第5話・小さい(?)けれども大切な~命の保証はできかねます~
第7章 重い事実とあたたかな
第5話・小さい(?)けれども大切な~命の保証はできかねます~
主神殿医務殿内にある病室で、二人の男が真っ向から睨みあっていた。
白い寝衣に身を包み、ベッドに半身を起こして座っているのは皇宮呪師のインス。
対して、そのベッド脇に立って鋭い眼光で睨みつけているのは、この主神殿医務殿の総括を務める医呪神官長のシリウム。
「絶対に、嫌です」
「絶対に、ダメだ」
「嫌なものは嫌です」
「ダメなものはダメだ」
ひたすら嫌だと駄々をこねるインスに、ひたすらダメだと睨むシリウムが何を言い合っているかと言えば……
「ステールさんの作る食事は一切口にしたくありません!」
「他に作れる奴がいない以上、野営になればステールが作るしかないだろうが!」
「ゾナール神官長は知らないからそんなことが言えるんです! ステールさんの作る料理が料理と呼べない代物だって!」
「そうだとしても死にたくなければ食うしかないだろう!」
いよいよ、皇孫皇女を止めきれないと判断した皇帝陛下が出発の日にちを指定してきた。
そうなると、途中、町や村に立ち寄ることができれば食事や宿も取れるだろうが、当然、野営になることもある。
特に、聖皇国の西は不毛の大地とも呼ばれる危険地帯。
目的地であるバルバ島までの間には、途中、二か所も難所となる魔の森がある。
魔の森の中に村などがあるはずもなく、そこを通過しきるまでの間は、必然的に野営することになるだろう。
そうなると、食事は持ち込んだ携帯糧食か野営料理となり……
「インスやアインは体力不足。ファン卿やジャネット皇女に料理などできるはずもなし。クロードは聞いた話によると壊滅的。なら、必然的に騎士団で下積み経験もあるステールを中心に、孤児院育ちのリオンが手伝うことになるのは分かり切っているだろうが!!」
「あんな雑な『どろしお』や毒入りスープを食べさせられるくらいなら携帯糧食の方がまだマシです!!」
正論を解くシリウムと、力いっぱい反論するインスのやり取りを、部屋の片隅で小さくなっているステールが胃を押さえながら聞かされていた。
「そんなこと言って、野営訓練の最終日の夜にステールが別鍋で作っていたアイン用のスープをミルク入りのパナードにしてお前も食ったんだろう?」
「知りませんよ。アイン君が指示をして、ずいぶん手を入れたらしいとは聞いていますけれど……」
ぷいっと、そっぽを向くインスに溜め息を吐いて、シリウムはぎろりとステールを睨む。
「……どうしてくれるんだ? インスの体重もギリギリで、体力もギリギリで、死なせないためには食わせなきゃいけないのに、お前のせいで死んでも食いそうにないぞ?」
「……申し訳ありません……」
言われたところでそうとしか返せない。
いや、最終手段として、力づくで押さえ込んで口の中に突っ込むことはできるが、それをやると最悪、舌を噛んで死にそうなくらいには今のインスはステールが作る料理を嫌悪している。
嫌悪というよりは恐怖している、と言うべきか……
それもこれも、野営訓練の最終日の夕食でトギなんて言う猛毒を間違えて入れたスープを、問答無用で口の中に突っ込んでしまったせい。
一切の弁明のしようもなくて、ひたすら小さくなって謝罪するしかない。
「……分かった……」
様子に、溜め息を漏らしたシリウムはおもむろにそういうと、再びステールを見据えた。
「ステールとリオンしか作業できる者はいないんだ。そこは変えられない……だから……」
続けられた言葉に、言われたステールだけではなく、インスも軽く目を見張る。
「料理の手順はインスとアインに指示させろ。お前たちはそこから一切外れることなく、指示通りに作業しろ……それならインスも大人しく食うだろう」
「……それは……」
「……確かに……?」
目の前で、自分の指示した通りに作っていることを確認できていれば。
あるいは、インスと同等には専門知識を持っていると思われるアインの監督のもとに作られたものであれば。
ステールが素人判断でなにを入れたかもわからない、おいしくもないシロモノよりは安心して口にできることに間違いはない。
若干、プライドが傷つかないわけでもないステールだが……
「……それとも、こいつが断固拒否して弱って死んでいくのを見たいのか?」
「! いえ……」
眼光鋭く睨むシリウムに、きっぱりと返す。
己の、ちっぽけなプライドが引き起こした大惨事の結果が、今、ここで寝衣を纏ってベッドにいるインスなのだと思えば、そんなもので命を危うくさせるわけにはいかないと言い切れる。
「……なら、リオンにも最初にきっちり言い聞かせて、理解させておけ。さもないと、今度はリオンが同じ轍を踏むぞ?」
「「……っ……!?」」
それは同時に、リオンがジャンヌに毒入りの何かを差し出してしまう危険性。
「分かりました。必ず……」
「お前も、それでいいだろう?」
キリっと、表情を引き締めたステールに頷いて、シリウムはインスに視線を戻す。
「……分かりました……」
それならば……と、インスも不承不承、承諾して……
こうして、極秘討伐隊の旅路の、食の安全が担保されることになったのだった。
第7章第5話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、医務殿の病室でインスとシリウムが激しく睨み合うお話です。
間近に迫る過酷な遠征。
野営時の食事担当がステールとリオンになることに対し、野営訓練でのトラウマから断固としてステールの料理を拒絶して駄々をこねるインス。
大惨事の反省を踏まえたステールの決意と、過酷な旅路における食事問題。
互いに一歩も譲らない状況の中、シリウムが出した妥協案は?
次回もお楽しみに!
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