸へ押し当て、顔を伏せた。


 やがて、何度も頷く。


「行きたい」


 声は震えていた。


「私、学院へ行きたい」


 広場に張りつめていた空気が、ゆっくりとほどけていった。


 泣き出す者も、大きな声で祝う者もいなかった。


 ただ、父親がネラの手へ飛行眼鏡を握らせ、母親が娘の髪へ触れた。


 その光景を見ながら、リンは郵便鞄の肩帯を握った。


 ネラは、誰かに答えを決めてもらったのではない。


 けれど、一人だけで決めたわけでもなかった。


 その違いが、胸のどこかへ引っかかった。


 返答書類へ署名し、封筒へ収める。


 ネラは自分で封を閉じると、リンへ差し出した。


「これ、届けてもらえますか」


 リンは封筒を受け取り、管理番号を記録した。


「王立風路技術学院宛ての書留郵便として、お預かりします」


「期限に間に合う?」


 リンは懐中時計を開いた。


 午前十一時二十三分。


 ここから帆鯨の痕跡を逆に辿り、季節支線の終端へ戻るまで、およそ一時間。


 そこから学院までは、通常の風路を乗り継いで五時間十五分。


 すべて予定どおりに進んでも、残る余裕は二十分ほどしかない。


 雷雲は、先ほどよりも南へ広がっていた。


 簡単な配達ではない。


 けれど、届かない距離ではなかった。


「間に合わせます」


 リンは封筒を郵便鞄へ収め、留め具を確かめた。


「私、預かったものは、ちゃんと届けてきましたから」


          



 帰路も、帆鯨の群れが残した痕跡を辿った。


 行きよりは迷わない。


 けれど魔力は、確実に減っている。


 雷雲へ入る前に、リンは集落から離れた空で信号筒を一発撃ち上げた。


 赤い光が、青空へ長く尾を引く。


 見つけた、という合図だった。


 再び雲へ入る。


 行きに通った空白を探し、雷を避け、横風へ逆らう。


 郵便鞄には、行きにはなかった返書が入っている。


 受け取る前よりも重くなったわけではない。


 それでも、背中へかかる責任だけは、はっきりと増していた。


 雲を抜け、帆鯨の痕跡を辿りきったとき、季節支線の整えられた流れが指先へ触れた。


 箒を支えていた重さが、一気に軽くなる。


 整備台では、アデルが腕を組んで待っていた。


「遅い」


「正午には間に合ったでしょ」


「十二時二十八分」


「……少しだけ」


「二十八分を少しって言わない」


 アデルは文句を言いながらも、リンの顔と肩、郵便鞄を順番に見た。


「見つけた?」


「うん」


「手紙は?」


「届けた」


 リンは鞄へ手を添えた。


「返事も預かった」


 アデルの表情が変わる。


「期限は?」


「午後六時」


 アデルはすぐに懐中時計を開いた。


「あと五時間半」


「学院まで、通常なら五時間十五分」


「余裕、十五分しかないじゃない」


「だから急ぐよ」


「その魔力で?」


 リンの残存魔力は、整備台を離れたときより大きく減っていた。


 風路へ戻った以上、飛び続けることはできる。だが、余裕があるとは言えない。


 アデルは干し果実の包みを投げて寄越した。


「食べて」


「フィオナの?」


「リンの分。私のは食べた」


「全部食べたのかと思った」


「そんなことしたら、帰ってからフィオナに殺される」


 二人は箒へ跨がり、季節支線へ入った。

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