第5話・医務殿に轟く怒声~魂に刻み込む~
第6章 油断が齎す最悪の
第5話・医務殿に轟く怒声~魂に刻み込む~
早朝。漸く朝日が世界を照らし出した頃。
「お前は何をやらかしているんだ!!」
「申し訳ありませんっ!」
皇都・アンシェの主神殿。
医務殿に駆け込んできた二騎の護衛官と呪師とを迎え入れた直後、急患の知らせに総括である医呪神官長、シリウム=ゾナールの本気の怒声が響き渡った。
「……っ……!!!!!??????」
「……………」
あまりの声に、クロードに抱かれて眠っていたアインが跳ねるようにして目を覚まし、落ちそうになるのを無言で抱き止める。
「………ぁ………」
驚きで大きく目を見開いたアインは、辺りの情景から現在位置を理解し、青ざめて小さく吐息を零した。
ステールが夕食用にと作ったスープに、辛みを足すカジャの実と間違えて猛毒であるトギの実を入れてしまい、それを味見として口の中に突っ込まれたインスが中毒で倒れたあと。
アインの的確な指示で応急処置が施され、更に薬膳スープで症状を緩和した結果、意思疎通がかろうじて可能になったインスがアインに食事をさせろと言い出し……
インスにもミルク入りのパナードを食べさせて、すっかり疲れ切ってしまったアインと二人、気絶するように眠ったのは夜もだいぶん更けたころ。
流石に夜間の移動は危険すぎるため、夜明けを待って大急ぎで皇都に帰還した。
医務殿の緊急処置室では、ベッドに横たえられたインスへの処置がすでに始まっていて、指示を出しながら何がどうしてこうなった? を問いかけたシリウムに、ステールがトギ入りスープを味見させた、と答えたところ。
護衛官が護衛対象である呪師に毒を盛った、などというありえない報告にシリウムが怒髪天を突くのは当然。
更に、クロードとステールはインスに言われるまで気づかなかったが、万が一、アインが口にしていれば即死であったことにも即座に思い至っていた。
「インスも! アインも! 専門知識を! 持っている! その! 二人が! 知識の! 裏付けを持って! 提案したものを! 素人判断で! 使うな! バカ者がっ!!」
「仰る通りですっ!!」
一言一言を区切ったシリウムの言う通り、そもそもカジャを入れることを提案したアインと、その後押しをしたインスは専門的な知識を持っている。
それを、よく知りもしない人間が、多分これだな……で自然物を採取して使えば何が起きるか分からないのは自明の理。
むしろ、使用前に確認するべきだし、問答無用で口に突っ込んで味見させるなど、ありえない。
逐一、その通りです! と返すステールは直立不動の体勢。
平均よりも大きな体を小さくし、けれども姿勢を崩すことなく受け止めている。
「全く……それで? トギの入ったスープなんぞを突っ込まれて、今の今まで生きているのはちゃんとした処置がされたからだろう?」
「……胃の内容物に毒性はありません。体内にはまだ多少影響が残っているようですが、既に命の危機は脱しています……」
溜め息を一つ。
検査技師に視線を向けたシリウムに応えて、専門の神官呪師が伝えると、一つ頷く。
野営訓練に参加した中で、応急処置の仕方を知っていて、実際に処置できたのはただ一人。
「なるほど……事前に詰め込んだ知識が役に立ったようだな……咄嗟に動けるのなら、上出来だ」
上出来どころか完璧ではあるのだが、他の者がいる手前、あまり大っぴらに褒めるわけにもいかない。
実際、退院直前の詰め込みにトギ中毒の対処法はなかった。
なのに、事前に独自で知識を仕入れていたことと、何より緊急時に対応をして見せたことに対しては正直驚愕している。
(つまり、退院してから、実際に野営訓練に出発するまでの間に、必要になりそうな情報を考え、確認し、実際の現場で検証までして見せた、と言う訳だ……)
野営訓練への参加として考えれば成功と言えるだろう。
代償も大きいが……
(……出発は……早ければ月内か……インスの体力が戻ればいいが……)
頭の痛い状況を作ってくれたものだ。
「……ごめんなさい……」
「「「「「………は………?」」」」」
またも溜め息を吐いたシリウムは、処置に当たっている神官たちも含めて……震える声の謝罪に呆気に取られて目を丸くした。
「……ぼ、ぼく……が、ちゃんと……いわな、かた……から……っ」
「違うだろうが」
しゃくりあげるアインを見て、シリウムは真顔で言い切る。
「さっき、ステールにも言ったが、よく知りもしないものを不用意に使い、しかも無理やり口の中に突っ込む方が悪い。仮に、お前が見分け方を伝えておいたとしても、何らかやらかしたことに違いはない」
憮然とした表情で言うシリウムは手で処置を続けるように命じ、ハッとして手が止まってしまっていた神官たちが処置を再開した。
まだ青い顔をしたインスは、毒でがっつりと体力を削られ、多少回復したとはいえ、騎馬で皇都まで運ばれたことでまた体力を消耗し、ぐったりとして意識はないまま。
それでも、体内の毒の濃度は危険値を下回り、しばらくすれば完全に排出も完了すると思われる。
問題は、この一連の事故で落ちた体力の回復が、今にも出奔しそうな皇孫皇女を留めている間に間に合うか、ということ。
流石に、自力では動けない状態の者を同行させるのは無理だし、かといって皇孫皇女の出奔を許すわけにもいかない。
そちらも問題だが、どうもアインの様子がおかしすぎることも気になる。
(……まるで自分が毒を盛ったとでも思っていそうだが、実際のところ、単なるステールの誤用だ……アインがいなければインスがカジャを加える事を提案し、同じ状態になって、命を落としていた可能性が高い……何より…)
「自然物の危険性など、誰もが知っていることだ。素人判断がいかに危険であるかをこの訓練で骨の髄まで理解させたのだから、及第点だろう……万が一、この先予想される遠征で、皇女殿下の口に入るような事態になれば……」
「「「…………っ…………!!!!????」」」
ぼそりと呟くように言ったシリウムの言葉にゾッとする。
確かに、もし、万が一、討伐隊の一員として参加するステールが、素人判断で猛毒となるようなものを加えてしまい、皇孫皇女であり女神の巫女であるジャンヌの口に入るような事態になったら大問題だ。
助かればいい、という話には決してならない。
そんな危険物を生成し、提供すること自体が大罪となる。
(もう! 二度と! 絶対に! 知らないものは使わないっ!!)
真っ青になったステールが、強く強く決意したのは……至極当然のことと言えた。
第6章第5話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、早朝の医務殿に駆け込んだ一行と、そこで響き渡るシリウムの特大の雷から始まります。
素人判断で取り返しのつかない事態を引き起こしたステールに対する容赦ない叱責と、事の重大さに改めて青ざめるステール。
一方で、自分が危険性を伝えていなかったからだと泣いて謝るアイン。
果たして、未だ目を覚まさないインスはどうなるのか……?
次回もお楽しみに!
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