4. 噂のお返しは、ご本人へ
招待は受けた。花婿に捨てられたという噂が誰の口から出たのか、皆の前で確かめるためだ。
茶会の家で、私は主催の夫人に挨拶する。暖炉の火が頬を温め、客間には焼菓子の甘い匂いが満ちている。
「昨日のお話を、今日はお聞きになった皆さまにも確かめたいのです。お時間をいただけますか?」
「もちろんです。私も式で、お二人の誓いを聞いたのですから」
「お姉様、いらしたのね! これ、仲直りのお菓子なの。帰ったら食べてね」
ベルナデッテが、青い紙の包みを私へ直接差し出した。肩で弾む巻き毛の陰から、私の後ろまで覗き込む。
「では、お預かりしますね」
包みを侍女へ預けると、義妹はもう客間へ戻っていた。私は窓硝子に映る赤茶の編み髪を、指でそっと押さえ直す。
一周目の今日、この家で私は席を失った。廊下まで届いたのは、姉は夫に見向きもされないという笑い声。思い出すだけで、喉の奥がこわばる。
今は、私宛ての招待がある。実家から取り寄せた贈答注文の控えを、私は指先で確かめた。
義妹が私の名で贈り物を頼んだ宛先は、夫人から聞いた客の名と重なる。噂と贈り物は、同じ順に家々へ届いていた。
「公爵夫人、こちらのお席へどうぞ。皆さまも、ご挨拶を」
夫人が示した席のそばへ、ベルナデッテが私より先に寄る。
「お姉様の席は、わたしがいただきます」
「はぁ……、それはどうなんですか?」
私はため息をつくと控えを開いた。紙に並ぶ受取人の名を、席にいる本人へ向ける。
「その前に、こちらの品は『私からのお詫び』との伝言つきで届いたそうですね?」
「ええ、妹様が『式でご迷惑をかけた姉に代わって』と」
「皆が知っていることなのに、お姉様ったら! わたしは、お姉様のために気を配っただけでしょう?」
義妹の声が、客間の奥まで響いた。私は紙を畳まず、贈り物を受け取った客へ目を戻す。
「お隣のご夫人も、同じ方からお聞きになりましたか?」
「私はそちらの方からですが、最初に話したのはベルナデッテ様だと伺いました」
客が隣を指すと、その隣も向こうの席へ手を向けた。
最後に皆の指す先が、義妹へ戻る。彼女は両手を引っ込め、膝の上で握り合わせる。
「そんな言い方、ひどい! みんな言っていたのに、わたしだけを責めるの!?」
「では、ご自分の目ではご覧になっていないということですか?」
「見たわ! お姉様が花婿の手を離して祭壇から逃げたのを、わたしが見て、わたしが話したの!」
茶器を置く音が、ぴたりと止まった。まだ唇を動かしている義妹を、私は急かさずに待つ。控えを支える指先は、冷たいままだ。
「続けてください。私が歩いた先も、その後の誓いも、ここでお話しください」
「だって……フィリベルト様は、戻れとおっしゃったのに……」
「ええ、戻るよう求めていらしたわ。『花婿が捨てた』では、話が逆です」
主催の夫人は、義妹から目を離さなかった。式にいた別の客も、はっきりと頷く。
「公爵様との誓いも、この目で見ました。エーリカ様がご自分で選んだご結婚でしたよ」
「でも、わたしが花嫁の代わりに贈れば、お姉様だって困らないでしょう!」
「私の名前でお詫びを頼んだ覚えはありません。あなたのお話には、あなたがお答えください」
義妹の手が、控えの角へ伸びてくる。私はその指が届く前に、父の商会への贈答注文を、客にも見える高さへ上げた。
「代金は私へ回し、お詫びの挨拶はあなたが受けるのですね。届いた品まで、皆さまにお確かめいただけます」
「そこまで聞かなくても……品は、受け取っていただいたの!」
主催の夫人が、ぱちりと音を立てて扇を閉じる。
「私が招待した客の名を、こうして使われるのは困ります」
夫人が開けた庭への扉から、冷たい空気が流れ込んだ。迎えのフィリベルトが、艶のある金髪を撫でて立っている。
「ベルナデッテ様、次の茶会へのご招待は取り消します。今日は、お迎えの方とお帰りください」
「……わたしは呼ばれないの? お姉様の代わりに、あんなにお話ししたのに!」
返事を待つ義妹へ、席を勧める声は上がらない。フィリベルトの手も、扉の前で止まった。
「ただの言い違いだよ! そんなことで、僕たちに恥をかかせるのですか?」
「式で何があったのか、皆さまで確かめた結果です」
「君がひと言取りなせば済むことだろう!」
「取りなすのは、わたくしのお役目ではありませんわ」
奥から近づいてきたのは、彼の母ヴァルトラウト様だ。細く長い首筋を傾け、私へ穏やかな笑みを向けた。
「エーリカさん、疲れたでしょう。わたくしも驚いてしまったわ……少し、お茶を召し上がってちょうだい」
「ありがとうございます。夫人が、私の席を用意してくださっていますので」
主催者が私の椅子を引く。義妹が立っていた場所を、客が私のために空けてくれた。
「改めて、どうぞお掛けください。あなたをお招きした席です」
「ありがとうございます! 私も、皆さまとお話ししたくて参りました」
「ふふっ、では語らいましょうか……」
皆と焼菓子を食べるうち、向かいの客が港の話を尋ねてくる。私が答え終わるまで、その人は茶器を手に待っていてくれた。帰りには、主催者が同じ焼菓子を白い紙に包んで配っている。
ヴァルトラウト様は、その包みの右角を内へ折った。指先で折り目を押さえ、形を整える。
「こうしておくと、中がこぼれませんもの。どうぞ、お持ちになって」
私の分は、侍女が受け取った。先に預けた青い包みは、侍女の手提げに入ったままだ。
庭へ出ると、外套を持った公爵が待っていた。傾いた冬の陽が芝を淡く照らし、長い影が二つ、並んで伸びる。
「お話が少し長くなってしまって……待ちくたびれませんでしたか?」
「君の話す時間だ。待つことも苦ではない」
「兄上の襟を直したのはあたしだよ! 迎えに来る前、ずっと曲がってたんだから」
跳ねた黒い短髪の下で、ハイディが笑った。公爵の指が襟元へ伸び、途中でぴたりと止まる。
「……礼は、言ったはずだ」
「義姉上にも見せたかったわ! ほら、今はまっすぐ!」
公爵が眉を少し寄せる。私は差し出された外套へ腕を通した。布にはまだ彼の温もりが残り、客間でこわばった肩が、ゆっくり下りていく。
「では……馬車まで、隣を歩いていただけますか?」
「喜んで」
彼は、私が置いていかれない速さで歩く。私が足を緩めても、隣の靴音は遠ざからなかった。私は庭の入口を見返さず、その隣を進む。
馬車で、侍女から義妹の青い包みを受け取る。毒の杯を笑って勧めた、あの口が、今日は仲直りと言った。膝の上で、紙の角をほんの少しだけ開く。
甘い匂いの奥に、侯爵家で飲まされた薬の苦い匂いがある。
私はすぐに紙を閉じた。公爵がこちらを見る。温まったはずの指が、紙の上で動かない。声が震えても、誰かが手を伸ばす前に言わなくては。
「このお菓子を、誰にも食べさせないでください」




