第5話・想定以上の結果に慄き~心から無事を祈って~
第1章 死出の旅路に生存の術を
第5話・想定以上の結果に慄き~心から無事を祈って~
アインに対して医学を学ばせる許可はあっさりと出た。
神殿側はもちろん、皇宮側も、果ては皇城の最上層部も、皆理解しているのだ。
ジャンヌが望む、バルバ島への遠征が、いかに無謀なものでしかないのかを。
それでも、呪いをかけられた本人であるジョンが遠回しに止めようとしても、全く考えを変えようとしないジャンヌを止めるのは無理。
よって、大人たちにできることはあらゆる可能性を考慮した手を打っておくことだけ。
その結果……
「おかしいだろうっ!!」
頭を掻き毟るようにしてがなるシリウムの声が、医務殿実技棟に響いたのは詰め込み教育が始まった翌日の夕方だった。
「ごっ……ごめ、なさ……っ……」
「アイン君は何も悪くないですよ?」
「で……でも……っ」
びくりと身を竦ませ、謝罪を口にしたアインをよしよしと宥めて、にこやかにインスは言う。
けれど、頭を抱えて唸るシリウムを前に、オロオロと狼狽えるアインは半泣きになって周囲の大人たちの顔色を窺った。
「……………」
シリウムの他に、チェスパスもこの場には居て、騒いではいないが無の境地。
その、何か悟りを得たかのような表情と静けさにも怯えて、アインはぎゅっとインスに抱き着いた。
「……教皇猊下はインスに何をどれだけ教え込んだんだ……普通に医者として生計を立てられるだけの技術と知識を持っていやがる……それより分からないのはアインだ……な・ん・でっ! 一度の講義で全部完璧に再現できるんだよっ!!」
話して、見せて、試しにやらせたら、完璧な再現度。
確かに、事前に講義資料となる教本は渡してある。
真面目なアインが機能訓練の隙間を縫うように読み込んでいたのも知っている。
一緒にインスが復習がてらアインの疑問に答えて解説していたことも……
その時点である程度の予測はできていた。
初心者の疑問に答え、分かりやすく解説できる程度にはインスの知識はしっかりしたものである、と。
同時に、子供に理解できる範囲での解説を聞いたアインが、それなり以上には理解したであろう、と。
だからと言って、一度やって見せただけの『技術』の部分を、どうして完全再現できるんだ。
天才、という言葉が存在するが、アインは天才ではない。
むしろ天災……理解の範疇を越えている、という意味では怪物。
「いいじゃないですか。私も、アイン君も、万が一の場合は物理的な医療処置ができると分かったんですから」
いまだに頭を抱えて何やらぶつぶつと言っているシリウムに、若干呆れた視線を向けたインスの言う通り、万が一の場合の救命処置が可能であるのは分かった。
「それはその通りなのだがな……」
何かの悟りを開いているチェスパスが静かに同意する。
いや、悟ってはいるようだが目は濁って暗い。
その、感情が抜け落ちた眼差しでアインを見た。
びくりと肩を跳ね上げたアインを、インスが宥めるように撫でる。
「……アイン。お前は、自分が何をどこまで学んでいるかを他の者には絶対に言うな」
「……え……? はい……?」
その様子も目に入っていないのか、完全に抑揚の消えた声音で告げるチェスパスに、首を傾げながらも素直に頷く。
普通の者が、数年がかりで学び、さらに数年かけて習熟していくはずの技術を、たった一度の講義で完全再現して見せて、何度繰り返させても問題がない、だなどと……現在医学を専攻している者たちが知ったら何が起きるか分からない。
医学に関してだけこの理解力、と言う訳ではないのであろうという予測もあって……
((……手に余る、なんてものではないぞ……!!??))
頭を抱えるシリウムと、無になっているチェスパスは図らずも内心で同じ言葉を叫んでいた。
「医学なんて、日進月歩で常に変化し続けている分野じゃないですか……今の時点でどれだけ知識を詰め込もうと、技術を磨こうと、終わりなんてないのですから、騒ぐようなことでもないでしょう?」
あっさりというインスの、その気軽さが恨めしい。
「「そういう問題ではない」」
声が重なる医呪神官二人を前に、アインはキュッと首を縮めるようにして怯え、インスは軽く肩を竦める。
「それに、実際に必要になる時というのは、こんなしっかりと設備が揃った安全な場所ではないのですから、ここでどれだけ巧くできたところであまり意味はないと思いますけれど?」
「「それも、そう」」
インスの言う通りではあるので、二人とも深く頷く。
「だがな、だからと言って、ここでこれだけできていて、現場で何もできん、ということもないだろう」
「……それ以前の問題で、ここでこれだけできるのも異常だという話だ……」
漸く、多少は落ち着いたのか、溜め息を吐いたシリウムが言えば、後を継いでチェスパスも言葉を足す。
びくり、とアインが大きく震え、不安そうに二人の様子を窺う。
「ああ……それが悪いと言う訳ではない。むしろ、想定以上に良い結果と言える」
「正直、本気でアインはここに残しておいて、徹底的に仕込みたいぐらいなんだがな……」
「それができるなら、私だってそうしたいですよ……」
三者三様、言い合って、溜め息を吐く。
けれど、今回アインに指導する許可が下りたのは、皇女殿下の無謀な我儘に付き合うため。
当然、アインがここに残ることはできない。
「よし、アイン」
「は……はいっ」
気持ちを切り替えて、シリウムが改めて呼び掛ければ、ちょっと跳ねるような驚きを見せてアインも返事をする。
「……帰ってきたら、改めて、今度はもっと時間をかけて色々と教えてやる……」
「……ぇ……」
真顔になったシリウムの、静かな声に目を丸くする。
「……だから、ちゃんと、無事に戻ってこい……いいな?」
「……っ!? ……っ。はい……」
思いもかけない言葉に、一瞬息を飲んで……目に涙を溜めたアインは、それでも微かに笑って頷いた。
第1章第5話をお読みいただきありがとうございます。
少しでも生存率を上げるために始まった医学の習得。
しかし、アインが見せたのは大人たちを戦慄させるほどの異常な理解力でした。
頭を掻き毟って絶叫するシリウムと、無の境地に至って静かに忠告するチェスパスの反応から、アインの規格外な異常性がはっきりと突きつけられます。
遠征への同行という過酷な現実が迫る中、シリウムがアインにかけた「帰ってきたら、もっと教えてやる」という言葉の温かさ。
果たして彼らは無事に帰ってこられるのか……?
次回もお楽しみに!
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