第1話・できることを精一杯に~それでも足りない焦燥感に~
第2章 冒険の準備は痛みを伴い
第1話・できることを精一杯に~それでも足りない焦燥感に~
アインは機能訓練として、左目の失明による不自由を少しでも軽減するために、本当に色々なことに取り組んでいた。
その中の一つが文字の読み書き。
いや、読む方に関してはそれほど問題はなかったので、もっぱら書き取りの方か……
身体的な訓練の隙間を縫うように、指先で何とか感覚を掴もうと細かな作業も繰り返し、インク壺に羽ペンを入れる動作、余分なインクが垂れないように落とし、紙にゆっくりと、丁寧に文字を書く練習をしていた。
元々、まだ子供らしいたどたどしさがあったのに、左目が見えなくなった影響で元と同じ大きさで文字を書こうとすると線が変に重なって謎文字になってしまう。
そのことに半泣きになって悩んでいたアインに対し、インスが書きやすい大きさにしてよい、と告げた。
一文字のサイズを大きくすると、一枚の紙に書ける文字数は大幅に減少してしまう。
けれど、大きく書けばちゃんと読める文字にすることはできたので、そこから少しずつ、サイズを小さくしていって、元々よりも二回りほど大きい程度にまでは縮小化できた。
しかも……
「……まさか、書き取りの練習で反省文と例の魔法式を書いていたとはな……」
「……退院してからでよいと言っておいたんだが……時間が取れない可能性があるからだろう……」
アインが何を書いているのかを、相談を受けた際に目にしたインスがシリウムに報告し、それをチェスパスも聞いて二人して溜め息を吐く。
アインには、指導者・監督者不在下での許可のない魔法の使用という、見習いが犯してはならない違反行為に対する反省文の提出が公式罰として伝えられていた。
それと、魔族に憑りつかれていた皇宮呪師長、キプラによって監禁され、約三日に及ぶ絶食と絶水で瀕死の状態に陥っていたインスに、咄嗟にかけた応急処置の魔法の構成式を出して欲しい、とも。
極度の脱水症状者に対して、全身にゆっくりとしみ込むように水分を浸透させる魔法で、水分量、吸収速度、温度などがすべて最適化され、しかも術者が意識を失っていても十分な水分量の回復が成されるまで自動的に維持される。
これだけでも画期的であるのに、全身に効果を及ぼしていながら、他の魔法や治療の妨げに一切ならない、という点も素晴らしい。
ただ、見者で、しかも莫大な保有魔力量を持つアインにしか使えないのでは意味がないので、まずは魔法式が分かるなら出してくれ、と頼んだ程度。
それを聞いて、真面目なアインは書き取りの練習を兼ねて反省文と、思い出せる限りの魔法式と、更に改善案までしっかり書いて提出してきたのだった。
そして、まだまだ完治とはいかない状態ではあったが、インスとアインの退院が決まり、同時にアインの野営訓練が二日後から開始されることになる。
休息と準備に使える時間があまりない中、アインは呪師寮に戻るとすぐに神殿の奥向きに近い図書殿に行きたいと同室の兄弟子であるペルフィー=プリメーシャスに頼んだ。
黄色いメッシュが入った銀髪と濃いピンクの目をした二十一歳の医呪神官見習いは、ちょっと困った顔をする。
「いいけど……休まなくて大丈夫か? それに、俺も授業があるから、ずっとは付いていてやれないぞ?」
「はい……。でも、調べておきたいことがあって……ダメ、ですか……?」
体調などを心配して確認して来たペルフィーに、アインは理由を伝え、遠慮がちに希望を繰り返す。
「ダメじゃない。でも、一人になって大丈夫か?」
「それは……頑張ります……それに、本を見るだけです……」
左目を失明しているアインは、いまだに一人では歩行にも不安がある。
だから、寮の部屋から図書殿まで、一人で移動するのは難しい。
それに、図書殿は広く、蔵書量も膨大。
調べたいことというのが多岐に亘る場合、図書殿内でもかなり移動しなければいけないだろう。
もちろん、司書もいるが、広大な図書殿の隅々を把握し続けることはできないし、ずっとアインに付いていてもらうことも不可能だ。
そうは言っても、アインが事前にいろいろと調べたいと思うのも分かるので、結局ペルフィーは授業前にアインを図書殿に連れて行き、授業が終わったら迎えに来る旨を伝える。
「はい……ありがとうございます……」
「おう。あんまり無理はするなよ? またあとでな」
そう言って授業に急ぐペルフィーを見送って、アインは図書殿のある一角に向かってゆっくりと歩き始めた。
アインが調べようと思っているのは、野営訓練が行われる皇都東の森の生態系。
どんな動物がいて、どんな植物があって、それらはどの季節に、どういったところで見られるのか?
危険はあるのか、ないのか。
できれば、その後ほぼ同行が決定されている、西方のことも調べたいが……
(……時間、足りるかな……)
ちょっと不安に思いながらも、アインは次々に本を取りだし、読み耽る。
季節柄、やはり動物の多くは冬眠中の可能性が高いこと。
植物もあまり多くは見られないことなどを確かめ、注意すべき点をどんどん覚えていく。
「……シェーヴォ……」
そして、この季節に手に入る甘い木の実の記述を見つけて首を傾げた。
(……似たの、あったような……?)
記述によると、冬至の大祭である聖木祭の飾りにも使われている、とある。
赤く、甘い冬の木の実は女神の贈物と言われているらしい。
アインはちょっと首を傾げて、読み終えた本を閉じ、棚に戻す。
それから、気になったことを確かめようと本を探す。
「……ない……?」
けれど、手の届く範囲にそれを見つけられなくて、上の方を見上げた。
図書殿の書棚は倒れてこないようにがっちりと天井と床に固定されている。
その、天井付近にまでぎっしりと本が詰まっていて、高いところの本を取るには可動式のはしごを使って登る必要があった。
棚はかなりの幅があるので、上の方の本は下から見上げても全く見えない。
仕方なく、アインははしごを登って上段にどんな本があるのかを確かめることにした。
第2章第1話をお読みいただきありがとうございます。
今回からは野営訓練に向けた準備のお話です。
不自由な体で懸命に書き取りの練習をするアインの真面目さ(と規格外の行動)に和みつつも、少しでも皆の役に立とうと図書殿で事前調査に没頭する姿が健気ですね。
気になる木の実についてさらに調べようとするアインですが、どうやら手の届く範囲には目当ての本が見当たらないようで?
次回もお楽しみに!
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