第百六十六話「母の味は店の味」
宴の始まり!!
「満足いくものは見つけられた?」
伊織は横に座る和栞に優しく問いかけた。ちょいちょいと手招きした和栞は伊織に耳打ちする。
「玄関に隠してきました。きっとお母さんは喜んでくれます。それどころか、泣いてしまいますっ」
零れる笑みを堪えきれない和栞さんは、楽しそうにひそひそ話を続ける。
「伊織くんは? お母さんと何のお話してたんですか?」
「うーん。秘密……かな? とりあえず、和栞さんの事を任されました」
「なにそれっ、ふふふっ」
美鈴さんとの話は男としての覚悟のようなものを植え付けられた。口に出して幼気な少女の顔を真っ赤にするような、でもいつか和栞さんのことをもっと知りたいと思ったときに避けては通れなくなる行いで、その日まで心に大切にしまっておいた方がいい覚悟――そんな気がした。
「自分の考えをしっかり聞いてくれて、少し心が軽くなったとだけ……」
「じゃあ、来て……よかった?」
「もちろん」
「よかったっ」
今日一日を通して、明るい笑顔を見せてくれていた和栞さんはここへきてもまだこちらを思いやって気に掛けてくれる。自分が主役の日なんだから、もっと何も考えずに過ごしてくれてもいいのにと思ってしまうほど、他者の事が良く見えている人だと思った。
「ああ、今すぐに抱きしめたい……」
伊織はぽつりと素直な気持ちを言葉にする。すると、和栞はポカンとした表情で固まる。
「だぁめ……でも、家に帰ってからでお願いします……」
「ここは和栞さんの実家だけど……?」
伊織はあえて和栞を困らせるように、小声の半笑いで進言する。
「人前でいちゃいちゃするのは、まだ恥ずかしいです。まして、家族の前なんて……」
「素直でよろしい……」
「もうっ……」
和栞さんは呆れたような笑みで腿をペシと叩いてきた。
◇◆◇◆
「じゃじゃーんっ」
満面の笑みで食卓に案内してくれた美鈴さんと彩葉ちゃんは誇らしげな顔をしている。
「大人に近づいていく和栞ちゃんへ、ちょっと背伸びしたメニューにしてみましたぁ、ふふっ」
リビングにまで漂ってくる匂い――生地がこんがり焼けて、ほのかに酸味を帯びて鼻にツンとくるトマトの香りが混ざっていた。いかにもイタリアの風を運んでいたので、無意識に想像してしまったもの。テーブルに並んだメニューの数々を見ると、それだけでパーティが始まったのだなと胸が弾んできた。
自分がメインディッシュだと言わんばかりの自信に満ちて、湯気を立てているのはマルゲリータのピザ。鮮やかな赤のソースの上に、トマトと白のモッツァレラチーズが戯れていて、緑のバジルが散りばめられている。まさかこれが既製品ではなく、美鈴お手製のものとは伊織は驚くばかり。
「凄いっ! おうちでもピザって焼けるんだっ」
目を輝かせて和栞さんは美鈴さんに歩み寄っていく。
「そうよぉ~~どうだどうだぁ~。頑張っちゃったんだからっ。和栞ちゃん、トマト食べられるようになったって聞いたしねっ」
プチトマトと戦った和栞さんが戦果を報告してきたあの日が、最早遠いものに思えてくる。
「ピザはもともと大丈夫だってぇ……おかあさんっ、すごいっ! ん~、すごいっ!」
「っへっへ~ん」
和栞の誉め言葉は積み重なっていく。
サーモンのカルパッチョにエビのアヒージョ。生ハムとチーズの盛り合わせにはナッツが添えられて、視覚でも楽しませてくれる宴が始まっていた。
それぞれ座る席にはルッコラ、パルミジャーノが皿に添えられ、洒落た雰囲気で気分を高揚させてくれる牛肉のタリアータ――バルサミコソースで描かれた模様は、美鈴のもてなしと遊び心いっぱいで伊織の目に華やかに映る。
「やっぱり、食事は楽しくなくっちゃね?」
「うんっ」
「さあ、座って座ってっ。始めましょう?」
――「美鈴さん、お店出せるな」と思いながら、伊織は舌鼓を打った。
それはそれはたくさんの笑顔花咲く、楽しい食事の時間だった。
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