第127話 『ふうた』たち
ふうたは山の頂上を少し越えたあたりの木に登り、その枝につかまっていつも村の方を眺めていました。自分は何とかあの中で・・・飼われる形でもいいから暮らせないかなあ・・・?
でも、人の言葉を喋ってしまう自分はやっぱり人の間に入っていくのはまずくないことはないんだろうなあ・・・と、多分、喋るのを我慢する方がしんどいと思うので、なかなか山を下りてみるという決心もつきません。
それにしても・・・あれからもう何日も何日もたつのに、桃太郎は一回も喋りに来てくれへん・・・。
村から出て来られへんわけでもないやろうに・・・。
ずっと一緒にいるとびすけとも話し飽きました。そう・・・。桃太郎でもいないと、話す話題もないのです。この山の中で、天然の動物と出くわしても、特にケンカになるようなこともなく・・・何だか、怪しげな空気でも感じるのか、向こうの方がよけていくのです。
今日も、一日、木の上から村を眺めて終わりました。もう夜で、月がまん丸くこっちを見下ろしています。何を考えているのか・・・。引き上げてくれる気があるのかないのか・・・。ここからは『月』の真意などのぞき見ることもできません。こっちに呼びかけてくる力も出ないのか・・・。
そして、引き上げてもらえないなら、寿命はどれくらいくれているのか。
それはいつまでここにいなければならないかということになるのです。遊びに来たはいいが、帰りの当てがない・・・。
それが目の前に迫っているように思えて、ふうたは恨めしげに月を見上げました。
「なあ、とびすけよう」
地べたにいるとびすけに呼びかけました。とびすけにもいつも声に出して喋っています。声で返ってこないのが寂しい限りなのですが。
・・・・
いつもならすぐに何事かが返ってくるのに、返事がありません。声が聞こえなかったとも思えません。同時に頭の中でも喋っているのですから。
「とびすけ?」
変に思ったふうたは地べたへと下りて行きました。
木の根元の地べたに、とびすけが横倒しに倒れていました。
「とびすけ!」
ふうたはびっくりしてとびすけの体を揺さぶりました。が、目を開いたままびくともしません。
「あちゃ〜〜〜! とびすけ終わってもた!」
ふうたは叫びました。どうやら、とびすけの寿命が尽きたようです。さっきまであっちこっちとうろうろしていたのに、いきなり来るか!?
「どうすんの、これ!」
ふうたは泣きそうになりました。自分はとびすけが天に昇っていくのを見逃したようです。多分、とびすけはふうたの後ろ姿を見ながら昇って行ったのでしょう。体から抜けてしまったら、この地上の範囲にいるうちは何も伝えられないのかも知れません。
この山の中で、ふうたは一人ぼっちになってしまったのです。
ふうたは木の上に駆け上がりました。そして、村に向かって叫びました。
「桃太郎〜〜〜! しろ〜〜〜!」
喉の奥から絞り出すような、くぐもったようなこの声が村に届くはずもないのです。
まさか、しろと桃太郎も・・・てことはないよな!? と思いながら。
それから何日か、ふうたはとびすけのそばで喋る相手もなく、一人で過ごしました。『月』に引き上げてもらえないまま体から抜けると、その死骸が地上に残ってしまう・・・ふうたは今さらながら、その時が来ていることを身に感じていました。
ふうたはやる方もなく、息もしないとびすけの体に掻き集めてきた落ち葉をかぶせました。『人』は残った体をどうしてるんやろう? と思いながら。
カサ、カサ、カサ・・・
ふうたはギョッとしました。それこそ、落ち葉を踏み締めるような、聞き慣れない音が聞こえてきたのです。それはだんだん近づいてくるようです。ふうたはその場を逃げ出しました。誰にしろ、もし天然の『人』だとしたら、とても桃太郎の仲介なしに出くわす勇気なんて起こらない! 何の考えも伝わって来ない以上、桃太郎が来てくれたとも思えないのです。
・・・それでも、好奇心も湧きます。ふうたはとりあえず手近の木に登り、その茂みの中に隠れました。
一人の旅人らしき姿がそこに現れました。そして、木の根方にどっしりと腰を下ろしました。とびすけの落ち葉の山のすぐ脇です。旅人は一休みでもしているのか手を額にかざすようにして、あたりを眺めています。ふと、脇の、不自然に落ち葉の盛り上がった山に視線を落とします。「何じゃ?」と独り言をつぶやくと、旅人は落ち葉をよけ始めました。
ふうたはどうなることかと震えながらその様子を葉陰からのぞいていました。とうとう、とびすけの姿が露わになりました。そして、小さな声ながら確かにふうたには聞こえたのです。「とびすけ?」とその旅人がつぶやくのが。
(知ってる!)
