第1話・曾祖父と曾孫の対話は~比べることの無意味さを知り~
第7章 重い事実とあたたかな
第1話・曾祖父と曾孫の対話は~比べることの無意味さを知り~
神官呪師学校で修業中のシプラ=ペンティスが、曾祖父である元皇宮呪師長キプラ=ペンティスとの面会を許可されたのは、アインが野営訓練に出発した日の午後だった。
そうは言っても、アインが『野営訓練』に参加していることを知る者は呪師寮の生徒たちの中にはなく、その姿が見えないことを気にする者もいない。
何しろ、アインは以前から神殿と皇宮を行き来して個別で授業を受けていたし、そのスケジュールも早朝から深夜までというハードなものだったので、普通に呪師寮で生活している者たちとは生活リズムが違い過ぎた。
しかも、保護されて一か月ほどの間だけで、すぐに医務殿で長期にわたる入院生活となったため、実際にきちんと向き合ったことがある者は同室の兄弟子であるペルフィー=プリメーシャスくらい。
ただ、幼い子供が、特例で入学を許可され、個別で授業を受けている、ということ自体は知られているので、入学年齢に満たない子供がいればそれがアイン、という認識だけ。
皇宮呪師長の座を退き、呪師ではない、ただの神官として余生を過ごすことを決めたキプラの居室は、質素ながらも清潔感が保たれ、けして冷遇されている様子はなかった。
「……ひいお爺様……。シプラです……」
そのことに、少しだけ安心して、シプラは曾祖父に挨拶する。
「……シプラ? ……大きくなったな……五年ぶりくらいか……」
若いころの自分や、息子によく似た青年に、キプラは目を細めて微笑む。
白い、質素ながらも清潔な見習い神官の貫頭衣を纏ったキプラは、昨年暮れごろまでの若々しさを失い、一気に十は老け込んだような外見に代わってしまっている。
いや、実年齢から考えれば、それでもまだかなりの若々しさを保っているのだが、ほんの二か月ほどで一気に老け込んだ様子なのは正直異常だ。
「……っ……」
最後に会った時から確かに五年ほど。
その頃はまだ、五十代中頃の外見を保っていた曾祖父が、急に六十代中頃を過ぎたような外見になってしまっていて、シプラの目が少し潤んだ。
(……それもこれも、アインがひいお爺様を襲ったせいだ……!)
ぎりっと、唇を噛みしめ、言葉に詰まるシプラを、じっと見つめるキプラの眼差しは酷く穏やかで優しい。
「……そうか……お前は、神官呪師を目指したのか……苦労しているのではないか……?」
「っ!? そ、んな……こと……っ。俺は……!」
神官呪師見習いのグレーの制服姿のシプラを見て、深く頷くキプラに、反射で声を上げかけたシプラの目から、堪えきれずに涙が零れ落ちる。
様子に、キプラは軽く、目を見開いた。
「……ひいお爺様が……っ。元に……っ」
「……シプラ……まさか……」
声を絞り出したシプラの言葉に、キプラは息を飲んで絶句した。
ペンティス家は、皇宮呪師の名門だ。
だから、神官呪師を目指す者はこれまでほぼいなかった。
皆無ではないし、そちらの道を選んで後悔したものも……記録上は存在しない。
ただ、どちらにしろ、向いているわけではないので、習得にはかなりの努力が必要になる。
それでも神官呪師を目指した過去の一族は、それぞれに、どうしても神官呪師の魔法を身につけたい理由があったから。
そして、その前例があったからこそ、シプラが神官呪師学校の方に進むことを、家族も否定せずに許した。
シプラの言葉から、シプラが向いてもいない神官呪師を目指したのが、自分のためだったのだろうと気付いたキプラは言葉もなくシプラを見つめる。
「……なのに……どう、して……っ」
泣き崩れたシプラが、心の中に溜まりに溜まった疑問を吐き出す。
「あんな……ガキに、ひいお爺様が……っ!」
「黙りなさい」
「……っ!?」
その途端、それまでとは打って変わって、厳しい口調でぴしゃりと窘められて、シプラは驚いて顔を上げた。
「あの子を悪く言うことは許さん」
「っ!? どうしてっ!! あのガキのせいで! ひいお爺様は皇宮呪師長を……っ!」
「違う」
「っ。何が違うというのですかっ!!」
声を荒げるシプラを真っ直ぐに見つめたまま、厳しい表情を崩さないキプラは、その問いかけに沈黙で返す。
「っ! ……ひいお爺様……っ!!」
「……覚悟はあるか……?」
「……え……?」
問い詰めるように呼び掛けたシプラに、キプラは重々しい口調でそう問うた。
一体何を言っているのかと、シプラは一瞬混乱する。
けれど……
「……っ。もちろんです……」
きっぱりと、真っ直ぐに目を見て返して来たシプラに、キプラはほんの僅か、目を眇め、シプラの眼差しを射抜く。
(……全く足りていないな……だが……)
それも、致し方のないこと。
まだ、子供と言える年齢の曾孫に、何も説明せずに覚悟を問うたところで、そう返してくるのは分かり切っている。
若い、というよりも青すぎる。
この曾孫と、ほんの一歳……実質、数か月しか変わらない年齢のインスの方がよほどよく見えていた。
(……それも、私や、かつての皇宮呪師学校の教員たちの責任か……彼の親族らも問題ではあったが……)
生まれる前から命を狙われ、幼くして母を亡くし、兄姉らからも腫物扱い……
インスが年齢以上に成熟しているというか、達観しているのは、彼のこれまでの苦労の証明だなと、シプラを見て思い至る。
(……その、まだ子供ともいえる青年に、私は無理難題を強いていたわけだ……)
実際にはキプラの意思で行われたことではない。
けれど、間違いなくキプラが命じた采配。
それを、否定することはできない。
「……ならば、教えてやろう……」
真っ直ぐに自身を見る曾孫に、自分も大概、変わらないかもしれないと思いつつ、キプラはゆっくりと語り始めた。
第7章第1話をお読みいただきありがとうございます。
引退して神官となった元・皇宮呪師長キプラと、面会に訪れた曾孫のシプラの対話です。
変わり果てた姿の曽祖父・キプラを想うがゆえにアインを非難するシプラですが、キプラはアインを悪く言うことを決して許しません。
真実を知るための覚悟を問われたシプラ。
果たして、二人の対話はどうなるのか……?
次回もお楽しみに!
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