第5話・野営訓練の始まりに~異変を察して押し黙る~
第2章 冒険の準備は痛みを伴い
第5話・野営訓練の始まりに~異変を察して押し黙る~
皇宮から、ステールに馬の前に乗せられ、がっちりと腕で身動きを封じられた状態で集合場所である皇都南大門前に運ばれた……文字通り運ばれた……インスは、先に来ていたアインとクロードを見た瞬間、それまでの不満を一旦吹き飛ばした。
「……おはようございます。アイン君。クロードさん……」
「……はい。おはようございます……インス様。ステール様……」
ふわりと、いつも通りを心掛けて微笑んだインスに、白く青ざめて、うっすらとクマのできた顔に、ぎこちない笑みを浮かべてアインが応える。
「「……………」」
そんなアインの様子に、クロードとステールは無言で視線を交わし合い、それぞれインスとアインに頷きを返すことで挨拶に代えた。
アインも神官呪師学校の寮までクロードに迎えに来てもらい、主神殿からクロードが乗る馬に同乗して皇都南大門前まで来ていた。
もちろん、前に乗っている。
まだ幼いアインを後ろに乗せる、何て危険な真似はさせられない。
アインは神官呪師見習いのグレーの制服に、分厚い外套……明らかにサイズが大きいのは、流石に準備が間に合わなかったからだろう……を着ている。
そのぶかぶかの外套の中で、小さな肩が微かに震えているのを、大人たちは見逃さなかった。
「よく眠れませんでしたか?」
「っ!? ……ぇ……っと……はい……ごめんなさい……」
穏やかに問いかけたインスの言葉に、びくりと身を震わせて、俯いたアインが小さく頷く。
今にも泣きそうで、その表情を隠すように、あるいは、目を合わせるのを恐れるようにしてキュッと唇を噛む。
「「「……………」」」
様子に、チラリと一瞬、大人たちが視線を交わす。
間違いなく、何かあった。
(……けれど、今聞きだすのは難しそうですね……)
ここまでアインが緊張し、人の機微を極端に気にする様子を見せるのはずいぶんと久しぶりだ。
今、無理に聞き出そうとしても「大丈夫です。」か「ごめんなさい。」しか口にはしないだろう。
「……今日から、二泊三日で皇都東の森で訓練ですからね……緊張するのも仕方ありません。でも……大丈夫ですよ……東の森は、一般にも開放されていて、それほど危険が大きい場所ではありませんから……西と違って、ね……」
「……ぇ……?」
最後だけ極端に声を潜めて呟いたインスの声が聞き取れなくて、キョトンと首を傾げる。
神官呪師見習いの野営訓練が行われる東の森と違って、皇宮呪師見習いの野営訓練が行われる西の森は浅い場所であっても魔物が出るような所だ。
今回、アインの野営訓練として東の森が選ばれたのは、皇宮呪師見習いに課す討伐訓練までさせる予定がないから。
流石に、この国の最上層部も、まだ幼いアインにそこまで過酷な訓練を強要することはなかった。
もっとも、もしそうなっていたら、各所からの苦情で皇帝執務室が機能不全になっていただろうから、正しい判断と言える。
(……ええ。魔法を使おうとすればお互いに苦痛に襲われるというのに、アイン君に討伐まで課す、ということはお互いに拷問し合え、というのと同じこと……そんな国なら……)
すうっと、一瞬インスの眼差しに怜悧な光が宿ったが、目の前で首を傾げているアインを見てすぐにかき消す。
「いえ……何でもありません。それより、そろそろ出発しましょうか? ステールさん。いい加減、後ろに乗らせて下さい」
「ダメに決まってるだろう? 病み上がりが……それでなくても細かったのがペラペラに痩せやがって……いつ落ちるか分からないんだから、大人しく前に乗ってろ」
ふわりと微笑んだインスは出発を促し、一応とばかりにステールに希望を伝える。
だが、バッサリと切り落として、ステールは取り合わずに馬に合図を送った。
「ぺ……。失礼な……そこまで薄くありませんよ!」
ゆっくりと歩きだした動きに、一瞬言葉を飲み込んだインスが心底不満そうにステールを睨む。
と言っても、真後ろにあるステールの顔を見ようと思ったら、上体を捻って見上げる必要があるので、首だけ何とか後ろの方を向いただけ。
「大人しくしてろ」
「……っ……!? ちょ……っ!!」
そんなインスの動きを阻止するように、がっちりと脇を固める腕に力を入れてやれば、息を詰まらせたインスが文句を口にする。
「苦しいじゃないですか! 力を弱めて下さいっ!!」
「お前が大人しくしていれば苦しくない。変な動きをするな。落ちるぞ?」
「落ちませんよっ!!」
ぎゃいぎゃいと言い合いながら、門を潜って皇都の外へと出る。
そんな二人を追って、クロードの前にちょこんと座ったアインは、背中をクロードの胸元にぴったりと押し付け、ぎゅっと両手で鞍の端を掴んでいた。
真冬の冷たい空気に白い息を吐く。
サイズの合わない外套の隙間から入り込む冷気が容赦なく体温を奪い、耳が痛くなるほどの冷たい風にちょっと涙を滲ませる。
「……アイン……」
「っ! はい……」
「寒かったら、中、入ってろ……寝てていい」
「……ぇ……?」
門を抜けたところで急に声をかけられて、びくっと震えたアインに、クロードは視線で自分の外套の中を示す。
パチパチと、戸惑ったように瞬きを繰り返したアインは……
「……はい……分かりました……」
ちょっと首を傾げながらも、素直に従ってクロードが片手で大きく広げた外套の中に潜り込む。
体の向きを変えて、ぎゅっと、クロードに抱き着いて、閉じられた外套の内側で……程よく暗くて、外の極寒が嘘のようなとても暖かな空間で、少しずつ、身体の力を抜いていく。
(……だめ……だ……ちゃん、と……)
そう思うのに、クロードの暖かな安心感と、一睡もできなかった疲労と、程よい揺れに瞼が重く、下がってくる。
そのまま……
「…………」
未だに言い合いを続けているインスとステールの声が響く街道を、並足で馬を進めるようになる頃には、アインは静かな寝息を立てていた。
第2章第5話をお読みいただきありがとうございます。
野営訓練の出発の朝、アインの痛ましい様子から大人たちがただならぬ異変を察します。
怯えて顔色の悪いアインに、あえて深く踏み込まずに普段通り接しようとするインスたちの細やかな気遣い。
重苦しい空気になりそうなところを、ステールとインスのいつもの口喧嘩(?)が和ませてくれますね。
極寒の朝、大きなクロードの外套にすっぽりと包まれて、溜まっていた疲労と安心感からぐっすり眠ってしまったアイン。
果たしてこの先、野営訓練は無事に行えるのか?
次回もお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは本日22時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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