第126話 それぞれの答え
書物が出来上がったと聞いて、村の方々が続々と文庫の部屋までやって来られました。
桃太郎さんに最初に読んで頂いたあと、ご両親や保存会の方々がまず写しを何冊か作って下さいました。それを、集まって来られた方々にまわして行きます。それで、自分の家に持っておきたいと思えば、自分で写すのが村のしきたりでした。物語が村の誰もが知るまでには何日もかかることでしょう。それでも、中には興味のない方々もおられるのです。『竹取の姫の物語』さえ、中身を知らない方もおられるのですから。
私は今はもう村の大概の人々と顔見知りになり、誰もが道で気軽に声をかけて下さるようになっておりました。執筆中も、様々な方々がお菓子などの差し入れをして下さることも二度や三度ではなかったのでございます。さぎりは実に丁寧にそれらの応対をしてくれました。私は『物語』に集中することができたのでございます。
私は、ついにこの村での『用』も終わったように思い、いよいよ『身の振り方』を決めねばならないところに来たのだと心しておりました。さぎりもなんだかそわそわし出しています。
二つの物語の披露の騒がしさも落ち着いてきたある日の夕餉のことでございます。囲炉裏を囲みながら、お母様が突然、言われました。
「むらさきさんは、これでもうお帰りになられるんかのう?」
さぎりも、お父様も桃太郎さんも一斉にこちらを向かれます。私はいきなり決断を迫られたようでどぎまぎしました。
「あ・・・あのう・・・よろしければ・・・ご迷惑でなければ・・・このままこの村で余生を過ごしとうございます」
私は心していただけで、まともな言葉も用意できていないまま、心の内を吐露するかのように申し上げました。さぎりも含めて顔を見合わせられます。
「そうか。それはよかった」
思いもかけぬ言葉をお父様がおっしゃいました。私は「え」と驚いてお父様のお顔を見ました。
「実はのう、京での名のある作家さんじゃと聞いて、保存会の皆から一回でも二回でもええから自分らの出来を見てもらえんか聞いてみてくれと言われとるんじゃ。最近は自分らでも物語を書きよるみたいじゃからな。もしできるんなら指導役になってもらえんかと。自分らだけでは何がええのか悪いのか、も一つようわからんみたいなことを言うとった。わしはいずれお帰りになるんじゃろうから無理じゃろとは言うとったんじゃ」
「そんなお気持ちでおられようとはのう」 お母様も言われます。「そんなら、子供らを教えてもろうてもええなあ。タケがやっとったみたいに」
「まあ・・・」
私は測らずも終の暮らしが目の前に広がるような気がして、ようやく、終わったと息をつくのでした。
それでも、最後の最後に一つ、大仕事が残っているのでございます。
それは、今も政の中枢におられる藤原道長様への最後の私信を認めることでございます。
ただ・・・桃太郎さんとさぎりは何も言いませんでした。
翌朝、井戸端でさぎりがようやくそのことで声をかけてきました。
「本当に、京へはお戻りにならないのでございますか?」
「ええ。道長様は気に入った土地があれば、戻らずともよいと仰せ下さいましたわ」
「でもそれは・・・まさかここであるとはお思いになっておられないのではありませぬか?」
「それはそうでしょうね」
さぎりの言うことはもっともなことなのです。でも、そういうことを全て承知の上での決心なのでございます。なぜならば、私の心の奥深くが、この地を求めているから・・・としか言いようがないのでございます。
「さぎり・・・そなたは、私の最後の道長様宛ての文を持って、京へ帰りなさい。そして、『伝説の村』は民たちが平和に暮らす、決して侵してはならない地であると、自らも伝えてほしいのです」
「私は・・・式部様の帰路を万全にお守りすることが職務と思って参りました。それを、文だけをお守りしろと仰せになるのでございますか?」
さぎりに怖い顔をされると、私の決心も萎えてしまいそうですが・・・。
「文だけではありません。村のお許しをいただければ、今回の物語二編も、道長様にお届けしたく思います。その文と物語に、私の全てを託すのです」
その言葉で、さぎりは納得したようでした。さりながら、何かの戸惑いを見せるかのように言いました。
「道長様にお届けしました暁には・・・もしかしたら、私は戻ってくるかも知れませぬ」
「まあ、どうして?」 私は思わず問いかけました。この村に接して、さぎりなりに思うところがあるのかも知れません。全く、気づくことはできませんでしたが。
「私がお守りすべきは、『京』なのか・・・それとも、他にあるのか。式部様が残られると仰せになり、本当に残られたこの日々、私には何だかよくわからない迷いのようなものがございました」
「お父様の跡を継がれるのでは?」
「名跡を継げば、一介の武人以上の者にはなれましょう。しかし、それは『京』あればこそのこと。この村を見ておりますと、『京』とは・・・『内裏』とは何なのかという思いが渦巻くのでございます。もしかして、ここは・・・」と、あたりを見渡します。「その内裏の思惑から守らねばならぬ所ではないのか・・・」
私は、はっと胸を突かれる思いが致しました。執筆の合間に読ませて頂いた『竹取の姫の物語』の裏側を書いた『実録書』───。そこにも、この村に寝返った・・・いえ、この村を護る側となって京と戦った武人たちがいたことが記されていたのです。確かに内裏の機密文書にも、戻って来なかった武人たちのことが───。
「そなたにも、そなた自身で答えねばならない問いがあるのですね」
私は、人をそのような気持ちにさせてしまうこの村のことが、ある種、極楽浄土が具現化した別世界なのではないかと思えてきました。そして道長様こそ、ご自身の目でこの村をご覧になるべきではないのか、という思いが湧いてくるのを止めることはできませんでした。もしここが真に極楽浄土であるならば、道長様といえどもどうにもできないのかも知れません。『かぐや姫』が護り、あの大地震すらも知ることのない村なのですから。
しかし、『帝』を戴く形である以上、政を行う道長様にそんなお言葉を投げかけるなど許されることではないのでございます。文などでただ『禁断の地』ということをお伝えするのみ。亡き帝のご遺言をぜひともこれからもお守りくださいまし、と。
しかし、それこそ、道長様や内裏の御役の皆様ご自身でお答えを出されることなのでございましょう。帝の御意向と合わせつつ───。




