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星の戯れ 竹取物語変化  作者: 龍月小夜
    其の九・・・とこしえに
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第128話 消えた現実

 ───検非違使を送り込んだ紀伊国はどうなっておるのだ?───

 

 連絡が途絶えたことで内裏は大騒ぎになっていました。あまりに時がかかりすぎる。伝令や早馬の一人も帰って来ん───。

 

 藤原道長は、焼け落ちた紀伊国の役所本庁の前で呆然と立ち尽くしていました。本庁建屋だけが基礎の礎石を残してものの見事に焼け落ちているのです。焼け残りの柱一本、板切れ一枚残っていません。煤けた灰の山がそこらじゅうに残っているのだけが焼失したことを示しているかのようで、まるで建物などなかったかのようです。渡り廊下で繋がった棟は見る影もなく失われていました。まさに『焼けて失われた』・・・。何という奇妙な、不思議な燃え方なのか・・・。

 というのも、建物に程近く、あるいは接するように茂っていたはずの木々は葉の一枚に焦げ目一つなく無事なのです。そして隔離するように離れて建てられた二棟の獄舎と物品を保管する倉だけが何事もなかったかのように残っています。そこからは縛られたまま命の絶えた紀伊守の遺骸と、かろうじて命を保っていた検非違使の長が発見されました。そして、裏庭であったと思しき場所には積み上げられ、焼かれているもののその大火は逃れたかのような死骸の山が・・・。大方は役人らしき、あるいは送り込んだ武人、検非違使たちの姿でした。そして、中には正体不明の、おそらく白浜の村を襲ったヤカラではないかと思える賊っぽいいで立ちの者も・・・。

 取り急ぎ、あたりの社から神職を呼んで敷地全体に結界の縄を張り巡らし、急ぎ京からも陰陽師たちを招集することになりました。この無茶苦茶な『穢れ』は一刻も早くどうにかせねばなりません。

 道長はまるっきり何の情報も伝えてこない検非違使の一隊に、どうすることもできずに自ら乗り出して来たのです。さらなる検非違使の一団を率いて。何が起こっているのか、自分の目で確かめてみないことにはどうにもならない状況でした。

 そして、何が起こっていたのか知る術は、喋れるように回復を待っての検非違使の長の証言しかないのです。


 ───確かに、訳もわからぬ貴族の格好をした軍勢が建物から押し出してきて、戦闘で皆殺しにされたということですが、その後のことは長にも牢から見える範囲のことしかわからないのです。そして牢の格子は建屋とは反対の方を向いていました。向かい側の牢なら建屋の方も見えたのでしょうが。紀伊守が『裏帳簿』のようなことを言っていたらしいのですが、それらが保管されているはずの書庫なども全滅していました。が、年貢の品などを納めた倉は、建物とつながってはいなかったので無事でした。確かに、この時期の普通の徴税とは思えないほど大量の品々がため込まれています。

 が、具体的に何をやっていたのかを示す記録や証拠は、何もかもが失われてしまったのでした。

 藤式部の一行が投宿した寺の和尚もその後の調べで呼び出されていました。和尚は式部から聞いた話と、実際にそのわけのわからぬ賊と検非違使や武者たちが戦っているのをほんの少しの間目撃しただけです。そして実際に焼き打ちに遭った村の漁師たちはどこへやら行方不明になっていました。村はすっかり後片付けがなされ、燃え尽きた篝火の残骸がいくつかぽつ然と立っているだけです。漁師たちがここを捨てて行ったのか・・・探す術もありません。それ以外のまわりの村は何も知りませんでした。確かに、役所からは無茶な税は取られていたようですが、賊に襲われるようなことはなく、ある意味、適当に手当は施されていたので、白浜の村の人々から何事かを聞いても、下手なことをしてお手当がなくなったら困るとばかりにあまり相手にしなかったのです。しかし、今はもうそんな役人たちはいないから、と言って話してもらったことも、役所に関しては式部や桃太郎から聞いた話と大差はありませんでした。なぜ、役所は白浜の村だけにそんなことをしたのか・・・。他の寺社も知らぬ存ぜぬです。名のある寺社ほど。役所の手が回っていたのか、本当に何も気がつかなかったのか。一番の証人たる当事者であるはずの漁師たちはこの場から消え失せてしまった・・・。いずれ各地にふれを出して、証人たちに名乗り出るよう呼びかけるぐらいしかないのかも知れない・・・。

 疑問は何一つ片付きません。全ては、遠い霧の彼方に消えてしまったのです。

 まるで、書物から目を上げると、現実の彼方に消えてしまう一編の『物語』のように───。


 考え得る限りの調べを終えた道長は、急いで京に戻りました。新しく、紀伊国の国府を立ち上げねばなりません。早速、臨時の人事会議で新たな紀伊守の選出もせねばなりません。そして、何かわからぬものがはびこっていた国府を刷新し、建物の新築から再始動せねばならないのです。 


