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第百六十七話「家族」


 和栞さんはひとつ息を吸い込むと、ゆらゆらと揺れていた火を静かに吹き消した。


「おめでとう~」


「おね~ちゃんおめでとうっ!」


「おめでとう、和栞さん」


「ありがとうっ」


 苺のデコレーションケーキは主役の顔より幾ばくか大きい豪華なもの。祝いの言葉が降りかかるなか、和栞は丁寧にお礼の言葉で返すと、今日一番の笑顔を見せた。


「これからも健康一番っ。元気な顔を見せてね?」


 美鈴さんは穏やかに和栞さんに言葉を贈ると、大切そうに頭を撫でた。


 静かに頷いた和栞さんは心地よさそうに顔を綻ばせている。


「おねぇちゃんに、私たちからプレゼントがありまぁす!」


「まぁっす!」


 彩葉が用意していた手持ちサイズの小包を手に、高らかに宣言すると、後に美鈴が続いた。


「はいっ、ど~ぞ! 開けてみてっ?」


「いろちゃん、ありがとうっ……お母さんもっ」


「いいからいいからっ」


 促された和栞がリボンに手を掛けて紐をほどいていく。



 中から出てきた箱は桃色の温かな色――


 和栞や伊織は外装から中身を想像できないでいると、美鈴は両手を使って開け方を示す。


 美鈴さんの所作を見る限り、その小さな箱は“パカッ”っと開くらしい。


 家族からの大切なプレゼントを今はまるで、美しい貝殻が守っているように見えてきた。

 

 和栞は美鈴のお手本に従い、皆に見守られながら静かに、美麗な箱の継ぎ目に手を掛けた――



「わあぁぁっ……」


 和栞はその光景に息を詰まらせたあと、中身に見入っていた。



 箱の中に鎮座していたのは小さな腕時計――


 文字盤が桜色になっており、シルバーのストラップと相まって気品がある。


 これを着けている和栞さんはきっと良く似合うだろうなぁと思うと同時に、普段の幼げな印象からまた一つ今日で、大人の女性に近づいたんだなと思うと、嬉しい瞬間に立ち会えている喜びが湧いてくる。


「私と彩葉ちゃんからは腕時計をプレゼントっ。時間を大切にしてねって思いを込めてみましたぁ」


「ましたぁっ~」


「……ありがとう。絶対に、大切にするっ……」


 和栞さんの顔をじっくり眺めて、美鈴さんと彩葉ちゃんは顔を見合わせてはにかんだ。


「和栞ちゃん? 早速着けて見せて?」


「うんっ」


 恐る恐る腕時計を取り出し、ぎこちないまま手首に通す。


 白く透き通るような肌に目立ち過ぎず、想いのこもった腕時計はさりげなく存在を主張して、早くも昔から和栞さんの持ち物だったかのように馴染んで見えた。


「ど、どう……?」


「やっぱり、わたしの目に狂いは無かったわっ。よく似合ってるわよっ」


「いいなぁ……おねぇちゃんいいなぁ……」


 少し恥ずかしそうに頬を赤らめている和栞さんを囲んで、華やかな笑顔が次々に咲いていく――


 美鈴さんがこちらを一瞥して微笑んでくれた。


 伊織はふつと心に浮かぶ言葉を口にする。


「素敵です……和栞さん」


「あ、ありがとう……」


 言葉を掛けると和栞さんが思った以上にしおらしく恥ずかしがってしまった。その様子を見て自分の身体は素直なようで、一度、二度と自分の心音を感じるまでに動機がしてくる。照れた表情もまた今日の思い出の一つに刻み付けられるほど見惚れてしまうのだ。


「うふふっ……」


 美鈴は和栞と伊織の様子を見比べて、鈴を鳴らしたように笑った。


「ささっ。ケーキをいただきましょうっ!」


 美鈴が三人に声を掛ける。

 

