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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter3 旅立ちの手紙
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14/46

帰路へ続く風

 昼前、リンは発着場の端に立ち、右手の手袋を外した。


 昨夜、二人を運んできた旧風路は、すでに消えていた。


 発着場の先にあるのは、白い霧と、盆地を巡る自然風だけだった。


 けれど、何も残っていないわけではない。


 目を閉じ、指先へ触れる魔力の違いを探る。


 冷たい空気の中に、ごく細い筋があった。


 風待ち郵便局から南東へ向かい、霧の中を低く延びている。昨日の流れよりも遥かに弱いが、箒一騎を運ぶ程度の力は残っていた。


「見つけた?」


 後ろからエルナの声がした。


 振り返ると、額へ包帯を巻いたエルナが、局舎の壁へ手をつきながら立っていた。


「寝てなくていいんですか」


「昨日からそればかりね」


「まだ頭を打ってから一日です」


「だから、飛ぶのはあなたに任せる。私は後ろに乗るわ」


「……本当に大丈夫ですか」


「一人で帰るつもり?」


「それはしませんけど」


 エルナが箒へ乗ることはできても、自力で長時間飛ばせる状態ではない。帰路ではリンの箒へ二人で乗り、エルナの箒は固定帯で牽引することになった。


 ハインはその準備を黙って見ていた。


「流れは二人分を支えられそうです」


 リンは旧風路へ手を伸ばしたまま答えた。


「三人は?」


 ハインが尋ねる。


 リンはすぐには答えなかった。


 流れの幅と強さ、自分の魔力残量、エルナの状態。何度計算しても、結果は変わらない。


「保証できません」


「なら、俺は残る」


「でも、次にこの道が開くのがいつか――」


「何に乗って帰るんだ」


 リンは発着場を見回した。


 あるのは、リンとエルナの箒だけだった。


「二人を乗せてきた箒で、今度は三人運ぶ気か」


「途中で交代しながらなら」


「頭を打った人間と、肩を怪我した人間と、箒に慣れてない男で?」


 反論できなかった。


 エルナも、今回はハインの言葉を遮らなかった。


「先に帰れ」


 ハインは局舎へ目を向けた。


「ここがあると伝えてこい。俺の名前も、残っている郵便も、全部だ」


「次の道が開かなかったら?」


「そのときは、そのときだ」


「十一年も待ったから、もう少しくらい待てるとか言わないでくださいね」


 リンが先回りすると、ハインが眉を寄せた。


「言おうとしてない」


「顔が言ってました」


「昨日会ったばかりで、人の顔を読むな」


 ハインは局内から持ってきた布袋を、リンへ差し出した。


 中には、風待ち郵便局の運航記録の写し、ハインの古い組合員証、現在の郵便袋から外した管理札が収められている。


「証拠になるものは入れた。郵便物そのものは持っていくなよ」


「分かっています」


「勝手に持ち出したら、そっちの組合に怒られるんだろ」


「かなり怒られます」


「じゃあ、俺まで怒らせるな」


 リンは布袋を郵便鞄の内側へ収めた。


「戻ってきます」


「食えるものを持ってこい」


「最初にそれですか」


「砂糖と塩。薬。人形の部品。あと、ちゃんとした工具」


 少し考えたあと、ハインは付け加えた。


「本もあれば持ってきてくれ。もう全部読んだ」


 それが、十一年という時間を最も強く感じさせた。


「分かりました」


 リンは箒へ跨がり、後ろへ乗ったエルナの腕を、自分の腰へ回した。


「しっかり掴まっていてください」


「言われなくても、昨日で学んだわ」


 旧風路へ箒を滑り込ませる。


 風待ち郵便局が霧の中へ遠ざかっていく。


 ハインは発着場に立ったまま、手を振らなかった。ただ、二人の姿が見えなくなるまで、そこから動かなかった。


          



 東部第四支局へ戻ったリンを最初に迎えたのは、支局長でも医務官でもなかった。


「リン!」


 着陸場へ降りた瞬間、赤茶色の髪が視界いっぱいに広がった。


「ちょっと、フィオナ――」


 勢いよく抱きつかれ、治りきっていない右肩に痛みが走る。


「いたっ」


「あ、ごめん!」


 フィオナ・レイは慌てて身体を離すと、リンの肩、顔、腕、足と、順番に視線を走らせた。


 養成課程から一緒だった同年代の郵便魔女である。


 普段は東部第四支局と周辺都市を結ぶ短距離便を担当しており、リンが仕事以外の話をほとんどしなくても、気にせず隣で喋り続けられる数少ない友人だった。


「生きてる?」


「見れば分かるでしょ」


「見た目だけ元気なことがあるから聞いてるの」


「肩を少し痛めただけ」


「少しって言う人は、大体少しじゃない」


「エルナさんと同じこと言わないで」


 そのエルナは、後から到着した救護員に囲まれている。


「風路が消えて、エルナさんが落ちて、リンが拾って、そのあと行方不明になったって本当?」


「誰から聞いたの」


「管理塔から来た連絡。途中から意味が分からなくなって、みんな三回くらい読み直してた」


「大体は合ってる」


「大体で済ませる内容じゃないでしょ」


 フィオナは持っていた包みをリンの胸へ押しつけた。


「何、これ」


「パン。医務室へ連れていかれたら、夕方まで何も食べられないかもしれないから」


「朝は食べたよ」


「昼の分」


 温かさがまだ残っていた。


「ありがとう」


「うん。今度から風路が消える前に帰ってきて」


「私に言われても困る」


「じゃあ、消えそうな風路に近づかない」


「仕事だったし」


「もういい。そこから先はエルナさんに任せる」


 フィオナは諦めたように息を吐いた。


「でも、本当に無事でよかった」


 その一言だけは、いつもの軽さがなかった。


 リンは少しだけ視線を逸らした。


「心配かけて、ごめん」


 フィオナは少しだけ目を細めた。


「そういう素直なの、怪我したときだけだよね」


 リンは胸に抱えたパンの包みを見下ろした。


「ありがとう。あとで食べる」


「うん。ちゃんと食べてね」


 フィオナは満足そうに笑った。


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