第百六十四話「妹の味方」
「おねぇちゃん、笑わない?」
意を決して彩葉は和栞に前置きをした。
「笑わないよっ、教えてっ? どんな人?」
これは真剣な乙女の悩みかもしれないと思った和栞は、普段なかなか話してくれない繊細な話題を、誠意を持って受け止めたいと思った。
和栞は繋いでいた手をギュッと握り返すと、彩葉は力無く握り返して話し出した。
「私ね、二学期になってから学校で図書委員をすることになったの。ひとり決まっていたけど、誰もやりたがらなくて……なかなか決まらなくてね。立候補しちゃった」
「えらいぃ~っ」
和栞はすかさず、手持ち無沙汰になっていた右手で彩葉の頭を撫でまわして笑顔で励ます。
「それでね……一緒に係になったのは男の子なんだけど……」
「うんうん」
「……今までの人とちょっと違うの」
真剣に話すその姿を見て、彩葉自身が一緒に図書委員を務めることになった男子について、人となりを咀嚼できていない事を和栞は理解した。
「その子が少し気になってるんだっ?」
「うーん。わかんない。何も知らないから……」
「なにそれっ」
少し笑っちゃいそうになる。昔から興味を持ったことは真っ先にやりたがるいろちゃんなのに、男の子のことには奥手なのかなと思った。
「図書室はね、私語禁止だから喋ることもあんまりないんだけど……。
和栞は状況を想像すると、彩葉の説明に聞き入るように静かに二回頷いた。
「そうは言ったって普通は男の子って喋ってくれるじゃん? 少しくらい。でも、ルールを守ってじっと静かに本を読んでるの、その男の子……」
ぺちゃくちゃおしゃべり出来れば、男の子の事を知ることのできるチャンスではあると思うのに、図書室だから二人きりでいる機会はあっても、積極的にお話しすることはないのかな。
「一週間に一回、当番が回ってくるから、放課後の二時間、黙って図書室のカウンターに座ってるだけ。私は時々、本棚の整理をしたりしてうろちょろするけど、その人は座ってじっと本を読んでたり、カウンターで貸し出しのお世話をしたり……」
「何がちょっと違うの?」
和栞は彩葉の言った、今までの人とは違うという言葉に理解が及んでいない。素直に彩葉自身にその違和感を尋ねた。
「私もその男の子も、図書委員だから係のお仕事するのは当たり前なのに、私が本棚の整理をしてカウンターに座ると、必ず……ありがとうって言ってくれるの」
「うん」
「自分のやらないといけないことをやっているだけなのに、ありがとうって声を掛けてくれるだよ?」
「……」
当たり前のことをこなしただけなのに感謝されることに疑問を持っているのかな。
和栞は彩葉の違和感の所在をじっくりと読み解いていこうと話を聞きながら真剣に考えている。
「私語禁止をちゃんと守ってお話はしないから何もその子の事を知らないし、ありがとうって言ってくれるだけの人なのに、横に座っているのは居心地良くて、なんでだろうなぁってずっと考えちゃう。何でだろうね」
あまり彼のことは知らないけど、何となく気になっているってことかなと思う。
でも、素直に感謝を伝えられることができるその子も、些細なことに疑問を持って向き合おうとしているいろちゃんも、お似合いだなぁなんて思っちゃう。
「素敵な人だと思うなぁ。いろちゃんとふたりで図書室を管理していますっ! みたいな……」
「えっ?」
「きっとその男の子はいろちゃんが係の仕事をしてくれることに対して、他人事だと思ってないってことでしょ? ふたりでやらなきゃいけないお仕事を一緒に進めているって思ってくれてるってことだよ」
「……」
彩葉は和栞の話を聞いて黙り込む。
「いろちゃんはその男の子がカウンターで他の子の貸し出しのお仕事をしてくれた時、ちゃんとお礼言ってる?」
「うん」
「いいなぁ、静かな図書室でありがとうを言い合うだけの関係……」
「おねえちゃん、ちょっと馬鹿にしてる?」
「ぜんぜんっ! ねえ、次の当番の日は話しかけてみたら?」
「どうやって?」
「なに読んでるのっ? って気軽に話しかければいいのにぃ」
「そんな勇気ないよぉ……」
「いろちゃんは昔から変わってないなぁ……恥ずかしいんだっ?」
バカにする気持ちはなく、いろちゃんに聞く。誰とでも仲良くできるいろちゃんが躊躇っている状況は勿体無いなと感じたから。
「だ、だって、その後なに話したらいいかわからないよ?」
こんなに取り乱すなんてやっぱり気になってるんじゃんって思った。
「でも、なに読んでいるかは知ることが出来るよ? ありがとうをただ言い合う関係から、何を読んでるか知ってるいろちゃんになるんだよ? それに、ありがとうを言える人に悪い人はいませんっ!」
彩葉の背中を押してあげられるような言葉を用意した和栞はキッパリと言い切った。
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