風待ち郵便局④
「さっき、道が分かると言ったな」
「旧風路の痕跡なら」
「外へ続く流れも?」
「残っていれば、感じられます。ただ、必ず見つけられるとは言えません」
「俺には、何も分からなかった」
ハインは棚へ背を向けたまま言った。
「風が来る。荷物が届く。たまに外へ向かう流れができる。でも、乗れば途中で消える。どこへ曲がったかも分からん」
「人形は外へ出せないんですか」
「局務人形は、登録された敷地と運搬路から離れると止まる。盗難防止らしい。今の型も同じか?」
「行動範囲の制限はあります。ただ、管理者権限で一時解除できます」
「ここの管理者は、四十二年前の局長のままだ。俺に権限はない」
局務人形はハインの指示に従っていても、正式な局員として認識しているわけではないらしい。
彼ができるのは、一般利用者にも許された操作と、十一年かけて覚えた人形の扱いだけだった。
「だから、俺にできるのは、ここへ来たものを駄目にしないことだけだ」
ハインはリンへ向き直り、片手で仕分け室を示した。
「これ、外へ出せるのか」
リンは、すぐには答えられなかった。
帰り道さえ見つかっていない。
仮に外へ戻れたとしても、四十二年前に廃止された郵便局の保管物を、東部第四支局所属の自分が勝手に持ち出すことはできない。封印と記録を確認し、管理権限を整理し、現在の宛先を照会する必要がある。
自分には、自分の担当する仕事もあった。
明日届けるはずの郵便を後回しにして、ここにあるものだけを選ぶこともできない。
それでも、届けられない理由を並べて終わるのは嫌だった。
「今すぐは、無理です」
リンは仕分け室を見渡した。
「私の判断だけで持ち出せません。帰ったら支局へ報告して、ここの扱いを決めてもらう必要があります」
「そうか」
「でも、届けられないと決まったわけじゃありません」
声に力が入った。
「まず帰れる道を探します。それから、ここに郵便が残っていることも、今も新しい郵便が届いていることも、全部報告します」
「許可が出なかったら?」
リンは少しだけ唇を尖らせた。
「出るように説明します」
「簡単に言うな」
「配達より、そっちのほうが苦手です」
ハインが、初めて小さく笑った。
そのとき、背後にある受入台から、低い駆動音が鳴った。
石の表面へ刻まれた術式が、一つずつ青く灯っていく。
「下がれ」
ハインがリンの前へ腕を出した。
空気が台の上へ集まり、見えない渦を作る。蓄風槽へ流れていた魔力の一部が逆流し、室内に雨と濡れた紙の匂いが広がった。
次の瞬間、郵便袋が一つ、石台の上へ落ちた。
重い音が仕分け室へ響く。
袋は泥と雨水で汚れていたが、封印は破られていない。
結ばれた札は新しく、そこに記された日付は今日だった。
三号が仕分け室へ入ってくる。
「到着郵便、一袋。外装破損なし。受付処理を開始します」
局務人形が袋を持ち上げる前に、リンは宛先札へ目を落とした。
北方第六風路経由。
午後便。
風路が消失していなければ、今日のうちに目的地へ届いていたはずの郵便物だった。
風路は消えた。
けれど、そこを運ばれていた郵便は、空から失われたわけではなかった。
行き先をなくし、この場所へ流れ着いたのだ。
リンは今届いたばかりの袋と、天井近くまで積み上げられた未配達郵便を見比べた。
ここにあるのは、昔の郵便だけではない。
今この瞬間にも、道を失った手紙が増え続けている。
「リン」
医務室へ残してきたはずの声が、扉のそばから聞こえた。
振り返る。
三号が押してきた予備寝台に、エルナが横たわっていた。背の部分だけがわずかに持ち上げられ、上体を半分ほど起こした姿勢になっている。
顔色はまだ悪い。頭には治療布が巻かれ、腰と胸元には、寝台から身体がずれないよう二本の帯が掛けられていた。
「寝てなくていいんですか」
「寝たまま来たでしょう」
「来ないでくださいって意味です」
「あなたが勝手な約束をしていないか、確認しに来たの」
「勝手にはしてません」
「今の話だけでも、かなり怪しいわ」
エルナは言い返したあと、痛みを堪えるように目を閉じた。
三号が寝台の脇で告げる。
「負傷者の頭痛増加を確認。会話の中断を推奨します」
「増加してないわ」
「否定は判断材料として採用しません」
「誰に似たのよ、この人形……」
エルナは小さく息を吐き、改めて仕分け室を見渡した。
呆れていた表情が、少しずつ消えていく。
「……ずいぶんあるわね」
「はい」
リンは、今届いたばかりの郵便袋へ目を戻した。
これを運ぶのは、まだ自分の仕事ではない。
勝手に仕事へしてはいけないことも分かっている。
けれど、これほど多くの手紙が待っている場所を見つけて、何もしなかったことにはできなかった。
「帰りましょう」
リンが言うと、エルナが薄く目を開いた。
「ずいぶん素直ね」
「許可を取りに帰るんです」
「やっぱり、そっちね」
リンは肩の痛みに少し顔をしかめながら、それでも郵便物の山から目を離さなかった。
まずは帰る。
それから、ここにある郵便を、もう一度動かす方法を探す。
そのための説明なら、何度でもするつもりだった。




