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ブレインシード:ツーサイド・ジャッカーズ  作者: リオ
ジャッカーズ・エンカウンター
8/22

『カエデ』①

 ジャックは真っ暗なポッドの中に横たわっている。ポッドは『植木鉢』を抜け、順調にその航路を進めていた。

 『機能』は『監視塔』から切断され、「共振波」も途絶える。彼の脳にはつかの間の静けさが訪れる。ジャックはこの瞬間が好きだった。ほかの誰でもなく、ただ自分であるという感覚が。


 『(ルートライン)』は『植木鉢』の外—『漂白域』に出る唯一の手段である。

 『漂白樹』の侵食は地下にも及ぶ。びっしりと張り巡らされた太い根は地球の全土を覆っている。しかし、『伐採者』により『樹』が死ぬと、その根は空洞になる。『根』とはそれらを無数につなぎ合わせ、目的地までの即席の路線のことだ。

 そして『根』の敷設は『斥候』の最重要任務の一つでもあった。

 『斥候』は『伐採者』のために、『森』深部に到達し、『根』に利用可能な脈を探り当てる。『伐採者』の任務は必要最低限の装備による短期決戦。すなわち、『斥候』の進度が深ければ深いほど、『伐採者』のリスクは低下する。


 『植木鉢』を抜けた今、ジャックは到着地点を『機能』に保存したマップで確認する。『植木鉢』を脱した今、『監視塔』からのリアルタイム情報を受け取ることはできなくなっている。

 スパイクは『森』の9割近くを走破したうえで『根』を設置した。射出口て舌を巻いた。

 それだけに、彼の警告が頭から離れない。


 「来るな、か」

 疑念と薄気味悪さを振り払うために、ジャックは『機能』のライブラリからある一冊の本を呼び出した。

「転轍機」という題を与えられた短編集は、マルンという男によって書かれたものだった。『植木鉢(バイタルフレーム)』内で提供される物語の数は多くない。『小説家』がそもそも少ないのだ。精神的なストレスの解消のみに焦点を当てられたためか、その多くが娯楽的な活劇に占められている。

 マルンが著した短編集も、収録された7つの短編のうち、6つがそのような性質のものだった。

しかし、七番目に収録された表題と同じ名前の「転轍機」という短編だけは違った。一口にいうと、それはそれは退屈な小説だった。

 旧暦人の男が列車の進む方向を次々に決めて行くだけだ。何を書きたいのかまるで分からない。

 しかしジャックはその短編だけを繰り返し『機能』を通じて頭の中で読んだ。味のしないガムを延々とかみ続けるような作業だったが、彼が『伐採者』として一人前となるころには、一つのルーティンと化していた。

 彼は自分でもその小説を選んだ理由はよくわかっていなかった。

 見慣れた文字列が変わらない退屈さのまま、彼の視界に流れ出す。


※※※

 ―走る列車の中で、決断を迫られている男がいた。数キロメートル先に待ち構えているのは、一つの転轍機であった。後一分もしないうちに、男は右か左かどちらかを選択しなければならなかった。どちらを選ぶのが正解かは彼が知る由もないことだ。選んだ先に線路が続いているのかどうかさえも定かではない。もしかすると崩れた橋桁につながっているかもしれないし、うっそうとした森林に線路が覆われているかもしれない。しかしここで列車を止めることは、唯一明確な過ちだった。奇妙なことだが、唯一明確な過ちが示されていたために、彼はそれ以外の選択をであれば有能な独裁者のように何でも決めることができた。

 そのような全能感はそれまでの人生で味わったことないものだったから、男は背後に迫る怪物に感謝さえした。

 列車のすぐ後ろに迫っている怪物は一目見ればわかるような具体的な脅威をそのまま形にしたようであった。スピードを落としたが最後、短い列車は男ごとその顎の中でつまらない鉄くずのようになってしまうことは誰が見ても―列車に乗り合わせているのはその男一人だけだったのだが―一目瞭然であった。

 分岐が迫っている。男は毛ほども迷わず列車の中の遠隔操作機から転轍機に、「右」に進路を切った―。

※※※

 「()」?彼はここで「左」に切るはずだ。

 

 ふと沸いた疑問をさえぎるようにして、ポッドからの自動音声が流れる。

『まもなく射出口に到達します。射出に伴う強いGに備えてください。』

 ジャックは襲い来るだろうGに備えて身を固くする。ポッドが上方に加速する。身体の上に人ではない何かの手による圧力を感じる。

『まもなく最高度に到達します。『翼果』の展開後、「樹」の位置を確認してください。』

 ポッドに内蔵された音声が、まもなく展開の段階に入ることを、直接ジャックの鼓膜に告げている。

『3.2.1.展開』

地上300m、ジャックの視界が一気に白転(・・)する。彼の眼下に広がるのは、一面の銀世界である。彼ポッドの外皮は彼の頭上での羽のように変形した。落下の風圧を受けながら回転し、速度を減衰させている。パラシュートほどの減衰効果はないが、『森』の大まかな地形を把握し、『森』からの攻撃を最低限に抑え、かつ『樹』までの最短距離を把握するには、『高度からの視点』と『一定以上の突入速度』、これら二つが絶対条件であった。

 ジャックは自らのポッドが射出されたと思しき穴をはるか下方の地表に確認した。『斥候』であるスパイクが設定してくれた『根』の射出口である。

―スパイクは無事に脱出できただろうか。

 『伐採者』の現地到着を以って『斥候』の任は解除される。すべてが順調であれば、彼も今頃『根』を通って脱出しているはずだった。

監視塔(ウォッチタワー)』の事前情報通り、訳20㎞ほど先に30mほどの高さとみられる『樹』が見えた。根元から放射状に広がるその樹形から判断しても、「カエデ」とみて間違いないだろう。

 全て事前情報通りだ。

「全てうまくいっている」ジャックは独り言ちた。


―「来るな」

―男は「右」に進路を切った。


 スパイクのバリトンの澄んだ声と、小説の語りがジャックの脳に去来する。『機能』によるものではない。無意識による反復(リフレイン)だった。


 『翼果』のプロペラによる減速効果があり、ジャックの身体が頑丈であるとはいえ、ほぼ墜落と表現して差し支えのないほどの着地だ。本来その衝撃が彼を無傷で返すことはない。漂白された地上までの距離が残り100mを切り、ジャックは防護服のエアバッグを展開した。マットブラックの防護服はタイトな作りながら接地面に反応しながら効果的に膨張、衝撃を吸収し、彼の身を守った。

 ゴロゴロと転がるように着地したジャックは、先ほど目視で確認した地形と目の前の景色を素早く照合すると、『樹』への最短距離を全速力で走り始めた。『森』がジャックの―『伐採者』の侵入に気づく前に、『樹』にたどり着かなければならない。

 その250m後方に植え付けられた、『斥候』の両腕と、砕かれた丸鋸には気づかないまま走り去る。もはや風に揺れることもないその手首は、見つけてもらえなかった寂しさにうなだれているようだった。


―分岐が迫っている。

ちょっと説明チックになってしまったかな。

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