 京に戻ると、藤式部の従者の一行がすでに帰着し、道長の帰りを待ち侘びていました。原本の返還に関する報告は、すでに右大臣を通じて帝になされており、繁忙急を極めている道長がそれについて聞くことができるのは事態が落ち着いてからになりそうです。報告の書簡は右大臣に提出済みですので、とりあえず、式部からの道長宛ての私信は何とか従者から受け取ることができました。そして、式部と女武者一人だけが村に居残っていると聞いただけです。何で居残ったのか?・・・は、私信を読む暇ができるまでお預けになりそうです。

 それから三月余り、道長を始めとする内裏の官職たちは紀伊国のことにかかりきりでした。もうあの同じ土地にまた役所を建てることはできない・・・『穢れ』のない新しい土地を求めねばならないのです。

 倉の中に残されていた品々は、そこから離れた場所に仮設の倉が建てられ、そこに収蔵されました。どこからどれだけ取っていたかもわからないので、とりあえず通常の徴収分として使い果たすまで、領民たちに対しては税の徴収を控えることになりました。

 


 さぎりは京に入る寸前で道連れを失っていました。

 お喋りなふうたとは道中、話が尽きることはありませんでした。そして、桃太郎からは聞いていない、さらに不思議なことをふうたは話してくれたのです。

 自分と桃太郎としろととびすけは『月』に頼んで地上に降ろしてもらい、ここに遊びに来たのだが、桃太郎だけが人になって、自分たちはケモノにされてしまった。本当は自分たちも人になって桃太郎とつるんで楽しむつもりだった。地上の旅は思いもしなかったことになってしまったが、それは今さら文句を言っても仕方がない。が、どれくらい寿命がもらえているのかはわからない。とびすけが終わってしまったから、同時に来た自分も、もしかしたらもうすぐなのかも知れない───。

 「桃太郎としろは自分らより先に降りたから、どうなんやろう? あんさんがおる間には終わらんかったんやね。まだおるんやろか?」

 ふうたは心配するようにそう言いました。

 さぎりは、これが現実なのかと思い惑いましたが、サルが目の前で人の言葉を喋っている以上、それが現実の証拠と見てもいいようにも思えていました。

 それにしても、えらい事になっているはずの紀伊国の役所のことは、京に戻ってからしか本当のところは何もわからないのです。桃太郎の話と付合するのかどうか───。

 確かに、ふうたは役所や海辺での戦いのことは桃太郎と同じことを言いました。

 そんなお喋りを、道行く人々とすれ違う時は、(ワオ、ワオ、天然の人がいっぱい)などと嬉しがりながら、ふうたは喋らないように片手で口を押さえて、人通りが絶えるとさぎりと続けるのです。人々は猿を連れて鎧に身を固めた大女の一風変わった旅姿に、どちらかと言えばよけて通るような感じで過ぎて行きます。

 そうして京に辿り着き、「ここらでそろそろお別れやね」と、羅城門の方へ向かう道にさしかかって、さぎりは少し遅れ気味について来ていたふうたを振り返ると、それに応えるかのようにふうたは何も言わずに突然、道端にばったりと倒れてしまったのです。

 さぎりはびっくりしてそばにしゃがみ込みました。何の苦しみも前ぶれもなく、突然、寿命が切れて体から抜けたのか。目を閉じ、落ち着いた顔をしています。しかし、それはもう紛れもない『死骸』と化していました。ふうたの話を聞いていなかったら、あわてたかもしれません。

 さぎりは、ふうたの体を抱え上げると、人目を避けるようにして少し離れた森の中へと入っていきました。ずっと奥へと進んだ所で、とびすけと同じように、一本の木の根元に穴を掘って埋め、墓を作りました。同じように『ふうた』と刻んだ墓標を立て、まわりに草花を飾りました。

 不思議な世界を、色々、教えてくれてありがとう。よかったら、またおいで───。

 そんな思いを込めて、さぎりは手を合わせました。

 友達同志なのに、離れ離れになってしもうたね・・・と思いながら。 



 内裏がまだ混沌としている中に、女武者『さぎり』が藤式部の『最後の仕事』を携えて京に戻ってきました。これは式部が勝手に書いたものではあるのですが・・・村の何がしかを伝えるものにはなるのでしょう。


 さぎりは、その後、宮仕えを辞め、父の後継ぎも辞退して───四人兄弟の末弟に男子がいたお陰で跡継ぎに困ることはないのですが───父親は女でありながら武術を志し、性根も座っていたさぎりに期待はしていました。それでも結局、男子に譲ることができて、家内は安堵に包まれていました。本人もお鉢がまわってきてやる気を出しています。───一人で旅に出たと言います。諸国を巡ってみると言い残して───。

 

 





 

 

  

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