最初の一通
風待ち郵便局についての会議は、翌日から三日間続いた。
ハイン・ローデンは、十一年前に北方路線で起きた郵便船事故の行方不明者として記録されていた。
郵便船は事故後に乗員不足のまま近隣の管理塔へ到着していたが、ハインだけは発見されず、捜索も二か月後に打ち切られている。
風待ち郵便局の運航記録、現在の郵便袋の管理札、エルナの証言。
それらを照合した結果、少なくともリンたちが到着した場所が、四十二年前に廃止された風待ち郵便局である可能性は極めて高いと判断された。
会議二日目には、医務官から短時間の飛行許可を得たリンが、小規模な調査班を風待ち郵便局まで案内した。
ハインへ食料と薬、工具を運び、代わりに、現在の制度で受け付けられた郵便袋を一つだけ回収する。古い郵便物には手をつけず、今年度の封印札と管理記録を持つ袋に限って、事故郵便として東部第四支局へ移した。
ハインには帰還の意思も確認された。
けれど彼は、三号をはじめとした旧式設備の扱いを知る人間がほかにいないことを理由に、その場へ残ることを選んだ。
「俺が帰ったら、次に何か届いても、誰が見るんだ」
そう言われると、調査班も無理に連れ帰ることはできなかった。
ただし、もう行方不明者のまま放置するわけにはいかない。
北方中央局との協議が終わるまで、ハインは風待ち郵便局の臨時保全管理人として登録された。旧風路が利用できる間は補給と交代要員を送り、設備の引き継ぎが終わり次第、本人の希望も含めて今後を決める。
これで、ハインは閉じ込められているだけの人間ではなくなった。
それでも、風待ち郵便局に残された郵便物を、すぐに持ち出してよいという話にはならなかった。
「風待ち郵便局の管理権限は、廃局時に北方中央局へ移されたことになっている」
会議室で、オスカーが書類を机へ置いた。
「ところが中央局には、移管された郵便物の記録がない。つまり帳簿の上では、風待ち郵便局の中は空だ」
「実際には空ではありません」
リンが答える。
「分かっている。だから面倒なんだ」
エルナは医務官から外出許可を得て会議へ参加していたが、当面の飛行は禁止されている。額の包帯は外れていたものの、長時間立っていると、まだ眩暈がするらしい。
「現在の風路消失によって流れ着いた郵便物については、事故郵便として東部第四支局が一時管理する根拠があります」
エルナが書類を指した。
「一方、古い郵便物については、差出国、受付時期、現在の国境によって適用される規定が変わります。一括で持ち出すのは難しいでしょう」
「だったら、一通ずつ確認すればいいです」
リンが言うと、オスカーがこちらを見た。
「誰が?」
「私が」
「お前には通常配達がある」
「分かっています」
「分かっている顔に見えんな」
「通常配達を放り出すとは言ってません」
「まだ、な」
オスカーは椅子へ深く座り直した。
「風待ち郵便局の調査自体は必要だ。だが、支局の郵便魔女を何人も割ける状況ではない」
北方第六風路が消失した影響で、周辺の郵便は迂回路へ集中していた。
普段より配達時間は伸び、支局員の負担も増えている。行き場を失った郵便を救うために、今届けなければならない郵便を遅らせるわけにはいかない。
リンにも、それは分かっていた。
「試験的に、一通だけだ」
オスカーが言った。
「現在の制度で受け付けられ、差出人と受取人が確認でき、法的な扱いが明確な郵便物。その中から一通だけ、再配達を認める」
机の上へ、一通の書留封筒と管理札が置かれた。
差出人は王立風路技術学院。
受取人はネラ・アウリム。
宛先は、北天遊牧民ハルヴァ第三移動集落。
外側の管理票には、本人限定書留、回答書類同封、期限指定と記されている。
回答期限は、翌日の午後六時だった。
「予定どおりの場所に集落がいれば、支局から三時間弱です」
地図を見ていたエルナが言う。
「受領後、同封されている書類へ回答する必要があった場合、集落の予定位置から学院までは通常経路で五時間十五分。早朝に出れば余裕はあります」
「集落が予定位置にいれば、でしょう」
オスカーが答える。
「はい。探す時間は含まれていません」
「中身は?」
オスカーがリンへ尋ねた。
「確認していません」
「それでいい。中身が重要だから届けるんじゃない。期限のある正規郵便が、風路事故で止まっているから届ける」
「はい」
オスカーもそれ以上は言わず、次の書類を持ち上げた。
「心配なのは飛行のほうだ」
会議室の扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、リンと同じくらいの年齢の女性だった。
短く切った黒髪に、細い灰色の瞳。制服の上着はきっちりと閉じられているが、首元には飛行用の防風布が無造作に巻かれている。
アデル・グランツ。
東部第四支局の中でも、定期便の平均所要時間が最も短い郵便魔女だった。
養成課程は別だったが、同年代で成績を比べられることが多く、会えば互いに余計な一言が出る程度には顔を知っている。
「今回の同行者だ」
オスカーが告げた。
アデルがリンを見る。
「私が?」
「不満か」
「別に」
そう答えながら、まったく不満がない顔ではなかった。
「エルナは療養中だ。怪我の状況を見てもファルンを一人では出せん。グランツ、お前は現行風路の経路選定と時間管理を担当しろ。ファルンは移動集落の追跡と郵便物の管理だ」
「お守りってこと?」
アデルが尋ねる。
「私も同じことを聞きたい」
リンが返すと、アデルの眉がわずかに上がった。
「仲よくしろとは言わん」
オスカーは疲れた声で言った。
「郵便だけは確実に運べ」
◇
回答期限当日の午前六時。
東部第四支局の発着場には、朝の冷たい風が流れていた。
「本当にアデルと行くの?」
フィオナが郵便鞄の留め具を確認しながら尋ねた。
「支局長が決めたから」
「喧嘩しない?」
「しないよ」
「アデルにも同じこと聞いたら、同じ顔で同じ答えを返しそう」
「どんな顔」
「喧嘩する人の顔」
アデルは少し離れたところで、自分の箒へ荷物を固定していた。
通常より穂が細く、速度を出すことへ特化した型である。鞄や大きな荷物を運ぶには向かないが、軽量の郵便を短時間で届ける仕事では非常に強い。
「リン」
フィオナが声を落とす。
「無理そうなら戻るんだよ」
「分かってる」
「返事が早い」
「みんな、それ言うよね」
「みんなに言われる理由を考えたほうがいいよ」
フィオナは最後に、掌へ収まる小さな包みを渡した。
中には砂糖をまぶした干し果実が入っていた。
「アデルの分もあるから、一人で食べないで」
「子供じゃないんだから」
「リンは仕事中に食事を忘れる子供みたいなところがある」
「行ってくる」
「逃げた」
リンは郵便鞄を背負い、箒へ跨がった。
「準備できた?」
アデルが尋ねる。
「とっくに」
「じゃあ行くよ。私についてきて」
「どうしてあんたが先なの」
「現行風路の経路選定は私の担当」
「まだ支局の発着場だけど」
「細かい」
赤い出発信号が上がる。
二人は同時に地面を蹴った。




