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第百六十八話「きーぱーそん」

最新話お待たせいたしました!是非お楽しみください!


 帰りのバスの中で、和栞さんはいつも以上にべったりだった。


 何を話すわけでもなく、静かにしてくれていたのはやはり良識のある人だと思う一方で、和栞さんの実家、家族の前で自分と明け透けなく接することができなかった反動なのか、身を寄せてきて、柔らかに微笑んで手遊びを永遠と仕掛けられた。まるで小悪魔に生気を吸い取られているような帰り道だった。


 北九州の見慣れた街並みに戻ってきて、伊織と和栞はバスを降りる。


「じゃあまた後で、すぐ行くから」


「はいっ。お待ちしてますっ!」


 和栞さんの可愛らしく愛嬌溢れる小さな敬礼で別れた後、自分の家に戻る。荷物を持って再度家を出る。


 これを渡したとき、和栞さんはどんな顔をしてくれるのだろうか――


◇◆◇◆


 和栞の家のドアが開く――


 自分が家に帰っていた間に彼女は着替えたらしい。


 和栞さんはゆったりとリラックスできそうな、ラズベリー単色のルームワンピースを着ていた。頭にはカチューシャが刺さっていて「もう今日は外出しません」と言わんばかりの部屋着であるはずなのに、オシャレを忘れていないところが彼女らしいなと思った。


「ただいま」


「おかえりなさいっ」


 伊織は和栞をじっと見つめながら声を掛ける。


 嬉しそうな声色で出迎えた和栞さんが妙に笑顔なので一瞬ドキリとすると――


「とりあえず……わたし……で、いいですか?」


 目線の下の方で不安そうな表情に変わると、華奢な身体が両手を広げて待っている。



 選択肢が二つばかり省略されている―― 


「望むところですねぇ……」


 伊織が両手を広げて返事をする。


 その言葉にパッと明るくなった笑顔が胸に飛び込んできた。


 きっと胸の中でにんまりとした表情になっているはずの和栞さんは、顔を埋めてキュッと抱き着いている。


「なんで……抱きしめたいと思ってくれたの?」


 和栞さんは胸の中で額をすりすりと押しつけながら聞いてくる。


「ん?」


 今の状況をだろうか。それとも――


「実家での伊織くんの言葉です。あれは……びっくりしちゃったから……」


「ああ……。いや、今日は和栞さんの誕生日なんだから、色々考えずに楽しんでもらえれば……って思ってたけど、改めて和栞さんの優しさに気がついたというか……?」


「なにそれぇ」


 すりすり攻撃はなおも止まない。


 満足げな声色で笑ってくれた和栞さんが急に愛おしく、手放したくない存在だなと納得できて、こちらも腕を彼女の背後にまわして強く抱きしめた。


「少し緊張してたけど、ずっと気にしてくれてたでしょ? そういうところだよ、和栞さんの好きなところは……」


「ふふっ、嬉しい」


 ふわりと全身の力が抜けて、充電は完了のようだ。


 誇らしげな笑みを見せた和栞さんは言う。


「今日という日をもっと楽しむためには、伊織くんは必要不可欠な、きーぱーそんっです!」


「ご所望とあらばいつまでもお供しましょう……」


 和栞の背中に続いて、伊織はリビングに歩いていく。


「うふふっ、やったっ」


 ちらっと振り向いて上機嫌な和栞さんを見ていると、こちらまで気が逸る。


「わたしね、思うの……時間の流れは誰にだって平等だから、今日というこの時間は最後まで楽しんだもの勝ちだって……」


 和栞さんはしみじみと言う。


「あれ……まだ着けてるんだ?」


 和栞さんの手首に、家族からプレゼントされた腕時計が光る。部屋着に着替えた今でも――


「うんっ。今日は寝る時もずっと一緒ですっ」


 顔を綻ばせて時計を見つめる顔が優しい。きっと家族のことを思い出しているんだろうなと思うその顔は、自分が先程こっそり写真に収めた時の顔そのものだった。


「和栞さんが喜んでくれて、美鈴さんや彩葉ちゃん、嬉しかったと思うよ?」


「うん。思い出も一緒に閉じ込めたよ……」


「……」


「……彼氏がおうちに来てくれたおもいでもっ」


 こちらを見つめる視線から目を離せない。


「そんな、彼氏から……次はプレゼントがありますので……ソファにお座りくださいな」


「ふふっ。ありがとうございますっ」



 和栞さんの期待に応えることができるだろうか。



 いや。きっと大丈夫だ――



お読みいただきありがとうございました。

ふたりだけの誕生日会はまだまだ終わりません。

幸せな空気感をお楽しみにしていただけたらと思います!


作品の応援お待ちしております!<(_ _)>

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