ふうたは頭の中でそう叫ぶと、木から飛び降りて旅人のそばに駆け寄って行きました。
藤式部からの最後の職務を仰せつかったさぎりは、二冊の書物と道長宛の式部の私信を携えて、胴鎧の武者姿に戻っていました。
───『竹取の姫の物語』もそうなったことじゃし、元々むらさきさんが京のお方なんじゃから、この二つの物語も京と共にしてもええんではないか? 『共にする』だけなら───
ということで、村から持ち出す許しを得たのでした。あとはただただ内裏に書物をお納めして式部様のご無事をお伝えすると共に、式部様のご意向を左大臣様にお伝えして御文をお渡しするのみ───。
それでも何となくこの地を去り難いような気もして、これからの長旅に備えて少し早いですが、腰を下ろしたのでした。もしかしたら、この山の中に潜んでいると桃太郎さんが言っていたサルとキジに出くわさないか? と期待して。
式部様は断られたが、私はその不可思議なものに会えるなら会ってみたい・・・と心密かに思っていたのです。
そして、思いもかけずそこに現れたのは、多分、キジの『とびすけ』・・・? でも、これって・・・死んでる・・・?
そして・・・
さぎりは目の前に走ってきたサルを見て、思わず言いました。
「もしかして・・・ふうた?」
「何で知ってるん!?」 サルが感極まったかのように両手で自分のほっぺたを挟んで二足立ちで言いました。
さぎりは仰天しました。期待はしていましたが、まさか本当に喋るサルがいるとは心底では思っていなかったのです。
「も・・・も太郎さんが話してくれたから」 さぎりは不覚にも気遅れしてしまいました。これは、自分の弱点なのか? せっかく誰もが遭遇できないような機会に恵まれたというのに・・・。
さぎりは気持ちを立て直して、何でもないふうになりました。
「これは・・・とびすけなのか?」 横たわるキジを見下ろします。
「そうやねん。寿命が尽きて、帰ってしもた」 ふうたは正直に言いました。
「寿命・・・」 思わぬ事態にさぎりは呆然とします。
ふうたは喜びました。この人からは声で喋る以外のものは何も伝わってこない。間違いなく『天然の人』や! やったー!
こうなると、この人に頼んで村に入れてもらえないかどうか・・・。
「ねえねえ、桃太郎が全然喋りに来てくれへんねんけど、村に入れるようにしてもらえへんやろか。できれば一緒に暮らしたいんよ」 無事でいるかどうかを今、確かめる勇気は出ません。
いきなりな要求にさぎりはまたびっくりしました。まあ、ケモノに人の礼節を求めるのも愚かなことか・・・?
「それは・・・桃太郎さんが置いてなさるのに、私ごときが差し出がましいことはできぬので」 さぎりはピシャリと言いました。
「ふわ・・・」 ふうたは呆然となりました。
「でも・・・とびすけが死んで一人ぼっちでおるんじゃね」 そう言ってみると、ふうたがちょっと可哀想になってきました。
「ふわ・・・」 また泣きそうになりました。
「待ちな」 さぎりは立ち上がると、折れて落ちたような木の枝を見つけ、ささくれだった片端でそばの地面を掘り始めました。
「何するん?」 ふうたが問いかけました。
「とびすけのお墓。このままじゃ可哀想じゃろ?」
「ふわ・・・」 ふうたは初めて『人』と接していることを実感してきました。
ふうたも一緒になって掘りました。桃太郎と浜で玉手箱を埋めた時とは全然心持ちが違います。
やがて、充分な深さの穴が掘り上がりました。さぎりはとびすけを抱え上げるとその中に納め、しばらく目を閉じて両手を合わせました。ふうたもわけがわからないまま真似をします。そして土をかぶせ、こんもりとした山にして少しばかり押し固めました。さぎりは少し太めの枝を探してきて座り込むと、小刀を出してその一面を削り始めました。
ふうたはそばでさぎりのすることを一心に見ています。やがて少しばかりの長さの平らな面が出来上がると、さぎりはそこに改めて「とびすけ」と文字を彫りつけました。そしてそれを墓標として土饅頭に立てました。最後に、手近の草花を取ってきて墓標のまわりを飾り付けます。
そして、改めて、さぎりは手を合わせました。今度は少し長めです。
桃太郎の話から、さぎりはしろとふうたととびすけは友達同志のように思っていたので、ふうたを目の前にすると、突き動かされるようにここまでしてしまいました。
「・・・ありがとうな」 ふうたは礼を言いました。どういうことなのかはよくわかりませんが、少なくともとびすけの体をしっかりと隠してくれたのは間違いがないようです。
「あんさんの名前、聞いてもいい?」 ふうたは問いかけました。
「私は、さぎり」
「これからどっか行くん?」
「京へ職務を果たしに行く」
さぎりは名前を聞かれたのと改めてそう答えたことで、自分の気持ちを再確認したような心地がしました。・・・サルに言われて?
「・・・ついて行ってもいい? ここにおっても一人やし・・・桃太郎は来てくれへんし・・・まさか、あんさんに桃太郎に来るように言いに戻ってもらうわけにもいかんし・・・」 ふうたは喋る相手ができそうとなってほとんど必死でした。
さぎりも、一人よりは面白い道中になりそうな気がしてきました。
「いいけど・・・寺とかで泊まる時は一緒にはおれんよ。京にも入れない」
「そんなん、わかってますて。京に行くん初めてやないんやから」 ふうたは元気いっぱいになってきました。
さぎりも思いました。その辺は桃太郎と同じようにすればいいのでしょう。
さぎりは立ち上がり、脇に置いていた村が用意してくれた真新しい編笠をかぶりました。
「来る?」
「行く!」
一人と一匹は北の『京』を目指して山道を歩き始めました。




