第133話 極楽浄土
私がこの村を終の住処と定めて、はや十年の年月が過ぎ去ろうとしております。
村は変わらずに平和で、変わらずに村人の命を見送り、また新たにこの地を求めてやってきた人々を受け入れ続けてきました。村の方々からお聞きする通り、どちらからやって来ようと皆、逃れようもなく北の崖から落ちて、救われるのでございます。新たな人たちとは揉め事もなく、素直にこの村人となっていきます。それも変わらないこと・・・私たちが南から無事にやって来れたのは、村がそう教えたから・・・。かぐや姫のお題を遂行するには、無事に村から出てもらうしかなかったとのこと・・・そのためにだけ教えた方法だったのです。それを京の人々に逆に辿られてしまうのは、致し方のないことでございました。
京は・・・
どうしておるのかわかりません。帝の御代替わりはされておるのか、道長様は今も内裏におられるのか・・・。
入ってくる人々からお聞きするお話は・・・もともと、中央のことなど知ったことではない、と生きることに疲れ果てた人々ばかりなのでございます。
こちらから外の世界を探りに行くようなお話もあったようですが、立ち消えになっております。やはりそんな考え方は、外の考え方に染まる、ような感じで村にとってはあまりよろしくないと言うのでございます。
ただ・・・
幸いなことに、その京からはこの年月、何の音沙汰もなく・・・外の世界で発生しているような賊が押し寄せてくるようなこともなく・・・
本当に、この地は誰にもわからぬ何者かに庇護されているのかも知れません。幸いなことに・・・。
さぎりは三つばかり年下の若者に惚れられて一緒になり、今や五人の子育てをしております。本当に、毎年のように生まれたのでございます。そして新しい苗字が生まれる方がいい、という村のしきたりで、さぎりの持っていた『源』の苗字をその若者と継ぐこととなりました。若者には、他にその苗字をつなげる兄弟が何人もいるのです。
さぎりには、なかさんを始めとしてたくさんの親友もできました。もちろん、子どもの面倒は、隣近所や親友たちが寄ってたかって見てくれるのです。我が子も隣の子もありません。
タケとタケルのような、村人を喜ばせるような祝言は挙げなかったのですが、それでも、さぎりは京から文句を言ってくるのは今日か明日かと心を備えることだけはいまだに忘れていないようです。亭主に呆れられながらも。
子育てをしながら、村全体のための野良仕事に、村人たちの一人となって一心に取り組むのが今のさぎりの『幸せ』であるようです。頑丈な、力強い体はうってつけのようで、米俵などまるで子供を抱え上げるかのようにひょいと担ぎ上げるのです。・・・もともと、武芸になど使うものではなかったのでしょう。亭主が抱きついたら、まさに大木にセミが止まっているようにしか見えません。村人曰く、『似合いの夫婦』なのでございます。
もちろん、農作物などの収穫も全ての生産品も、誰に奪われることも差し出すこともない、米の一粒、菜っ葉の一枚残らずまでが、村が幸せに生きるために使われるのですから、さぎりは野良仕事に邁進することで、まさに全ての村人に仕えている心地なのでございましょう。
今や私の生活そのものとなっております『竹の会』は、数々の新しい物語を生み出し、それを芝居にすることで、村の娯楽は私が来た頃よりずっと豊かなものとなっております。もちろん、タケの舞台のように、楽士たちと共演することもたびたびであり、様々な舞台の仕掛けも考案され・・・それは大工や様々な職人たちをも巻き込んでの大仕事となっていくのでございます。何という楽しい、何を憂うこともない余生でありましょうか!
『極楽浄土』はこの世にあったのでございます。
正直を申しますと、寄る年波も感じる今日この頃、もしかしたら、あのまま京に近く、道長様のおそばに暮らしているよりは、寿命は延びているのかも知れない、と心密かに感じておる次第でございます───。
さて、私の『竹取物語原本返還』にまつわる旅の物語は、これまでとしとうございます。
お話を始めました頃は、桃太郎さんたちのお話が二冊もの物語になってしまうとは、思いもかけなかったことなのでございます。
まさしく、心を満たす、往生楽土───
それでは───
長々とお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。
うららかな春の日、
私は今日も新たな物語を引っさげて、文庫へと向かいます。
そして道すがら、手をかざしてお天道様を見上げるのでございます。
これからも、お護りくださいまし、と───
・・・・ 桃の章 了 ・・・・
まだもう少しだけ続きます。最後の『締め』でございます。




