第1話・はじめてが与えるものと~知っているから忘れるもの~
第5章 雪下の宝を散りばめて
第1話・はじめてが与えるものと~知っているから忘れるもの~
死にそうな顔をしたインスは、この極寒の気温の中で汗を掻いて唸っている。
その隣では同じく死にそうな顔をしたアインもぐったりと突っ伏していた。
「……しょ、食事で死ねる……」
「……僕も……」
青い顔で唸る二人に……
「大げさな……飲め」
呆れた口調で言って、消化吸収薬を飲ませた。
「……酷い目にあいました……」
薬を飲んでしばらくして、まだ青い顔でどうにかこうにかインスが体を起こす。
もぞもぞとアインも身を起こし、ちょこんと座って辺りを見回した。
すっかり日が昇った銀世界は、相変わらず刺すような冷たさと、どこまでも音を吸い込む静寂。
二人が休憩している間に片づけを終えたステールは馬の世話をしていて、先ほどまでの……インスとアインにとっては……地獄の朝食時間が嘘のよう。
「……さて、今日は、少し散策をして、この季節の森の中が実際にどんな状態なのか、直接感じ取ってください」
「はい……。僕、全然知らないことばかりです……」
ふわりと微笑みかけたインスに、こくりと頷いたアインは、ちょっと俯いてキュッと、唇を噛みしめた。
そっと、カジャの辛みで赤くなった、けれども外気で冷えた頬に手を当て、インスは親指でアインの唇を緩めさせる。
「アイン君は、初めてのことが多いのですから、当然ですよ……だから、こうやって、勉強して貰いに来ているのです」
「……だから……?」
穏やかな声音と、ひんやりとしたインスの手の感触に、少し顔を上げたアインは、言われた言葉に首を傾げる。
「知らないことは、悪いことではありません。新しく、知っていけばいいだけですから……そして、新しく知る、という初めての経験や体験は、一度きりしかできません……」
「……一回、だけ……?」
そう、と頷いて、インスはスッと視線を周囲に向けた。
つられたようにアインもまた周囲を見渡す。
「アイン君。昨日、ここに到着してすぐと、今とで、同じ景色を見ていますが、全く同じように感じますか?」
「……えっと……なんだか、ちょっと、違う気がします……」
「それは、どうしてだかわかりますか?」
「……どうして……?」
穏やかなインスの声を聞きながら、アインはゆっくりと辺りを見つめ、考える。
どうして、違うように感じるのだろう?
同じ、冷たい白と、黒い影とが織り成す世界。
ところどころ、高い位置、低い位置に赤がぽつぽつと目について……
(……ああ、そっか……)
「……昨日、初めて、見た時は……全部、初めて、だったんですね……」
「……そうですね……」
「でも、ここで、過ごした時間の分だけ、何度も見てるから……新しく、気づけるものもあれば、そこに、そうやってあると知っているから、違うように、感じるんだと思います」
「……はい。そうですね……既に知っているものに、特段注意を向け続けることは少なくなります……それは、安心であり、油断です……」
アインの返答によくできましたと頭を撫でて、ほわりと微笑むインスの言葉に目を丸くする。
「……ゆだん……?」
「そうです。だって、ここは、自然の森の中です……」
こてりと首を傾げるアインに、インスはことさら優しくほほ笑んで続けた。
「既に知っている気になって、変化しないと決めつけてはいけません……もしかしたら、すぐ近くまで、冬眠しない冬の動物が近づいているかもしれません……」
「えっ!?」
ギョッとしたアインに、大丈夫ですよ、と安心させる。
「だから、昨夜もステールさんとクロードさんが交代で火の番をしてくれていたでしょう? 今も、お二人が定期的に周辺の様子を見に行って下さっていますから、何かあればすぐに教えてくれますよ」
「……っ!?」
教えられて、息を飲む。
確かに、昨夜、天幕の中にずっといたのは自分とインスだけで、途中でステールが出て行き、クロードが入ってきて、朝まで居たのはその三人だけ。
今朝も、ステールが作る朝食の香りで目が覚めて、外に出たらもう出来上がっていた。
全部、クロードとステールにやって貰っていて、自分はずっと、インスと一緒にのんびりしているだけだ。
「……ごめんなさい……」
「? どうして謝るんですか?」
俯いてしまったアインの謝罪に、インスは首を傾げて問いかける。
「……僕……何も、できてない……です……」
「……アイン君。今回のこの野営訓練が、アイン君の勉強だということは、覚えていますか?」
震える声で答えたアインに、インスが変わらぬ声音で聞けば、涙を堪えてこくりと頷く。
「なら、アイン君がするべきことは、よく観察して、何ができるか考えて、実際にやってみることだ、というのは、昨日もお話ししましたね?」
「……ぁ……」
そう言えば、と、アインは思い出して顔を上げた。
「アイン君が、周囲をよく観察したから、カジャの実を見つけることができて、おいしい食事になったでしょう?」
「……………」
無言のまま、アインは曖昧に頷く。
「ま、ステールさんの雑な作り方のせいで、それなり、ではありましたけれどね……」
「……ぇ……?」
「雑っていうな!」
ちょっとふざけた感じで言うインスに、アインは目を丸くし、馬の世話を終えて戻って来たステールが聞きとがめて怒鳴る。
「……実際、雑でしたからね……アイン君。この後、少し散策する時に、昼食で使えそうなものがないか、探してみて下さい」
「……え? あ、はい……!」
軽く肩を竦めてステールの苦情を流したインスは、言いながらアインを立たせ、自分も立ち上がった。
促されて、一瞬首を傾げたアインは、すぐに気づいて深く頷く。
「それじゃあ、ステールさん。クロードさん。少し、散策に行きましょう」
まだ何やらぶつぶつ言っているステールと、周囲をぐるっと一周してきたクロードに声をかける。
拠点の防衛としてクロードがこの場に残ることになって、インスとアイン、そしてステールの三人が連れだって森の散策へと出発した。
第5章第1話をお読みいただきありがとうございます。
限界突破の朝食で倒れ込んだインスとアインでしたが、薬の力で無事復活。
今回はそこから、本格的な「野営訓練」の第一歩となる森の散策に出発するまでです。
インスから「観察すること」と「油断しないこと」の大切さを学び、気を取り直したアイン。
クロードを拠点に残し、ステール、インス、アインの三人で雪に覆われた森の奥へと向かいます。
果たして彼らは、過酷な冬の森の中から昼食に使えるような自然の恵みを見つけ出すことができるのか?
次回もお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日12時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【ミニコラム掲載中!】
活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。
ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第10弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
――――――
ノリト&ミコト
※番外編シリーズはこちら!
https://ncode.syosetu.com/s8365j/
※本編シリーズはこちら!
https://ncode.syosetu.com/s7443j/




