第1話・赤い木の実の呪い~よかれと思ったその結果~
※本章には、突発的で深刻な体調悪化と、それに伴う緊迫した救命・医療描写が含まれます。
ご不安を感じる方は、ご注意の上お読みください。
第6章 油断が齎す最悪の
第1話・赤い木の実の呪い~よかれと思ったその結果~
天幕の外から聞こえてくるステールの機嫌よさそうな鼻歌と、恐らく夕食用であろうスープの香りにインスはゆっくりと目を開いた。
「……ずいぶんと、機嫌がよさそうですね……」
「……ずっと、歌ってる……」
寝起きで、まだぼんやりしたまま呟くと、背後から低い声が聞こえてきた。
「……ああ。そういえば……ありがとうございます。おかげで、ゆっくり休めました」
「……いや……無理はするな……」
クロードにもたれかかって、その体温に温めて貰っていたことを思いだしたインスが礼を告げれば、大したことではないと言葉少なに返される。
少し苦笑して、インスは自身の腕の中でまだ健やかな寝息を立てているアインをそっと、クロードに預ける。
「……今から行って、間に合うかは分かりませんが……きっと、手を抜いているでしょうからね……様子を見てきます」
アイン君をお願いしますね。
言われて頷きで返したクロードを残して、インスは一足先に天幕を出た。
「ふふふ~ん。ふふ~ん……」
見ると、調理用の焚火には鍋が二つ。
熱気を上げていて、そのうちの片方にステールがプチプチと赤い実を潰して入れていた。
「……うるさいですよ。下手な鼻歌なんか歌って……アイン君が起きてしまいます」
「お! 起きたのか!!」
わざと少し咎めるように眉を顰めて言ってやっても、ご機嫌なステールは一切気にせず笑顔で赤い実を入れた鍋をかきまぜ、少しだけ器に取り分ける。
「今夜のスープは昨日とは違うぞ! 雪下草と寒球草も加えて、あの赤い実もこっちの鍋には入れたところだ! ほら! 味、みてみろよ!!」
「ちょっ……!? ステールさん!?」
歩み寄ってきたインスが鍋の中を見るより早く、器に取り分けた分をスプーンに掬ってインスの口に突っ込む。
「……んぐ……っ!!??」
まだ熱いスープを、問答無用で突っ込まれたインスは反射でごくりと飲み込み……
「どうだ? うまくできてるか!?」
「………………」
満面の笑みで問いかけるステールの前で沈黙する。
「………? インス?」
動きを止めたインスの顔から血の気が引いて、だらだらと汗を流すのを目にしたステールが困惑したように声をかけた瞬間。
「……ぅ……ぐっ……」
「は? えっ? ……おい! インス!?」
喉を掻き毟るように悶えたインスが顔を歪め、その場に崩れ落ちる。
いきなり何が起きたのか分からなくて、慌ててステールはインスを抱き起こした。
「あ……っ。が……っ……あ゛あ゛……っ!!」
「インス!? どうした!?」
苦悶の声を上げ、激しい痙攣と共に泡を吐くインスの様子に頭が真っ白になる。
意味もなく声を上げ、問いを投げるが、到底返事ができる状態ではないのは分かっていた。
(何が起こった!? インスは昼寝から起きて来たばかりで……)
直前まで何の異変もなかったというのに、いきなり苦しみだした理由が……
「……ま、さか……」
思い出す。
インスが倒れる直前に、自分が何をしたのかを。
「……ど、く……?」
「インスさまっ!?」
囁きのような音が唇から零れ落ちるのをかき消すように、アインの、悲鳴のような声が響く。
転がるように……いや、四つん這いで、実際に半ば転がって駆けつけたアインが真っ青な顔でインスの様子と、ステールと、焚火にかけられた鍋と……今は使わなかった材料を見る。
「……っ……!!??」
その瞳が大きく見開かれ、一度、息を飲んだ。
「っ。ステール様! インス様を背中側から抱いて、胃を圧迫して口にしたものを全部吐かせてください! クロード! お水!!」
「っ!!?? わ、分かった!!」
「…………!」
次の瞬間、顔つきを変えたアインの放つ鋭い声に、慌ててステールはインスを抱き起こし、若干震える腕で胃を圧迫する。
「……ぅ……ぐ……っ……」
だが、インスは苦し気に呻くだけで吐き出す様子がなくて、焦ったところにクロードがコップに入れた水を持ってきた。
二人に指示を出してすぐ、近くの茂みに転がって行ったアインが戻ってきて、手にした小粒の赤い木の実をぐしゃりと握りつぶしてコップの水に入れる。
「……ナーテ……? 苦くてまずい……」
「嘔吐剤代わりに使います! インス様! 飲んでください!!」
何だと首を傾げるステールの傍で、軽く目を丸くしたクロードが言うと、アインは迷いなくそう答えて、インスの唇にコップをあてがい、慎重に流し込む。
「ぐ……ごほ……っ!」
「「「………っ!」」」
苦みと渋みとえぐみ混じりの水を口に入れられて、痙攣を繰り返すインスが噎せる。
アインは先ほどナーテを握りつぶした自分の手を、インスの口内に突っ込んだ。
「う……っ! おぇ……っ!」
「……っ……!?」
インスが嘔吐いたタイミングで、ステールが再び胃を圧迫すると、今度こそ先ほど飲ませたスープが胃液と共に吐き出される。
「っ!? このまま、全部吐かせます! クロード、毛布、持ってきてください! 体温が……!!」
「分かった」
「……アイン……」
作業を続けながら次の指示を出すアインに、クロードは短く頷いて踵を返し、ステールは何が起きているのかと問うように呼び掛けた。
第6章第1話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、休息を終えたインスが目にしたステールの夕食作りの様子から始まりました。
前日の挽回とばかりにご機嫌に調理を進めるステールですが、彼のよかれと思った行動が取り返しのつかない最悪の事態を引き起こしてしまいます。
突如として苦悶の声を上げ倒れ込んだインスと、パニックに陥るステール。
顔色を変えて駆けつけたアインがすぐさま的確な救命の指示を飛ばします。
絶体絶命の極限状態の中、アインの処置はどうなるのか?
次回もお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
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