第3話・真冬の森で野営する~すべては実験の延長線~
第3章 東の森の野営訓練
第3話・真冬の森で野営する~すべては実験の延長線~
設営が終わり、事前に準備してきたバスケットで軽く昼食を済ませた後。
熱血指導官と化したステールによる馬の世話講座で、インスの予想通り、アインがヘロヘロになっても指導を続けるステールを、クロードに文字通り制圧してもらう。
ぐったりと疲れ切ってしまったアインはお昼寝。
火の傍で暖を取りつつ、素晴らしい笑顔で苦言を呈するインスに、バツが悪そうな顔をしながらもステールは手を止めない。
何をしているのかと言えば夕食の仕込みだ。
この季節、日が落ちるのは早いので、明るいうちから準備しておかないと間に合わない。
長期にわたる討伐の旅を見越して、今日の夕食以降は保存食や現地で調達できるもので料理を作る。
騎士団で下積みも経験しているステールが中心となって、干し肉や根菜などを適当に切って鍋で煮る予定。
今は下ごしらえと……水辺がなかった時を見越して雪から湯を沸かすのを試している。
最初、クロードに頼んだら、そのまま鍋を火にかけようとしたので、インスが慌てて少し水を入れるように言った。
呼び水がないと焦げますよ、と言われて、軽く目を見張っていたので、知らなかったのだろう。
「……分かった分かった……悪かったよ。それより、全然湯が足りないんだが……」
「分かっていないようですね……雪からお湯を作ろうと思うと、欲しい湯量の三倍から四倍の雪を用意しないと無理ですよ」
新しく雪を鍋に継ぎ足すステールに、インスの眼差しは厳しいまま。
湯が足りないどころか水が溜まらない。
既に鍋で雪を溶かし始めてかなりの時間が経っているのに、遅々として沸く様子がなかった。
溜め息を一つ。
全然反省していない……と睨みながら、インスはアインの様子を見る。
これだけ話しているのにぐっすり眠っていて、目を覚ます様子がない。
やはり、相当疲れているらしい。
インスはまた溜め息を吐きつつ、冷えないようにと毛布に隙間がないかを確かめた。
「一旦、水になったら、沸かす前に漉してくださいよ」
「分かってるよ……この辺りは人が来ることも多いからな……結構ゴミが混ざってる……」
「それを知っているのに、どうして必要な雪の量が分からないんですか……」
まだ足りない……と文句をつけるステールに呆れて口を挟んだインスは、遠く、木々の隙間から見える空が早くも薄紫色に染まっていることに気づく。
「……日が暮れるまでに、お湯は沸くんですかね……?」
この調子ではいつになったら夕食の調理が始まるのかも分からない……とまたまた溜め息を吐く。
何だか溜め息を吐いてばかりだ。
「それより、アインは見込みがあるな! 一度やって見せたらすぐに理解したぞ! 力加減やブラシの角度とかも、すぐにコツを掴んでいたし!! 本当は蹄の手入れやなんかも……」
「万が一、馬が急に動いてアイン君にぶつかったら怪我では済みませんよ? そうなったら、私がおいしい馬肉にしてあげましょう」
「な……っ!!??」
うきうきと弾んだ声で、アインに馬の世話をさせた時の感想を言い出したステールを途中で遮る。
鮮やかな微笑を浮かべたインスの、目だけが一切笑っていない。
目を見開いて怒鳴りつけようとしたステールは、その本気の殺気に口を閉ざす。
「……そうですね、まずは頸動脈を断ち切って、返す刃で心臓を一突き……逆さに吊るして血抜きをしつつ、きれいに皮をはぎ、繊維に沿って解体し……」
「分かった!! 悪かった!! もう、これ以上、アインに無理に世話はさせないからっ!! やりたがったら軽くブラッシングをさせるだけで止めるっ!!」
その極上の笑顔のままで解体の手順を語りだしたインスを焦って止める。
これ以上、インスの逆鱗に触れたら、愛馬が本当に馬肉として煮込まれかねないと悟った。
「……雪を足すか……」
そんな二人のやり取りを我関せずと横目にして、クロードが鍋に雪を足す。
山盛りに雪を足してもどんどん萎んで、サリサリと微かな音を立てていた鍋に、漸くいっぱいになりそうなほどの水が溜まって来ていた。
「……漉すか……」
できるだけ新雪の中の方から掬ったが、やはり細かな黒い粒や木の葉の欠片のような物が沈んでいる。
先ほどインスが沸かす前に漉せ、と言っていたことを思いだし、クロードは目の細かい、きれいな調理用の布を取り出した。
「ああ、悪い……」
動きに気づいて、ステールが手伝いに戻る。
二人がかりで大きな鍋から、もう一つの大きな鍋へと布で漉して水を移し替えた。
「よし、煮るか!」
それから、漸くステールが夕食の調理を始める。
空はいつの間にか藍に染まり、もう間もなく辺りは真っ暗になってしまうだろう。
ステールが材料を鍋にぶち込んで煮始めたので、クロードは立ち上がって明かりの準備を始める。
「……適当過ぎませんか……?」
材料を、全部まとめて鍋に入れたステールを見て、軽く顔を引きつらせたインスが思わず苦情を口にする。
「大丈夫だ。生の肉は焼けば食える! それ以外は煮れば食える!」
「…………適当過ぎますね……」
手を止めることなくあっさり言い切ったステールの返答に、ますます顔を引きつらせてインスはまたもや溜め息を吐くことになった。
「……………」
クロードが灯した明かりが、辺りを橙色で照らす。
静寂と、凍えるほどの冷気と、焚火の跳ねるパチっという音。
純白の大地を朧げに照らし、木々の奥を暗く呑み込む。
冬の森は美しく、厳しい。
「……? ステールさん、何か、焦げ臭くなっていませんか?」
「……………」
不意に、その臭いが鼻先を掠めて、インスは胡乱げな視線を向ける。
「? 本当だ……おかしいな……?」
鼻を鳴らして臭いを嗅いだステールが首を傾げつつ火の回りを確認すると……
「あっ!?」
「どうしたんですか?」
「……………」
何やら慌ててステールの死角になっていた焚火の陰から黒焦げの物体を引きずり出す。
問いかけたインスやステールから、すすすっと、クロードが距離を取った。
何気ない動作でその場を離れようとする。
「クロード」
が、一瞬で後ろに回り込んだステールが、がしっとその肩を掴む。
「……っ!!」
びくっと、その大柄な体躯に見合わない動きで肩を跳ね上げたクロードに……
「お前は食材や調理器具に触るな……」
「……いや、俺も……手伝いを……」
「……えっと……?」
真顔で笑うステールに、困ったように微かに眉を下げたクロードがしどろもどろと言うのを、インスが首を傾げて見つめた。
第3章第3話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、大人たちによる波乱万丈な夕食準備回です。
ステールの大雑把すぎる男飯クッキングと、それを隣で冷静かつ辛辣にさばいていくインスの掛け合いは、相変わらずの切れ味です。
インスを怒らせると、愛馬が美味しいお肉にされてしまうかもしれないので要注意ですね(笑)。
そして、寡黙で頼れるクロードの、まさかの「料理壊滅的」という衝撃の事実が発覚……!
有能な(?)大人たちの意外な不器用さが露呈した今回の夕食準備。
果たして無事に食べられるものは出来上がるのか!?
次回もお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日12時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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【第10弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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