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第百六十九話「予告サプライズ」

「心の準備……してもいいですか? ふぅ~っ……ふぅ~」


 ソファーに腰かけてくれた和栞さんは胸に手を当ててそう言うと、何度か深呼吸を繰り返している。


「なんで和栞さんが緊張するのさ」


 伊織は和栞の様子に思わず笑ってしまう。


 こちらがドキドキしてきて堪らないのに、和栞さんの様子を見ていると頬が緩む。


 今日は彼女を中心に、何度幸せな気分に浸り、何度頬を緩めたかわからない。でも、確かに残る表情筋の疲労感は、数えきれないほど彼女に笑顔にしてもらった勲章のように思えてくる。


「だって、気になるじゃないですかっ……伊織くんがサプライズは出来ないからって教えてくれた時から、思い出すたびに心が踊るんですものっ」


 ぷくっと膨らませた頬がこちらを向いている。まさか和栞さんを緊張の鎖で縛りつけてしまっていたとは思いも寄らなかった。今度から文字通り、彼女にはサプライズで喜ばせてあげようと思うのが正解なのかもしれない。


「ありがとう。喜んでもらえるといいんだけど」


 伊織は紙袋の手さげをそのまま和栞に渡す。


「ありがとうございますっ。開けてみていいですか?」


「もちろん」


 和栞さんの表情を眺める。


 小さな手が紙袋の中から彼女の頭くらいある大きさの箱を取り出すと、丁寧に腿の上に乗せて包装紙に手を掛ける。


「重たい……?」


 こちらを一瞥して感じたことを実況してくれた。


「へぇ~」


 伊織はとぼけたふりをして和栞の言葉を笑顔で躱す。


 和栞は逸る気持ちを押さえつけ、純白の包装紙を破いてしまわないように慎重に解いていく――


「誕生日おめでとう。和栞さん」


 和栞が箱を開けて、包みになっていた内部の緩衝材を捲る。




「わあっ!! ガラスのティーセットっ!!」




 耐熱ガラスの急須とグラスカップが二つ――何度も画像で嘗め回すように吟味した実物が箱の中で寝ていた。


「和栞さんは愛用のものを持っているけど、こういう使いやすそうなものがあってもいいんじゃないかって思って……」


「……伊織くんが……選んでくれたんだよね?」


 優しいまなざしが脳に刺さる。和栞さんはまるで自身に言い聞かせるような口調だった。


 こちらを見たまま、両手でグラスを包んで持って――自分がグラスと取って代わりたいと思うほど大切そうに。


「もちろん」


 こちらの言葉を聞くと、和栞さんは更に頬を綻ばせ、甘い誘いを含む笑みを見せてくれた。


 その顔に、実際に渡す瞬間になってみないと彼女が本当に喜んでくれる確証が持てなかった自分の弱さや、最後の小さな不安は取り除かれて、ふっと消えていく。


 グラスに視線を落とした和栞は、呟くように心からの言葉を漏らす。


「……ありがとう。それだけで私はすっごく嬉しい。大切にする。何回も眺める。絶対割らないっ……」


 その顔に満足した伊織だったが、本来の用途を忘れてほしくはなかった。


「ちゃんと使ってあげてよ? カップは中身が冷えにくいものらしいよ?」


 グラスは二層構造になっており、外気の影響を受けにくい。


「へぇ……伊織くんってやっぱり実用的なものを好みますよねっ。ふふっ」


「そうだけどさ、なんとなく和栞さんが使ってる姿を想像できたから……」


 どんなものであれども丁重に取り扱って、名前まで決めてしまう彼女だ。


「嬉しいなぁ……。そうだっ! ふたつありますし、今度一緒に乾杯しましょう!」


「紅茶って、乾杯するもの?」


「いいんですっ。ふたりで楽しむんですっ。んふふっ」


 いつにも増して上機嫌な和栞さんからお茶会にお呼ばれした。


 グラスを眺め、ポッドの構造を確かめてはそっと箱に戻し、はにかんでいる和栞さんに気付かれないよう――ポケットに忍ばせていた縦長の小さな箱を取り出した。


「実は……」


 伊織はそっと、箱を差し出す。


「えっ……っ??」



 顔にポカンと書いてある和栞さんの表情――


「はい。これは、言ってなかったやつ……」


「えっ!? えっ!?」


 和栞の視線は伊織が差し出したサプライズと伊織の顔を行ったり来たり慌ただしかった。


お読みいただきありがとうございました。

もう一つのプレゼントとは?? ぜひお見逃しなく。。

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