 すると月待家の姉妹は待っていましたと言わんばかりに顔を見合わせて和栞さんが言う。


「お母さん……ちょっと、目をつむってくれる?」


「えっ?」


「いいからいいからっ!」


 先ほど、美鈴さんが和栞さんに言った言葉を、次は和栞さんが美鈴さんに遣う。


 彩葉ちゃんにウインクしながら、美鈴さんの後ろに回り込んだ和栞さんが優しく目を覆ってサプライズの準備をする。


「なになに~?」


 朗らかに和栞さんの手の下で頬を綻ばせている美鈴さんは、姉妹に言われたとおりに大人しくしていた。


「なんでしょうねぇ~、なんでしょうねぇ~?」


 和栞さんが場を繋げている間に、彩葉ちゃんが用意していた気持ちいっぱいの品を持って帰ってきた。


「お母さんに私たちからも、渡したいものがあるの……」



 和栞が覆っていた美鈴の目元を優しく解く――


「えっ? えっ?」


 伊織は美鈴の表情を窺う。


 理解が追いついていない驚いた顔が、和栞さんそっくりだなぁなんて思いながら、姉妹のサプライズの行く末を見守った――


「十六年前の今日……おかあさんも頑張ってくれたから今の私があるの。そんな感謝を込めていろちゃんの提案で、お花を用意しましたぁ」


「へぇっ?? へっ?」



『いつも、ありがとう!』


 姉妹の元気な感謝がリビングに響くと、先ほどまで余裕のある笑みを讃えていた美鈴の顔が次第に曇ってくる。


 次の瞬間には堪えきれずに、顔を顰めて美鈴は震えだした。


「……そ、そんなっ。聞いてないよぅ……」


「ママには言ってないもんっ」


 彩葉が美鈴に色とりどりの花とメッセージカードが飾られた花かごを手渡した。


 カードの中央には、見慣れた達筆な文字と、丸みがかった文字でふたつの「ありがとう」の文字が見えた。デフォルメされた美鈴さんの似顔絵だろうか、柔らかな表情で笑う似顔絵が特徴を良く捉えている。


「ふぇぇ……っ」


「あはははっ!」


「ふふっ」


 悲鳴にも似た美鈴の声が漏れる。


 彩葉ちゃんが豪快に笑うと、それに続いて和栞さんが笑った。


「私は幸せ者だよぉ……こんなにいい子たちに育ってくれて、わたしは嬉しいよぉ……」


 次々に溢れ出る美鈴の涙と、姉妹の笑顔を眺めながら、伊織は三人に気がつかれないように、その様子を写真に収めた。


「これからも、明るくて頼りになるお母さんで居てね?」


「う、うん……ひっ、がんばるぅ……」


 どちらが娘でどちらが母親かわからなくなった和栞と美鈴のやり取りを見て、伊織はつられて笑顔になったのでした。



◇◆◇◆



 時刻は昼下がり――早くも帰りの時間が近づいてきた。


 美鈴お手製の苺のケーキを堪能した一同は名残惜しくも別れの挨拶――


「今日はお招きいただき、ありがとうございました」


 丁寧な言葉を心がけて、玄関で伊織は美鈴に頭を下げる。


「いいのよぉ、伊織くん。いつでもいらっしゃいな」


「ありがとうございます」


 先ほどまで目を真っ赤にして泣きじゃくっていたとは思えない美鈴さんが優しく微笑んでくれた。


 和栞さんの実家にお邪魔する前までは緊張で身構えていたが、親御さんの理解を得られたのはやはり心強い。もとより、和栞さんとは清らかな交際をさせていただいてはいたが、美鈴さんに会って話をする機会があるだけで、言葉だけでなく態度で示していかねばと思えた。自分が話した言葉を嘘にしないためにも――


「和栞ちゃん? 体調に気をつけてね」


「うんっ」


 最早見慣れてしまった月待家の愛情表現――美鈴さんは和栞さんの綺麗な黒髪を撫でて、手櫛で透いて、完璧な身だしなみに更に箔が付く。


「は~い」


「ありがとっ」


  穏やかで心地よさそうに身を預けている和栞さんを見ていると、美鈴さんに撫でられることが好きなのだなと伝わってくる。


 和栞さんは笑顔で彩葉ちゃんに話しかけて――


「次帰ってきたときには、裏のお婆ちゃんのおうち行こうね?」


「うん」


 咄嗟に出かけるための口実にした裏の御婆さんの家には、次回帰省した時に姉妹で挨拶に行くらしい。


「じゃあ、伊織くん。うちの娘をよろしくお願いします」


 姉妹のやり取りを笑顔で見守った美鈴さんは、真っすぐにこちらを見据えて丁寧に一礼した。


「はいっ!」


 もう後戻りはできない。


 美鈴さんと約束した“和栞さんの一番の味方でいてほしい”というお願いを叶えられるように、自分を強く持ちたいと思った。和栞さんのように――


「いこっ、伊織くんっ」


 弾むような笑顔で和栞さんが声を掛けると、美鈴さんの表情が少しだけ悪戯なものに変わったことに気がついた。


「あれえ? 何か足りないんじゃない?」


 その言葉の真意にたどり着けないでいると、美鈴さんは自身の手の手の平を見たり、手の甲を見たり、こちらを見てきたり……。


「……」


 伊織は美鈴の視線の先が、自分の手と和栞の手の間で行ったり来たりしていることに気がつくと“ふっ”っと一つ、頬が緩む。


 家族の前だから、きっと和栞さんからは始まらない。


 少し彼女の意表を突いてしまうかもしれないが、たまには引っ張って着いて来てもらいたいなと思ってしまった。


「へっ……!?」


 さっと掴んだ和栞の手を引いて、伊織は美鈴の顔を一瞥すると、微笑みで返された。


「ではまたっ」


「は~い」



 月待家の乙女二人の視線を背中に感じながら、少し恥ずかしがって“ぎゅ”と握り返してくれた小さな手を引いて歩き始めた。



お読みいただきありがとうございました。

次回より、北九州に帰ってもふたりだけのいちゃいちゃな誕生日会は続きます。。

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