表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Letter3 旅立ちの手紙
PR
13/46

十一年目の朝

 風待ち郵便局へ流れ着いた日の夜、リンは十時間以上眠った。


 眠った、というより、寝台へ横になった途端に意識を失ったらしい。


 目を開けると、見慣れない木張りの天井があり、窓から差し込む朝の光が、室内を淡い金色へ染めていた。


 右肩にはまだ鈍い痛みが残っていたが、腕は昨日よりも上がる。指先の痺れも消え、身体の内側には、わずかながら魔力が戻っている感覚があった。


 隣の寝台では、エルナが目を閉じていた。


 呼吸は穏やかで、顔色も昨日より良い。


 リンが身体を起こすと、寝台の足元に立っていた三号が、陶器の顔をこちらへ向けた。


「起床を確認。安静時間は十一時間二十七分です」


「エルナさんは?」


「睡眠中です。夜間の嘔吐、痙攣、呼吸異常は確認されていません」


 それを聞いて、ようやく胸の奥に残っていた固いものがほどけた。


「ありがとうございます」


「感謝は不要です。救護手順を実行しました」


 分かっていても、礼を言わずにはいられなかった。


 リンは制服へ着替え、静かに医務室を出た。


 受付へ続く廊下には、朝食らしい香りが漂っている。根菜を煮た匂いと、焼いた薄いパンの香ばしさが混じっていた。


 食堂では、ハインが鍋から皿へ煮込みを移していた。


「起きたか」


「はい」


「肩は」


「昨日よりは動きます」


「そうか。食え」


 椅子へ座ると、皿が目の前へ置かれた。


 芋と豆、干し肉を煮込んだだけの素朴な料理だったが、空腹だったこともあり、ひどく美味しく感じた。


「これ、全部ここで?」


「豆と芋は温室だ。肉は罠にかかった山兎」


「十一年間、ずっと?」


「最初の一年は非常食があった。古くなってたが、食えなくはなかった」


 ハインは自分の椅子へ座り、パンを千切った。


「温室を直すまでは、毎日似たような干し肉だった。今でも大して変わらんが」


「局の外へ出られるんですよね」


「盆地の中だけならな」


 食事を終えたあと、ハインは局舎の裏へリンを案内した。


 建物の背後には、朝露に濡れた細い道が続いていた。道の先には小さな温室と畑があり、その向こうには針葉樹の森が広がっている。


 さらに遠くには、灰色の崖が盆地を囲むように連なっていた。


「北はあの崖だ。登ったことはあるが、向こう側は下まで見えない谷だった。南も同じ。東は一年中雪が残ってる。西へ三日歩いたら、なぜか局の裏へ戻ってきた」


「道に迷ったんですか」


「目印を置いた。方角も確認した。それでも戻った」


 ハインは局舎の壁際へ向かった。


 雨除けの下に、古い地図が何枚も貼られている。


 風待ち郵便局を中心として、外へ向かう線が幾つも描かれていた。地上を歩いた経路、風路が開いた際に飛んだ経路、途中で引き返した位置。赤い線は、どれも盆地の外へ抜ける前に途切れている。


「飛んで出ようともしたんですね」


「十七回」


「十七回……」


「三回は落ちかけた。二回は三号に引きずって帰られた」


 壁の端には、翼を折り畳んだ小型の飛行具が立て掛けられていた。


 郵便船へ備えられる、緊急脱出用の滑空具だった。翼布には縫い直した跡が幾重にも重なり、片側の支柱は、別の金属を削って継ぎ足されている。


「もう使えないんですか」


「翼を支える骨が折れた。替えがない」


「箒は?」


「俺は航路士だ。箒で長距離を飛ぶ訓練は受けてない」


 郵便船航路士は、船の進路や風路の状態を管理する職種である。空を扱う仕事ではあっても、郵便魔女のように、自分の魔力だけで箒を飛ばす専門家ではない。


 緊急用の簡易箒を使う程度ならできても、風路の外を越えられるほどの飛行技術も魔力量も持っていない。


「それで、ここに残ったんですね」


「出られなかったからな」


 ハインは地図の端が風で捲れないよう、錆びた留め具を押し直した。


「最初は帰る方法ばかり探してた。腹が減ったから温室を直した。寒くなったから蓄風槽を弄った。暇だったから、三号が間違えて仕分けた郵便を分け直した」


「それを十一年?」


「気づいたらな」


 言葉だけを聞けば、仕方なく続けてきたようにも聞こえる。


 だが、局舎の中にあった郵便物は、どれも丁寧に保管されていた。破れた封筒には保護紙が当てられ、湿気に弱い荷物は床から離されている。


 少なくとも途中からは、帰れないから仕方なく守っていたわけではないのだろう。


 リンはそれを口にはしなかった。


「今日、帰り道を探します」


「肩は治ってないだろ」


「飛行に支障がない範囲か確認します。無理なら、もう一日休みます」


「昨日よりは話が分かるな」


「昨日も分かっていました!」


「そうか……。やっぱり面倒だな」


 まったく信じていない様だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